第14話 団らん
「……それでよ、ばぁば。明日から、この三人も警備隊で雇ってくれるんだとよ」
夕食の際にアグレイはその日の出来事をばぁばに話していた。キク達のような貴重な戦力を放っておくはずはなく、戦闘後に統轄府へ戻った三人に警備隊から打診があったのだ。
「これで生活に困ることはないぜ」
アグレイは常になく上機嫌だった。それは、居候の処遇が定まったことではなく、戦闘を通じて互いの信頼が深まったことに起因しているのではないかと、ばぁばは見ている。
「アグレイ君、誤解しないでほしいが僕の援護があったからこそ、あの戦闘は快勝できたんだ。守護の詩というのは、対象の周囲に不可視の防御壁を形成する効果があってだね。君が蟲騎士に頭を殴られたとき昏倒しなかったのは、言うなれば僕のおかげなのさ。つまり、君はこの僕に恩があるわけで……」
「お前だって俺に恩があるだろうが。それで帳消しにしてやるだけで、ありがたく思え」
「そんなのあったかね」
「あるだろうが。お前が今まさに、この家にいる理由がよ!」
男同士のやりとりをよそに、キクがリューシュに語りかけた。
「リューも強いんだね。あんな大きな武器を使いこなせるなんて」
「いえ、ああ見えて技術はいらないんですの。わたくしには弓の心得もありますし、使うのは難しくありませんのよ。誰でも使えますわ。ちょっと重いけれど」
「おかげで煉鎧に襲われそうだったところを助けてもらったわ」
そこにアグレイが横槍を入れる。
「そうだぜ、キク。だから喰禍を軽視するなって言ったんだ」
その一言がキクの反発的な感情を惹起した。きッ、とアグレイを睨む。
いわゆる『キクお姉ちゃんの怖い顔』は、凍えた黒曜石の瞳で相手を射竦めるものだ。それは自然と相手を突き放すような冷然とした光彩を放つ。しかし、このときのキクの双眸は、熱した心情が率直に露出していた。
「アグレイに助けられたわけじゃないもん。あんたに説教される覚えはないわ」
「何だと? 危なっかしくて見てられねえって言ってんだよ!」
「あんただって、敵に殴られて失神寸前だったじゃない! よく、あんな体たらくで偉そうにできるわね。リューの謙遜さを少しは見習ったら!?」
キクの剣幕に屈服したものの負けを認めたくないアグレイは、口に料理を詰め込んで咀嚼することで敗北を紛らわせようとする。勿論、それでは誤魔化しきれるはずもなく、ユーヴの同情を含んだ声が隣で発せられる。
「アグレイ君、諦めたまえ。女性ってのは、口喧嘩になったら男じゃ太刀打ちできない」
「何か言った? ユーヴ」
「いえ、何も言っておりませんです。はい」
この食卓の場は女性陣に実権を握られつつあった。いや、完全に掌握されている。
「ふふ、キク、あんまり孫を虐めないでやってくれるかい。泣いてしまうかもしれないよ」
「はい、ばぁば」
「まあ、アグレイってば、泣いてしまいますの。いい年齢ですのに」
歯ぎしりしながらアグレイは、自分を除いて唯一の男に囁いた。
「くそ、好き勝手言いやがって。言い返せよ、詩人」
「泣くなよ、青年」
「本当に泣くか! えせ詩人!」
アグレイがユーヴの首根っこを締め上げる。食卓で暴れる二人を非難がましくキクが見やり、リューシュは無関係のような微笑を浮かべていた。ばぁばは平然と箸を進めている。
こんな騒がしい生活も悪かねえ。アグレイは、そう思い始めていた。
一同が寝床に消えると、最後に残ったばぁばが居間の照明を落とす。
明かりが消失しても、団らんの温かさが残滓となって居座るように、ばぁばには思われた。その居間を後にして、ばぁばは部屋に戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます