第4話 捜索の手配


「――なるほど。まあ、確かに色々あったから言い出しにくかったんだろうが、言わないで変に疑われるよりはいいだろ。お互いに」

「ごもっともです……」


 学校が終わり、都季がバイトのために依月に行くと聞いて、魁もいつもどおりついて来た。本当は紫葉の捜索に向かいたいところだが、茜にも自分の口からちゃんと説明するべきと判断したようだ。

 十二生肖のリーダーが悠とは言え、現状、茜がまとめ役になっている。先代から継続している上、最年長なので当然と言えば当然の流れだ。

 しかし、茜は既に悠から話を聞いていたようで、事務室に現れた魁を見るなり「よし、歯ぁ食いしばれ」と前置きをしてから脳天に一撃をお見舞いした。なかなかに良い音がした。 都季はその音を背に更衣室に入り、その間に魁はこれまでの経緯を茜に説明し直す。悠との話に齟齬がないかの確認にもなるため、改めての話を茜が拒むことはなかった。そして、冒頭に戻る。


「身内のことは身内だけで済ませられると思ったんだ」

「“戌”の一族は鼻がいいからな。特に、身内の匂いなら分かるだろうし、すぐに見つかると思うのも分かるが、それにしても報告はしてくれ」

「悠にも注意はされた。本当に申し訳なかったとは思ってる」


 自席に座る茜は、ソファーに座った魁を見ながらデスクに片肘をつき、痛むこめかみを軽く手で押さえた。両肩を縮こまらせた魁にいつもの威勢の良さはなく、反省の色は窺える。

 そんな彼の目の前には、ローテーブルの上で黙って話を聞く月神がいた。都季が着替えている間やバイトが忙しいとき、彼はよくそこで寛いでいるのだ。勿論、今は寛いではいないが。

 済んだことでもあるため、魁への忠告はこの程度に留めておこうと溜め息を吐いた。

 あとは戌井家自体に釘を刺しておかなければならないが、それについては龍司が向かっている。本来であれば“子”の仕事だが、前科を持つ悠では説得力がない。本人は行く気だったが茜が止めた。


