第12話 前代未聞の十二生肖


「――ああ、分かった。なら、また何か話したら連絡をくれ」

「…………」


 琴音が特務に連行された後、都季達はすっかり何かあったときの集合場所となっている依月に来ていた。

 オーダーストップとなっている今、店には茜以外に花音や煉しかいなかった。花音は事務所で、煉はフロアの清掃とそれぞれが仕事をしており、都季達の会話に加わる気配はない。最も、煉の場合は魁と口論になって話ができなくなるため、先に茜が「喧嘩すんなよ」と釘を刺したせいでもあるが。

 茜は琴音の件を既に知っており、憔悴しきった都季達を見て改めて梓に連絡をして進展の有無を確認した。事あるごとに口論に発展はするものの、今回ばかりはそんなことをしている場合ではないせいかすんなりと話はできた。

 通話を終わらせて四人を見やれば、四人ともが同じ不安げな表情をしている。

 茜は「月神までそんな顔をするなよ……」と内心で呟いて小さく息を吐く。


「琴音は特務で大人しくしているそうだ。あいつらも乱暴には扱ってないから……安心しろとは言えないが、死にはしないから大丈夫だ」

「納得はいきませんけどねー」


 カウンターで頬杖をつく悠は、不満を露にしてぼやいた。

 今回の件に関しては不明な点がいくつもある。それを明かすには琴音の話が必要だが、肝心の彼女の身柄は特務だ。

 悠が僅かな間に得た琴音の記憶を思い返しても、それを解くヒントはない。


「最近、卯京さんの姿を見ないときもあったけど、あれって幻妖とか依人絡みの仕事だったんだよな? なら、それがアリバイにはならないのか?」

「単独行動をしている時点でダメでしょうね。報告書はありますが、それを僕らが提出したところで偽装を疑われるだけです」

「それに、空白の時間については、あたしらでも庇いようがない」


 当然ながら、琴音達は二十四時間ずっと仕事をしているわけではない。仕事の前後には報告書には載っていない部分もある。その時間と事件の時間が重なっていれば、茜達も擁護したくてもできないのだ。

 鬱屈とした都季達に、茜は少しでも現状を変える突破口はないかと探るために訊ねる。


「今日の被害者は、襲ってきたのは琴音だって?」

「そう。気が動転してて、詳しくは聞けなかったけどな」

「調律師のほうは治療中で、まだ目を覚まさないようです」


 被害者と調律師は局の東にある病院で治療をしている最中だ。

 対象の意識がなくても記憶を視ることのできる悠が依月にいるため、茜は大丈夫だろうと確信しつつも問う。


「調律師の記憶は視たか?」

「ええ。被害者と加害者を追っていると、山に入った辺りで後ろから何者かに襲われたようです」

「そうか」


 悠は、倒れていた調律師を発見してすぐに記憶を視た。

 しかし、視えたものは二人を追う光景と周りの景色くらいで、それも山に入った途端に途切れてしまった。加害者である依人も、物陰に上手く隠れていたり素早くて目で追えていなかったりと、情報を得ることはできなかった。

 都季は他に何かヒントになりそうなものはないかと、身をやや乗り出して追求する。


「周りの様子とかは視えなかったのか?」

「はい。僕はあくまでその人の記憶を視るだけなので、その人が視ていないものは分からないんです。ただ……」

「ただ?」


 視えた記憶を思い返しているのか、悠は一瞬だけ自身の思考に耽っていた。だが、すぐに現実に返って断言する。


「気配から、調律師を襲撃した者の力が強いことは分かりますが、感じ取った属性や性質は琴音先輩とは別です」


 属性や性質を知れたのは、さすが調律師といったところか。局に属する者ならまだしも、普通の依人ではそこまでの判断はできない。


「良かった。卯京さんが犯人じゃないんだ」

「いえ。調律師を襲ったのが別の依人なだけであって、あのノームの依人を琴音先輩がやった可能性は残っていますよ。何より、本人がやったと頷いてるわけですから」


 あのとき、依人の周りに琴音以外はいなかった。さらに、琴音は血のついた自らの神器、小刀を手にしていた。その上で本人がやったと言うのであれば、疑いを晴らすのはまず難しい。


