第3話 単独行動の真意


 魁が来たのは、昼休憩も少し過ぎてからだった。

 遅れて来た魁に数人の男子生徒がからかうように声を掛けていたが、それに返す魁の様子は普段とは違い、笑みはやや引きつっていた。明らかに無理をしていると分かる。


「魁。大丈夫か?」

「ああ。まあ、どうにか……いや、大丈夫ではないんだけど」

「場所変えますか? 僕からも『結果』についてお話ししたいですし」


 都季への返事も力なく、また、大丈夫ではないとはっきり言う辺り何か言いたいことがあるのだろう。

 噂についてや、男子生徒の記憶を探るために教室に来ていた悠は、周りの生徒を気にして話せないなら場所を移そうと立ち上がった。

 巨大な犬を見たと言う男子生徒は、その犬を一緒に探しに行くことになった生徒と携帯電話で調べている。そのお陰で、悠もすんなりと記憶を視ることができた。悠が記憶に触れることで犬について思い出したところで、調べていれば思い浮かべて当然だ。

 だが、移動しようとした悠の腕を魁が掴んで止める。


「いや、今は他のことに集中してる奴が多いから、ここでいい」


 まるで、移動する時間さえ勿体ないと言わんばかりの魁は、肩から斜めに掛けたカバンも下ろさぬまま都季を見た。

 昼休憩中の今、魁の言うとおり教室内は談笑する声で賑やかだ。遅れて来た魁を見ていた生徒達も、早くも自分達の会話に戻っている。そう易々とは聞かれない。

 そんなにも深刻な事態が起こっていたかと、都季の隣にいる琴音と立ったままの悠、机にいる月神は顔を見合わせて首を傾げた。


「実は、俺の弟が少し前にいなくなったんだ」

「えっ!?」

「どっちですか? 双子のほう?」

「次男のほう」


 予想を上回る内容を告げられ、都季は思わず大きな声を上げてしまった。比較的近くにいた生徒の視線が向けられ、反射的に口を手で押さえるも遅い。

 一方、悠は魁の弟は二人いるため、弟と言われてもどちらのことかと眉間に皺を寄せた。ちなみに、双子のほうと言う弟は三男だ。


「次男となると、紫葉しば君ですか。真面目で良い子なのに、突然いなくなるものなんですか?」

「だからびっくりしてるんだよ。何の前触れもなかったって言うし」


 魁はほとんど実家に帰らない。同じ町中ではあるが、魁が役を引き継ぐ際のことが切っ掛けで顔を合わせづらいのだと軽く聞いたことがある。

 流石に紫葉の失踪を聞いて実家に帰った魁だが、家族に話を聞いても、彼が何故いなくなったのかまったく分からない状態だった。

 そこで、琴音は魁の弟妹の内一人を思い出す。悠と同い年の妹を。


「『あき』ちゃんは、何か言ってなかったの?」

「晶? うーん。あっちは特技科なんで、僕は滅多に会わないんですよね」

「あ、そっか……」


 「晶」という名前を聞いた魁の顔がやや険しくなる。都季は口には出さなかったが、あまり良い関係ではないのだろうと察した。

 依人は基本的に特技科に通っている。校舎も異なるため、姿を見るとすれば昼休憩の時間か集会くらいだ。

 「少し前にいなくなった」なら、晶が何かしら言ってこないかと思ったが、魁もこれまで黙っていた辺り、あまり口外したくなかったのだろう。


「何でもっと早く言ってくれなかったんですか? 人一人がいなくなったって、依人じゃなくたって大きな事件じゃないですか」

「その……今になって言うのもあれなんだが……いなくなったのが、麗さんが帰って来た次の日辺りらしくて……」

「!」


 麗が帰って来た次の日は、都季の腕に呪詛の種が仕込まれていると分かった時だ。正体不明の呪詛の種に、どれほどの人員が駆り出されていたか。

 魁からそんな様子はまったく見受けられなかったが、彼自身もあの日の夜に聞いたのだと言う。家族から「紫葉の姿がないがそっちに行っていない」かと。

 すると、悠は何かに合点がいったのか大きく息を吐いた。黙って聞いている月神も少し呆れた様子だ。


「もしかして、所々で魁先輩が単独行動してたのって、ルーインを探すためじゃなくて、紫葉君を探してたんですか?」

「そんなわけないだろ! ……あ。いや、勿論、ルーインも探してたけど、琴音の時みたく向こうが紫葉に接触してきてて、何かに巻き込まれてるかもって思ったら、先に見つけておきたくて……」


 それは家族が何か犯していたとしたら隠蔽にもなるのだが、魁としては単に事態を大きくせずに収めたかっただけだろう。それは当時の状況や魁の性格を考えれば推察出来る。あまり褒められたものではないが。

