レモンチューハイ

@mak1ya

第1話

朝起きると体がダルかった。

しばらく家の天井を眺めてから飛び起きた。

「遅刻!」


準備をしなくちゃ!と思うと同時に思い出す


昨日、会社をクビになった事を。


長年勤めていた会社。

業績は悪くはなかったと思うが

人員削減というよくあるような理由だった。


「俺たちが会社を変えようぜ!」

と言っていた同僚も

「俺、先輩みたいになりたいです!」

と言っていた後輩も


ゴミを見るような目で俺を見送った。



彼女にその事を話すと

「あなたはしばらく1人で考えた方がいい」

とかなんとか言って音信不通になった。


大好きだった彼女。

どんな時でも支えてくれると言っていたのに。

愛していると言っていたのに。


全部嘘だったのか。



彼女のいう通り

しばらく考えて出した俺の結果は自殺だった。


ホームセンターに行き

手頃なロープを買った。


家に着いた俺は考える。

どこで首を吊ろう。


俺は実家暮らしだ。というのも父と母は数年前に他界した。小さい頃の思い出が詰まった家を捨てられずに1人で住んでいる。


そう言えば。


俺は庭にある納屋に向かう

そこにはむき出しになった柱があった。


小さい頃、忍者ゴッコして登って怒られたっけ.....

そんな事を思い出しながら笑顔でロープを結ぶ


今から死ぬのに

なんで笑ってんだ。

でも、死ぬ時くらいは笑ってやろう。


そう思っていたら準備ができた。


古い柱に新しいロープという相入れなさそうな組み合わせが異様なオーラを放っている。


俺は輪っかに首を通した。


今から死ぬ。死んだらどうなる。天国?地獄?あるのかそんなものが。この台を蹴れば終わる。俺が終わる命が無くなる。

色々な負の感情が生まれてきて

最後に出てきたのは

同僚の目。後輩の目。彼女の最後の言葉。


台を蹴るにはそれだけで十分だった。




苦しい。息が出来ない。声も出ない。

とっさにロープを引っ張ろうと首を引っ掻くが隙間に指が入らない。

それどころか引っ掻いた首から血が出て手が滑る。


もう何分、何時間経ったのかそれほどまでに長く感じる苦しみに何も考えられなくなってきた。



顔も紫色になり黒目が上を向く。

目の白い部分が赤くなり、赤い部分が

8割を占めた時、納屋の中に居た風景が真っ暗になった




あ、死んだ。





目が覚めたら納屋の中で倒れていた。


柱が折れたようだった。

あっちの太い柱にしておけば死ねたかもしれないのに。


動物の死にたくないという本能からか

無意識のうちに細い方の柱を選んでいたのかもしれない。


俺は自分すら殺せないのか。

また、上手くいかなかった。


そう思い、周りを見るとガラクタが散らかっている。


どうやら、倒れた時にぶつかったらしい。

その中に4桁のダイヤル式の鍵がついた箱を見つける。


その箱は生前、父と母が大切にしていたものだった。

幼い頃「何が入っているの?」と聞いてもはぐらかさらていて中を見る事が無かった。


父と母の遺品整理の時に探してみたがどこかに隠したらしく見つからなかった。


「こんな所にあったのか。」


ダイヤルの番号は知っている。

しつこい俺の質問に

「母さんには内緒だぞ」と

父が教えてくれた。


俺の誕生日。


「0...8.......2..7」


開いた。



初めて見た箱の中身は

初めて見るものでは無かった。


俺が小遣いを貯めて母の誕生日に送ったブローチ。

父の誕生日にはネクタイピン


どちらも安物だが。今なら10個は買える。


他にも色々俺が送った物が出てきたが

1つだけビンゴゲームのカードくらいの大きさの紙が出てきた。


覚えてる。


小さい頃の俺はよくねだる子供で

オモチャ付きのお菓子なんかを欲しいとわがままを言っていた。


俺の家は特別貧乏というわけでは無かった。

むしろ裕福な家庭だった。


だが、我慢ができるようになって欲しいという父の教育から[いい事カード]が発行された。


これは、いい事を1つしたらハンコを1つ

5つ貯まればお菓子を1つ。


10個貯まればちょっといいオモチャを買ってもらえるという仕組みだ。


幼い俺は夢中になっていい事をした。


掃除、洗濯、ご飯の準備。

父の肩叩き。


みるみるうちにハンコは増えていき、20枚くらいカードが溜まっていった



「全部残してたのか。」



俺はいい事カードをその場で破り捨てた。


いい事したって意味ないじゃないか!