「うーん、結局は特務からの連絡待ちになっちゃうのか……。あ、つっきーは何か視えた?」


 月神も過去や未来を視る力は備えている。視え方は刻裏に比べるとやや劣るようだが、何か手掛かりになるかもしれない。

 そう思って訊ねたのだが、返ってきたのは予想外の言葉だった。


「お主が狐を頼るか否か迷っているところは視えたのぅ」

「いや、そうじゃなくって」


 視てほしいのは琴音に関する事だ。

 刻裏の名前を聞いた魁達は異論がある怪訝な顔で都季を見ており、まだ迷ってもいないが念のため、「頼らないよ」と否定しておいた。

 すると、月神はいけしゃあしゃあと本来の件について言ってのける。


「琴音が壁に当たるのは知っておったぞ」

「抽象的だな……」


 ハッキリしない言い方に胸の中の蟠りが解けるはずもなく、都季は溜め息を吐いて脱力した。


「我は半神ゆえ、本来の力はない。ただ、本来の力で視たとしても、それは数多ある未来の中のひとつだ。必ずしもそれが正しいとは言えぬ」

「しっかりしてよ、神様ー」

「都合がいいことを抜かすでない。そもそも、我が半神である状態での全力を出せば、今のお主の身体が持たぬわ。せめて、器がお主から離れておればのぅ」


 事実を突きつけられれば返す言葉もない。

 都季は鍛錬を重ねて以前よりは力の使い方を身につけている。しかし、月神からすればまだまだ序盤であり、半神での力を出すこともままならない状態だ。

 茜は携帯電話を見てまだ何も連絡がないことを確認すると、そっと息を吐いてから言う。


「特務が間にいると、あたしらはどうしても後手に回る。歯痒いだろうが、琴音が正直に話すのを待とう」

「……はい」


 手も足も出ないとはこのことか。

 都季は辛いのは全員だ、と自身に言い聞かせて口を閉ざした。

 その時、店の出入り口が開かれた。オーダーストップの時間はとうに過ぎているため、扉には営業終了のプレートを掛けている。稀にそれを見落として入ってくる者もいるが。

 今はフロアで煉が清掃に当たっており、距離的に近い彼がうまく断るだろうと思っていたが、当の煉は驚いたように入口を見ている。

 見兼ねた茜が視線を向けて断りを入れようとしたときだった。


「こんばんは」

「……お前」

「おお、久しいのぅ」


 柔和な青年の声がした直後、気づいた茜の声音と表情には驚愕の色が滲んだ。

 あまり見ない茜の様子に都季達も何事かと入口を見る。

 そこにいたのは、幸の薄そうな線の細い青年だった。

 月神が声をかければ、彼は「お久しぶりです」とゆっくりと頭を下げた。その瞬間、彼は突然、咳き込んだ。


「っ、げほっげほっ!」

「えっ、ちょっ。さっそく? 大丈夫かよ」

「ああ、もう。家のやつは一緒じゃないのか?」


 煉や茜はやや慌てた様子で、しかし、慣れたように青年のもとに二人して駆け寄る。

 蹲ってしまった彼の隣に茜が片膝をついて背中を軽く叩いてやり、煉が「水いるか?」と問う光景を前に、都季は月神に訊ねた。


「つっきー、あの人は……?」

「そういえば、お主は初対面だったのぅ。あやつは『卯京うきょうさく』。琴音の兄であり、最初に今代の十二生肖に選ばれておった者だ」

「ええっ!?」


 琴音から家族の話を聞いたことはない。また、琴音より先に選ばれていた者がいたことも。

 彼女の雰囲気から勝手に一人っ子だと思っていた都季は、驚きのあまり声を上げて青年、朔を見る。

 妹である琴音は見事なまでの白髪に炎を映したような紅の瞳だが、朔は漆黒の髪に夜の訪れを告げるような濃紺の瞳だ。


「朔さんはすっごい身体が弱くて、ちょっとの気温差でもすぐ咳込むから、あんまり外出しねぇんだ。だから、とても十二生肖としては動けないって断ったんだよ。前代未聞だけどな」

