第28話 決戦
先に仕掛けたのはアグレイだった。この両者の脚力には数メートルの距離など無に等しい。瞬時に間合いを詰めたアグレイが左を打って具合を確かめると、いきなり主砲の右拳を捻じ込んだ。アルジーが上体をしなやかに反らせてやり過ごす。
攻撃を避けるのと連動させた左拳の二連打がアグレイの前進を阻んだ。足を止めたアグレイに向けて、アルジーが牽制の左を積み重ねる。先ほどとは見違える水際立った身ごなしで、アグレイは避け続けた。
アグレイは左半身で速射砲のような連打をしのぎ、不意に伸びきったアルジーの腕を自身の左腕で押しやり、無防備となった胴体に右拳を送った。アルジーはこれを読んで退いている。
追撃を目論んだアグレイの頭部にアルジーの右蹴りが猛然と迫り、両手を交差させたアグレイがかろうじて防いだ。
まともに食らえば致命傷となる打撃の交錯を繰り広げ、両者は瞬きの静寂を挟んだ。二人の能力は拮抗している。身体能力の全てにおいてアルジーが一歩抜きんでているが、強化したアグレイの一発は劣勢を逆転させるだけの破壊力に満ちていた。
再び両者が衝突する。足を止めて一歩も譲らない気迫を漲らせ、拳の応酬を開始した。刹那の遅滞もない拳の交換が目まぐるしく展開する。
手数はアルジーの方が多い。触れれば切れそうな超速の拳が空を鳴らし、アグレイに殺到する。首を曲げてアルジーの右を外しながらアグレイが軽い左拳を放つと、アルジーも左を返してきた。回避できる余裕のないアグレイは肩で受ける。
咄嗟の防御が功を奏し、肩に当たった拳が滑ってアルジーの攻勢に隙ができた。アグレイの右の強打が軌道上の桜を砕きながら走る。蒼き輝きが直線的に流れるさまは、さながら地上の流星の如し。
その一撃はアルジーに届かなかった。アルジーが左肘でアグレイの腕を内側から打って、その進路を変えたのである。
アルジーはそのまま右直拳を打ち、アグレイは右手を引きつつ左鉤打ちに繋げた。拳が交差して、二人の頬が同時に鈍い音を上げた。
相打ちになった両者は、磁石が反発するように弾け飛ぶ。アルジーは即座に立ち直ったが、アグレイは効いたらしくその膝が折れた。
敵を休ませるほど生易しくはないアルジーが跳躍、急角度で降下すると踵落としをアグレイの頭頂に叩き込む。寸陰の差でアグレイが飛び退き、アルジーの踵落としが地面を噛み砕いた。地に裂傷が刻まれてその隙間から噴煙を巻き上げる。
その幕を割ってアルジーの跳び蹴りがアグレイを猛追した。かろうじて直撃を避けたアグレイが逃げの一辺倒から攻勢に移行する。右上段蹴りは難なく躱されたが、アグレイは蹴りの勢いを殺さずに回転しながら身を沈め、本命の水面蹴りでアルジーの脚を狙った。
アルジーが真上に跳んで脅威から逃れた。だが、アグレイの攻めは苛烈を極める。空中で身動きのとれないアルジーに、
天地が逆転した視界でアグレイが瞠目した。アルジーは、蹴り上げたアグレイの足に着地し、その反動を利用して後ろに飛び退いたのである。人間を超越した体術だった。
距離をとって一息入れた二人の肩に、桜の花弁と静寂が積もった。
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