正直に生きたって意味ないじゃないか!


正しく生きようとすれば人から見下されて

嘘もつかずにいればバカ正直だと言われる!


彼女だってそうだ!

愛してるなんて嘘じゃないか!



同僚は言った

「会社を変えようぜ」


そんなもの変えてどうする。

変わるべきは正直に生きろと教育し、

社会に出たら嘘を付かないとのし上がれない世の中じゃないか。


「世の中を変える。」


そう言うと俺は台所に行き、

コートの懐に包丁を隠し飛び出した。



殺してやる!

沢山の人を!


俺は通り魔になる!


そう思いながら歩いていると目の前に

押し車を押しているおばあさんが横断歩道を渡ろうとしていた。


最初のターゲットはあのババアだ。

1人目に逃げ回られても面倒だしな。


どうせ老い先短いんだ世の中のために死んでくれよ。


フラフラとおばあさんに近づこうとすると

道路の奥から猛スピードでトラックが走ってくる。


赤信号だぞ?

と思い運転手を薄目で見る。


俯いている。居眠り運転だ!



その瞬間、体が風を感じた。


走っている。俺が。おばあさんに向かって。

殺す為ではない。突き飛ばして助ける為だ。


これが考えるより先に体が動くと言うやつか。



世界がスローになる。

目の前を飛ぶ虫も箸で捕まえられそうなくらい。


プロの野球選手やボクサーはゾーンに入ると言って集中力が高まると世界がスローになると聞いた事があるが、これがその類いの物だと言う事を体で感じていた。


体がミシミシと音を立てる。

運動不足だ。

全力疾走なんて何年ぶりだろうか。


明日は筋肉痛だな。


そんな事を考えているうちに

おばあさんに近づき突き飛ばす。

その勢いのまま自分も転がった。



コンマ数秒前まで自分がいた所を

トラックが通過する。


しばらく走った後、コンビニへ突っ込む。



無事だったであろうおばあさんがお礼を言っているみたいだったが俺には聞き取れなかった。



そして思い出す。包丁を持っていることに。

あの騒動で自分に刺さらなかったのは救いだが

警察がきて事情聴取されたらバレるかもしれない。



まだお礼を言い続けているおばあさんを無視して家に向かって駆け出した。



家路につきながら考える。

あの時、おばあさんを突き飛ばさなかったら


おばあさんにぶつかった衝撃で運転手が起きて急ブレーキ。

コンビニの中の人は無事だったのではないか。


たらればの話かもしれないが

俺が今日した行いは正しかったのか。


1つの知らない命と

多くの知らない命をどちらを殺すか選べと言われたら


大抵、1つの命だろう。


俺は無意識とはいえ逆を選んでしまった。



さっきまで沢山殺すぞ!と息巻いていた俺が他人の命についてしっかり考えている事を思い出し、滑稽だと感じた。




家に着き、引き戸を開けると味噌汁の匂いがした気がした


ふと気になり台所に向かうが誰もいない。


当たり前か。


包丁を戻し、先の味噌汁の香りを思い出す。


無愛想で無口だけど本当は優しかった父さん

本当は泣き虫のくせにいつも微笑んでくれた母さん。



「会いたいよ....もう一度.....」

そう呟くと今まで溜まっていた感情が涙となって溢れてきた。


弱音を言えなくなったのはいつからだろう?

涙が出なくなったのはいつからだろう?


年甲斐もなく

泣き続けて

泣き続けて

ふと思う。


こんな時、漫画や映画ならヒーローが助けに来てくれる。でも、現実は誰も来ない。むしろそのヒーロー達よりも年上になってしまった。

これが本当。嘘で塗り固められた世の中の本当の部分。




泣き疲れてクシャクシャの顔を上げると


他界したはずの父と母が食卓を囲んでいた。


「今日はいい事をしたね」


そういうと2人は消えていった


その現象がなんだったのかはわからないが

その一言で心が救われた気がした。


俺がいい事をしたから会いに来てくれたのか.....?










3日後


リクルートスーツに着替えた俺は父と母の仏壇に挨拶し、

自分の部屋の壁に向かって「よし!」と気合を入れ

今更来た全力疾走の後遺症を感じながら家をでた。



壁にはテープで直されたボロボロの[いい事カード]に真新しいハンコが押されていた。

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