 ただし、それはあくまでも悠の推察だ。本当に魁、もしくは戌井家が何も企てていないかを知るには、もう少し追及する必要がある。


「魁先輩がすぐに局に報告しなかったのはどうしてですか?」

「……これまでの十二生肖の動きを考えたら、厄介事はなるべく増やさないほうがいいと思って……」

「あは。耳が痛いや」


 悠も厄介事を起こした一人だ。むしろ、今のところは彼が一番大きな爪痕を残している。

 あくまでも時期が都季の呪詛騒ぎと被っていたことは言わないのか、と思いつつ、悠はこっそりと能力を使って魁が浮かべた当時の様子を盗み見た。極めて断片的ではあるが、視えた記憶から魁の言葉に間違いはないと分かった。

 押し寄せた脳の疲労感を、そっと息を吐いて拭い去る。視た記憶はごく一部だが十二生肖のものだ。他よりも霊力を使う上、相手に気づかれないようにとなると針の穴に糸を通すようなコントロールも必要になる。

 悠は自身のものと混在しそうになる記憶を落ち着かせてから、十二生肖のリーダーとして注意することにした。


「魁先輩。状況から、報告はしにくかったと思います。でも、どんな状況であれ報告はしてください。でないと、余計な不信感を煽りますから」

「不信感……?」


 何のことだと怪訝な顔をする。

 今までの行動で不信感を煽る意味が分かっていないのかと、悠はいよいよ呆れを滲ませた。最も、十二生肖の中でも忠誠心の高い“戌”の彼にとって、背を向けるような行為があり得ないからこそ考えが及ばないのかもしれないが。


「ここ最近、『戌井家の人が怪しげな動きをしている』っていう噂があったんです。それに、魁先輩の単独行動が増えて拍車を掛けたんですよ。ここまで言えば分かります?」

「…………えっ。マジか」


 理解するまでに数秒の時間を要した。

 悠が言った噂はまだ出回り始めたところで、局の中でも一部の人しか知らないものではある。才知や葵辺りは立場上耳にしていると言っていた。

 申し訳なさそうに「悪い。今度は気をつける」と肩を落として反省する魁は、犬の耳があれば垂れていそうだ。

 戌井家にも忠告しておこう、と思いつつ、悠は「紫葉君の件については、局にも報告をして捜索に当たりましょう」と言う。


「本当に悪い。自分の家の事なのに」

「仕方ないですよ。それより、一週間近く経ってますから、神隠しも視野に入れたほうが良さそうですね」


 戌井家は“戌”の能力により嗅覚が優れている者が殆どだ。勿論、極めて高いのは役を受け継いだ魁だが、他の者でも一般人よりは利く。そんな彼らでさえ見つけられないとなると、紫葉は町中にいない可能性が高い。

 都季は感じていた後ろめたさを一旦、横に置いておこうと気持ちを切り替え、魁に現在の進捗を確認することにした。魁が気遣って都季の呪詛のことに触れていないなら、自ら掘り起こして謝罪に時間を費やすより、紫葉の捜索を手伝ったほうがいいと判断して。


「何か手掛かりになりそうなものとかなかったのか?」

「手掛かり……になるかは分からないけど、探してるとき、たまに変な臭いがする時があったくらいか……?」

「変な臭い?」


 何処かで聞いた言葉だ。ありふれたものではあるが、つい最近聞いたばかりのような気がする。

 何の話だったかと頭を捻る都季の傍らで、悠が怪訝な顔で魁に訊ねる。


「魁先輩は、『黒い巨大犬』の噂をご存知ですか?」

「あ」


 それだ、と都季は手を打った。そもそも、悠がここにいるのはその噂について調べるためでもある。行方不明の話が大きすぎてすっかり抜けてしまっていた。

 唐突な質問に、魁もまた眉間に皺を寄せる。


「黒い巨大犬……? 何だそれ? アイリッシュウルフハウンドか?」

「さらっと出たな」


 さすがは犬好き。都季は携帯電話で検索をして初めて知ったが、魁ならば見たこともありそうだ。主に姿の変わる暮葉で。

 ただ、残念ながら噂の犬は実在する犬ではない。恐らく。


「ここ最近、巷で噂になってる方の犬です。夜、目の前に現れたかと思ったらすぐに消えて、その後は異臭がするそうです」

「話から、我としては幻妖と見ていいと思うておる」

「ふーん。で、その犬が何かしたのか?」

「今のところ、局に話は入ってきていません。先に特務が当たっているのかもしれませんが、それは今問い合わせ中です」


 他の幻妖や依人に実害があれば話はすぐ入っていただろう。しかし、局にそれらしき仕事の話はなく、都季達はクラスメイトの話から知った程度だ。


「魁先輩なら何か知っているかと思ったのですが、その様子だと知らなさそうですね」

「なんか馬鹿にされた感あるけど……まあ、そうだな。初耳だし……一応、言っておくけど、暮葉じゃないからな?」


 その点については疑ってはいない。暮葉だったなら異臭はしないはずだ。

 悠は「分かってます」と返してから時計を見る。もう少しで予鈴が鳴るため、そろそろ教室に帰らなければならない。


「黒い犬のほうは特務の回答次第では局で当たりますが、紫葉君の捜索についてはもう動きましょう。局には僕から連絡しておきますね」

「……ああ。頼んだ」


 一週間近く経過しているものの、まだ生きていると信じたい。 

 魁は両手をぐっと握りしめて頷いた。



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