「分かったならいい。紫葉のことも、話を聞いた以上、局でも行方を追うから安心しろ」

「ありがとうございます」


 表情の堅かった魁だが、茜の言葉に深々と頭を下げた。普段、言動はやや荒っぽい魁だが、ある程度の礼節は弁えている。

 戌井家だけでは追えなかった紫葉の足取りも、局の力を持ってすれば分かるはずだ。

 一区切りついたところで、都季が着替えを終えて更衣室から出てきた。


「つっきー。まだここで話してく?」

「いや、終わったから問題ない。……ああ、そうだ」


 都季としては月神がいなくても支障はないものの、声をかけずに置いて行くと拗ねることがある。

 面倒なことにならないように、と確認すると、月神はテーブルから飛び上がって都季の肩に移った。そして、あることを思い出して茜に訊ねる。


「昼に連絡した件の噂について、何か情報は入ったのか?」

「ああ、あれか。特務に聞いたら、ちょうど捜査中だって回答はあった」

「件の噂って?」


 何の話かと確認しようと魁は首を傾げた。

 月神が「昼に話しただろう」と呆れ気味に言えば、魁はすぐに思い出して手を打った。


「あ! あの『黒い巨大犬』のことか」

「!」

「あっぶな」


 魁がそれを口にした途端、ちょうど店に繋がる扉から花音と煉が入ってきた。花音が驚いて足を止めたことで、後ろから続いて入ってこようとした煉がぶつかりそうになった。

 すぐに茜は彼女が想像したことに気づき、軽く息を吐いてから否定する。


「『犬』は『犬』でも、別の犬のことだぞ」

「……あ。う、うん。分かってる」


 茜に指摘され、ハッと我に返った花音は気まずそうに視線を逸らした。後ろにいる煉は何故か眉間に皺を寄せている。

 何かあったのかと都季が魁を見れば、魁も説明が難しいのか渋い顔をされた。

 話題を逸らすように、茜は特務から聞いた話を手短に伝える。


「あの犬について、被害が出ているのは野生動物や家畜、あとは畑とからしい。まだ人的な被害はなし」


 特務は一般人からの相談や警察からの捜査依頼も受けている。今回、局が動いていないのは依人や幻妖側に被害が出ていないか、先に声が上がったのが一般側かのどちらかだ。

 不要な混乱を招かないためにも、黒い巨大犬を特務が追っているのなら局の出番ではない。


「巨大犬については特務に任せて、こっちはこっちの犬の捜索だな」

「……俺、もう一回実家を調べてみる」

「手がかりはなかったんじゃないのか?」

「いや、日が経ってるし、何かあるかもしれないと思って……」


 実家は家族がいることもあり、一番最初に隈無く探されている。それでも調べようと思ったのは、捜索の際にあった異臭のせいで見落としがあるかもしれないと思ったからだ。

 匂いは日が経てば薄れる。当然ながら紫葉の匂いも薄れるが、魁が追うのは五感においての匂いではなく、能力を使用して分かる霊力の匂いだ。通常の匂いとは薄れ方が異なる。


「それもそうか。じゃ、都季のことはあたしが送るから、そのまま捜索に当たってくれ。何か分かったことがあったら必ず連絡するように」

「了解」


 短く返して、魁は事務室を出て行った。

 花音も暫くじっと考えていたが、すぐに頭を振って気を取り直すと、ぎこちないながらも笑みを浮かべて煉に「突然止まってごめんね」と謝っている。煉は煉で何か言いたげだが、掘り返すことを避けて「分かった」とだけ返した。


「…………」

「都季」

「あっ。ご、ごめんなさい。すぐに出ます」


 二人のやりとりをぼんやりと眺めていた都季に声を掛ければ、彼はそそくさと事務室を後にした。まだ急かすほどの時間でもないが、流れている微妙な空気を変えるためだ。

 茜は何度目かの溜め息を吐いてから、今、紫葉の捜索に動けそうな十二生肖は誰か、どれくらい人手は必要かと頭を捻る。十二生肖だけでなく、警邏や調律師からも人を回さなければならない。警邏は部署が同じなので問題ないが、調律部ではどれくらい動けるか才知に確認が必要になる。


(今はルーインや狐以外、特に大きな問題はない。それを考えると、戌井が黙っててくれたのはある意味有り難かったか。……口が裂けても言えないが)


 これがもし、都季の呪詛の件と同時で発覚したことなら、恐らく茜も店を離れなければならなかった。そういった視点からでいくと、今分かったことで良かったのかもしれない。

 そんな不謹慎な考えは頭を振って消し去り、十二生肖の面々を思い浮かべる。龍司は戌井家にいるため、魁と合流すれば捜索に当たるはずだ。悠と琴音も、都季のこと以外に急ぎの案件は抱えていない。花音と煉は当たらせない方がいいだろう。麗はまだ万全ではなく、“酉”と“未”の二人はそれぞれ表の仕事で不在だ。紫苑も神降りの木への霊力の供給で、都季に指導する役目がある。

 十二生肖の面々を順に思い浮かべながら、意外と動ける人が少ないことに気づいた。ただ、何かを忘れている気がする。


(……何か、足りない気がする)


 果たして何だっただろうか。

 すっきりしないまま、茜はいっそ思考を別のことに切り替えようと依月の仕事に戻る。思い出そうとすればするほど、深みに嵌まって抜け出せないことがあるが、今まさにその状態だろう。

 思い出せたのは半時が過ぎてからだ。偶然、それに該当する漢字を目にしたことで浮かんだ。


「あ、千早か。……あれ? あいつに今、何か仕事振ってたか……?」


 影の薄い“午”の千早だが、そういえば彼に何か仕事を振っていたかと、新たな問題まで浮上してしまったのだった。




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