第12話 キク、ユーヴ、リューシュのお仕事(顛末)

 出勤後、アグレイは各部署の責任者に話を通し、三人を使ってもらうことに成功した。職員数名が侵蝕の犠牲になり、その人員の穴埋めが完了していないことが要因でもある。

 ひとまず安心したアグレイがフリッツとともに巡回に出て、様子見のため昼休みに戻ってきたとき、アグレイに向けた抗議の声が殺到してきた。その対処にアグレイは追われる。

 ユーヴがいるのは喰禍対策課という部署で、警備隊に報告された情報を基に喰禍の生態や種類を整理し、また喰禍への対策を考案する役割を担う。

「どうなっているんだ、あの男はッ?」

 その課長にいきなり怒号を浴びせられて、困惑した表情をアグレイは示した。

「これを見ろ。あの男のせいで我々が築き上げてきた苦労が水の泡ではないかッ!」

 それは喰禍対策課が作成した書類綴じの一枚らしい。文章の上に文章が重ねて書かれている。下の文は理路整然とした報告書のものであるが、上書きされているのは、文章ではなく単語の羅列に等しい。感情の昂ぶりのせいか字が汚くて読めたものではなかった。

「これは?」

「だから、あの男が見境なく書き殴っているのだ。今すぐ止めるんだ!」

 机では一心不乱にユーヴが駄文の生産を続けている。アグレイはその制止を試みた。

「おい、ユーヴ。何やってんだ」

「ああ、アグレイ君かい? 大変だ、僕の頭上に天使が舞い降りたようで、詩情が溢れて仕方ない。紙をくれ! もっと僕に紙を!」

 ユーヴは手を動かしながら顔も上げずに答えた。机上では職員の努力の結晶がユーヴによって凌辱されている。周囲には争って敗北したらしい職員が無念そうに倒れ伏していた。

 アグレイは無言でユーヴの首に手を回し、その意思を無視して引きずっていく。

「何をするんだ、アグレイ君。僕は傑作を書き上げる使命を……」

「すいませんね。ご迷惑をかけて」

「うむ。そんな奴を二度と連れてくるなよ」

 その後、ユーヴを締め落として静かにさせると、アグレイは第二の現場に走った。

二階の民間人向けの受付にはリューシュがいた。一見して騒ぎになっていないことを安心しつつアグレイが近寄ると、その場に異様な雰囲気が漂うことに気づいた。

 リューシュの前だけに長蛇の列が展開され、空いている受付には少数の人数が並ぶだけだった。リューシュの持ち場にいるのが男性だけで、その他は女性だけである。

 イフリヤでは滅多にお目にかかれない類稀な美貌を有するリューシュの前に男が並ぶのは、控えめに見ても批判できないだろうとアグレイは思う。だが、それで職務が滞ったのでは面白かろうはずはない。特に女性職員は。

「あら、その書類はどこでしたかしら? ちょっとお待ちになって下さいまし……」

しかもリューシュの手際の悪さは絶望的で、渋滞が解消される気配はまるでない。

「お待ちの方はこちらへどうぞ!」

 その女性職員の声を無視し、男達は並び続ける。その根性にアグレイは恐れ入った。

「リュー、ちょっと、こっち来てくれ」

「まあ、アグレイ。来て下さったの。嬉しいですわ」

 リューシュは笑顔でアグレイに向かった。アグレイは刺すような視線を背に感じながら、男性客と女性職員の見えざる火花が飛び散る戦場を足早に去った。

息を吹き返して寝ぼけ眼のユーヴの傍らにリューシュを残し、アグレイが最後の場所を目指す。四階の福祉課にはキクが配属されていた。

そこでアグレイが見出したのは、嫌味で有名な中年職員を相手に一歩も引かず、抗弁を繰り広げているキクだった。


「お前達に期待した俺がバカだったか」

アグレイは人気のない統轄府の裏口に三人を集めて説教を垂れていた。キクは反抗的、ユーヴは不本意、リューシュは不可解という三者三様の顔をしている相手に対し、アグレイは無表情を保っている。

「普通にしてりゃいいものを、何だってお前らは騒ぎを呼ぶんだよ」

「言わせてもらうが、僕達が普通という規範に収まると思っていたのかね」

 その顔触れを見て、判断が甘かったとアグレイは思わざるをえない。ユーヴの言う通り、こいつらが平凡な枠組みに甘んじる人物ではないことは、理解しているべきだった。

 だが、アグレイ自身が警備隊でなければ異端の存在であることを考えれば、アグレイにも批判の余地が無いことは疑いない。

「俺が間違っていたみたいだな」

 こいつらの処遇をどうしたものかと考えたとき第三者の焦燥を帯びた叫びが響いた。

「界面活性が発生した! 大通りの第五区画にて、多数の喰禍が目撃される! 警備隊は早急に向かわれるべし!」

「大通りだと!? あそこは人通りが多いんだ。どれだけ犠牲が出るか。くそッ」

 その声にアグレイが反応した。走り出してから振り向きざま三人に言い残す。

「いいか、ここで待ってろよ」

 アグレイが姿を消すと、三人は顔を見合わせた。アグレイの言葉をすんなり受け入れるような従順さを所有する人物は、そのなかにいなかった。

 

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