第二話 猫は常に気まぐれに行動するわけではない。 一
その部屋の中は、淡い緑色の輝きで満たされていた。
発光石――統一場からもたらされる波動を受信して、自ら発光する照明水晶。極めて高価なそれらが室内のあちらこちらに掲げられており、闇の勢力を部屋から一掃している。
光は富や権力の象徴だ。高貴なものほど明るい夜を過ごすことが出来る。そして、その部屋の主はまさしくその通りの人物であった。
私は目の端で、椅子に座っている族長――ゴシュの姿を捉える。
いつも温かい笑みを浮かべている、至極穏やかな男なのだが、彼は誇り高きジルゴニア族の最高責任者であり、先々代の『ネーベ・ド・ジルゴニア』であり、病を得て惜しまれつつ引退するまで不敗を貫いた絶対王者でもある。
彼はビルヌーイ族の使者と、外交の話しをしているところだった。
「それは……実に難儀な話だな」
族長は珍しく表情を曇らせている。
「はい。これが事実であれば、キャスターリエン族は種族間の均衡を崩しかねないほどの強大な力を手に入れたことになります」
ビルヌーイの使者――先程、エルロイと名乗った男が落ち着いた声で答えた。
彼は『アルマニャック・ド・ビルヌーイ』だと聞いている。その茫洋とした表情を見ていると、彼がそんな剣呑な人物とは思われないのだが、だからこそ逆にエルロイがいかに危険な人物であるのかが分かる。
強いはずなのに強そうに見えない人物、そういうのが一番厄介である。
それに、ビルヌーイ族の特化能力は戦闘全般で、しかも火や水や雷などの物理魔法攻撃を得意としている。礼儀作法通りに剣を謁見前に預けていたが、今の彼は決して徒手空拳ではない。
だから、族長の護衛役でもある私は、常に族長の姿を目の端に捉えつつ、彼の一挙手一投足を注視していたのだ。
すると、目の端で族長が動いた。身を捩り、顔を私のほうに向けて笑っている。
「ニーア、瞳の奥が光りすぎているぞ。彼はお客様なのだから自重しなさい」
「……はい、無作法に過ぎました。申し訳ございません」
私は族長とエルロイに頭を下げる。二人とも穏やかな顔で微笑んでいたが、何故か私はエルロイの笑みに反発を感じた。エルロイが、その笑みのまま言う。
「当代『ネーベ・ド・ジルゴニア』の方ですね。お噂はかねがね。剣技においては先代をも上回ると聞き及んでおりますが」
「いえ、それはとんでもない誤りです」
私は先程謝罪したのも忘れて、思わず硬い声で応じてしまった。エルロイはそれに全く動じることなく話を続けた。
「ご謙遜を。初出場の競技会でいきなり優勝し、『ネーベ・ド・ジルゴニア』の称号を受け継いだと聞いておりますよ。しかも、対戦相手を全て瞬きする間に行動不能にしての、圧倒的な勝利であったと」
「……」
私は黙ってしまった。
確かに彼の言っていることは事実であったが、『ネーベ・ド・ジルゴニア』の称号をかけた競技会の内容がビルヌーイに漏れているというのが、種族としての自尊心を著しく傷つける。
太古より連綿と受け継がれてきた剣技に加えて、形態変化を駆使した隠密行動が、ジルゴニアのお家芸のはずである。それが昨今では、他種族に情報が筒抜けになっている。
種族としての能力が低下しているのではないか、という懸念は暫く前から囁かれていたものの、他種族の使者から面と向かってその事実の一端を告げられるのは面白くなかった。
私はその時、彼を睨んでいたのだろう。
エルロイは短く息を吐くと、
「これは大変失礼致しました。今の言葉は忘れて下さい」
と、さらりと言いながら頭を礼儀に則った形で下げる。その嫌味のない姿が逆に嫌味にしか感じられない。
そこで私が口を開こうとした時――族長は声をあげて笑った。
「お客人、ニーアを試そうとしないで頂きたい。彼女はまだ若く外交の経験に乏しいが、実力は『ネーベ・ド・ジルゴニア』の称号に相応しい。この身体が健在であったならば、私から手合わせ願いたいほどの逸材です」
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