飛獣の直下には、廃墟と化した建物が並んでいる。

放射状の攻撃によって、破壊された町並みが飛獣を中心に円のように広がっていた。

この区画一つが焦土と化すまで、時間は長く無い。


建物の隙間から、一つの影が上った。

高千穂曹長だ。


曹長は飛獣へと距離を詰めていく。

自分の身の丈を遥かに超えた一本の長大な突撃槍めいた武装を両手で吊り下げながら、空を飛ぶ。

空中で飛獣を穿ち、その突き立てた巨大な刀身を打ち込んで切り離し、質量を付与する。

翼や揚力核の破壊と、大質量の付与。

両面での一撃必殺を目指したのが、曹長の得意とする武装、貫徹機構かんてつきこうだった。


曹長の前進と同時に、俺と柊中佐、犬飼少尉、山上中尉は飛獣の左翼を低空で進み出す。

八式の射程圏内で上昇し、一斉射で畳み掛ける算段だ。


全てが、上手くいきますように。


接近に飛獣の眼点を伴う無数の触手が反応した。

触手は絡み合い、束ねられていく。

赤いエネルギーが収束し、光が強まる。


ごおぉ。

と、再び咆哮のような発射音が鳴った。

景色の全てが一瞬、赤い光に染まる。


迫る収束火光は、目で見て反応できる速度ではない。

瞬時の洞察と直感で攻撃の角度を見極めなければならない。


曹長は着弾直前に、進行方向右下に素早く進路を取る。

光がその体を掠め、かさねが千切れ飛んだ。


俺は柊中佐たちの後に続いて、一気に加速した。

八式の射程に入る直前で、急速に上昇する。


攻撃姿勢にある飛獣の、無防備な側面。

各々にポジションを取り、狙いを定め、引き金を引く。


がん。がん。がん。

羽根に二つ、触手の付け根に二つ。

四つの銛が、飛獣の構成体に突き立てられた。

巨大な羽ばたきが、よろめきだす。


このまま押し切れる。

装填を急げ。

次の一斉射が成功すれば、終わらせられるはずだ。


その時、飛獣の下部に垂れ下がった触手が蠢きだした。

一本に絡み合っていた触手の四割ほどが分かれ、こちら側に向かって展開される。

同時に、残りの六割は再び火光を収束させていく。


収束攻撃と放射攻撃を、同時に行うつもりだ。


左翼に向けて、網のように火光が空を走った。

高千穂曹長に向けて、三度目の収束攻撃が放たれる。


俺は射撃位置を外れて、回避行動を取る。

光の網を縫うように飛ぶ。

右脚の脛を火光が掠めて、ずきっと痛んだ。

このままかわし続けても、恐らく俺は10秒持たない。


相手の四割程度だとしても、片側のみの展開であれば十分に近づけない弾幕になる。

こちらの2射目もこれで無くなった。


しかし、飛獣のこの行動は、柊中佐の予測の範囲内にあった。

勝機はこちらに訪れていた。


収束火光の赤い輝きの中を、高千穂曹長が進んでいく。

2層目のかさねに弾かれた光の奔流が、花火のように空に広がる。


高千穂曹長は、小さな体に不釣合いな、ごわごわとしたシルエットを身に纏っている。

幾重にも重ね着された遮熱襲しゃねつかさねがそれを作り出していた。


本来、遮熱襲は極力着用者の動きを制限しないデザインで作られている。

一人一人の体格に合わせ、防護面積と可動範囲のバランスをギリギリまで摺りあわせて、製作されている。

空中での戦いではどちらの要素が致命となってもおかしくない。

その二つの微細な調節で成り立っている防具である。


だが今回は、正確な四肢の動きは必要にならない。

敵に狙いを付けて引き金を引く必要も、刃を振るう必要もない。

全身の回避と、それを仕損じた場合の保証。

そして、次策としての強行突破。

高千穂曹長と俺たちは、このアイディアに賭けた。


隊に用意されていた全ての予備を投入しての遮熱襲の重ね着は、最も体格の小さい曹長にしか適さない。

誰よりも小さかったから、誰よりも厚い鎧を纏うことが出来た。


何重にも重ねられた黒い守りが、光の中に溶けて掻き消えていく。


俺と柊中佐と犬飼少尉の予備。

そして、浦賀准尉の襲と、その予備。


高千穂曹長の貫徹機構の切っ先が、真下から飛獣の胴を貫いた。


「パージッ!」


ばきん。

機構内部の炸薬が弾け、刃を更に抉りこませ、柄が分離する。


重針弓の十発分にも匹敵する質量が、飛獣の胴に食い込んだ。

羽ばたきがバランスを失い、触手の動きが乱れる。


その一瞬で、追撃には十分だった。

柊中佐の質量鉈が、飛獣の片翼の根元を切り抉った。

触手がのたうちながら、白い巨体が沈んでいく。


ごおん。

貫徹機構の刀身がコンクリートに突き刺さる音と共に、灰の山が重なった。


空には星が出ている。

崩れた町の上を、冷たい風が吹き抜けた。

ほとんど残骸と化した高千穂曹長の黒い外套が、風に吹かれて揺れていた。




戦闘後、中佐は支局に戻っていき、犬飼少尉と山上中尉は珍しくも飲みに行くとかで、結局兵舎に戻ってきたのは俺と高千穂曹長だけだった。


兵舎の扉の鍵を開け、俺と曹長はロビーのソファに座り込んだ。

背中を曲げ、ぐったりと項垂れる。


「「……疲れた」」


2人の声が重なった。

今日は朝から怒涛の1日だった。

半泣きで怒鳴りあい、とびまるくんの縦横無尽アクションを目撃し、デモ隊を横目にアイスクリームを奢ってもらい、飛獣と戦った。

なんて破茶滅茶な日だ。


「お風呂はいってくる……」


曹長は眠たげな目をこすりながらふらふら立ち上がる。


「大分、楽になった。ありがと」


こちらに視線も寄越さず、背中を向けたまま途切れ途切れに曹長は言った。


「……気持ち悪い」


俺は率直な感想を述べる。


「あんたねーっ!」


振り返って、今にも噛み付いて来そうな顔でこちらに詰め寄る曹長。

これでいいんだよ。

これで。


「失礼つかまりました曹長殿。お詫びに」


ポケットからビロードの小袋を取り出して、差し出す。


「復帰祝い。ほら」


ほんの少しだけ戸惑ったように目を丸くしてから、ふん、と鼻を鳴らして曹長は袋を手に取る。


「け、献上品の用意があるのは褒めてあげるわ。ようやく上下関係が分かってきたみたいね!」


袋を開けて、中の品を取り出す。

俺と中佐が選んだのは、金属製のブレスレットだった。

トップには空色のトルコ石が誂えてある。


「ふーん。オモチャっぽいし、子供みたいで気に入らないわ」


「この野郎」


「でも……」


曹長はブレスレットのトルコ石を眺めながら、指先でなぞった。

頬が緩んでいる。


「ずっと使ってたら、そのうち、気に入るかも」


十分だった。

その言葉で十分過ぎる。


「ならいいよ」


俺は報われた気持ちで、ソファの背もたれに沈み込んだ。


「ほら、さっさとお風呂でアヒルでも浮かべて遊んでこいよ。後がつかえてるんだから」


「あんたを沈めて遊んだ方が楽しいかもね」


凶暴な笑みを残して、曹長は階段を上がっていった。

……待ち伏せされるかもしれない。


俺は大きな欠伸をする。


本当に大変な1日だ。

でも、無駄な事なんて、1つも無かった。


俺たちには時間がない。

高千穂曹長もそれは分かっている。

けれど、だから余計に。


ずっと。

そのうち。

そんな曖昧な言葉も、信じたい。


だって、そこには希望があるから。

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