「なるほど。店長が心配して駆け寄ったのって、そういうことか」

「あと、虎兄が勝手にライバル心を燃やしてる一人ですよ。あの人、余裕ないですから」


 悠はこの場にはいない、茜に想いを寄せる紫苑を思い浮かべながら、どこか呆れたように言った。

 茜が他人を案じないわけではないが、異性に対してやや厳しい彼女が心底心配する様を都季は初めて見る。紫苑が余裕を持てないのもなんとなく分かる気はした。

 そんな会話など聞こえていない茜は、朔の身体を気遣いながら「カウンターまで行けるか?」と訊ねている。

 茜が付き添うなら大丈夫か、と煉は再び清掃に戻った。


「ええ……げほっ。すみません。お気遣いありがとうございます」

「朔」

「月神……? ああ、あの子から聞いてはいましたが、本当に小さ――」

「う、煩い! それに、好きでこうなったわけではない!」


 都季の近くに座った朔の前に月神が立った。

 本来の姿より小さな彼の姿に、朔は目を丸くして顎に手を添え、興味津々といった様子で頭から足元までを眺めた。

 憤慨する月神を宥めつつ、都季は朔に挨拶を、と体の向きを彼へと変える。


「初めまして。更科都季です。えっと……卯京さんにはいつもお世話になってます」

「「確かに」」

「そこ、煩いぞ」


 都季の挨拶に真剣に頷いた悠と月神を窘めつつ、他人から見ても琴音に世話になりすぎているのか、と自身の行動を反省した。

 朔は都季を見てきょとんとしていたが、やがて、その表情を和らげて言う。


「お話は琴音からよく聞いています。こちらこそ、あの子をいろいろと助けていただいているようで、ありがとうございます」

「い、いえ! そんな……俺はなにも……」

「謙遜大会はその辺にして、朔は何か用があってきたんだろ?」

「用件?」

「……まさか、忘れたとかじゃねぇだろうな」


 用件を促す茜に対し、当の朔は何かあっただろうかと目を瞬かせて首を傾げる。

 彼の性格をよく知る茜は、その反応に嫌な予感を覚えた。

 すると、見かねた悠が朔の記憶を視て言う。


「琴音先輩のことですか?」

「ああ、そうだった」

「そっちに何か連絡あったか?」


 身体の弱い朔が、このタイミングで依月に来たのは偶然ではないはず。

 もしや、特務から何か連絡があったのかと琴音を案じたが、彼はゆっくりと首を左右に振って否定した。


「いえ、特務からは何も。両親もまだ知らされていません」

「おじさん達も知らないって……それじゃあ、琴音のこと、どこで知ったんだ?」

「部屋にやって来た狐が教えてくれたんだ」


 狐が意味するものが何かは聞かなくても分かる。幻妖であることはもちろん、ただの妖狐ではないと。

 全員がその言葉に息を飲む中、朔だけは落ちついた様子で続けて言う。


「確かに、琴音は一人で仕事以外のこともしていた。けれど、それは誰かを襲っていたわけでもないんです」

「え?」

「数日前、帰って来た琴音は何か思いつめたような顔をしていたんです。僕が聞いても『言えない』の一点張りで、さっきまで理由は分かりませんでした」


 だが、訪れた妖狐に話を聞いて、すべてではないにしろ彼女が何をしていたか、今、何のために動いているのかを知った。


「どうやら、あの狐と一緒に特訓をしていたようなんです」

「……はぁ!?」


 理解が遅れた魁が声を上げた。都季達も驚きで開いた口が塞がらなかった。

 刻裏は局からすれば捕獲対象の幻妖であり、まず、共に特訓を重ねる相手ではない。確かに、刻裏はその能力の高さから十二生肖の捕獲網を度々潜り抜けている。しかし、だからといって、特訓の相手にしていいわけではない。

 朔もそのことは百も承知だが、彼なりに思うところはあった。


「琴音は、現十二生肖の中で唯一、神使を出せない。猫の手……いや、この場合は狐の手かな? 借りたくなる気持ちは分かるよ」

「都季先輩といい、琴音先輩といい、狐さんに絆されすぎ」

「うっ」


 呆れた悠の言葉には言い返せない。

 ただ、朔には狐と特訓を始めたと言われる頃の琴音を思い出すと、どうにも気になることがあった。


「恐らく、その特訓を始めた日からかな……。琴音は、帰って来たら僕の所に来てくれるんだけど、ふとした瞬間に顔色が悪くなるときがあってね。学園では、普通だったかい?」

「普通といえば普通だったと思うぜ。でも、あんまり元気はなかったかもな」

「狐と特訓するっていう後ろめたさからか?」

「いえ、それとは違うみたいです。狐本人が否定していましたから」


 茜が上げたのは状況からすればまっとうな理由だが、それを上回る何かがあるようだ。

 狐は中途半端な部分しか話さず、琴音に何が起きているのか、肝心なところは喋らなかった。

 先を見通す刻裏の考えは理解しがたいが、彼がヒントだけを残して答えをぼかすのは、自分達で見つけなければ意味のない答えなのだろう。

 琴音と付き合いの長い魁は、なかなか見つからない答えに悔しそうに顔を歪めた。


「狐は全部知ってんのか……」

「ありえますね。なんて言っても、あの『狐さん』ですから」

「いっそ、狐を捕まえて吐かすか? 都季なら狐を呼べるんだっけ?」

「いや、無理ですよ。都合悪いと出てこないですから」

「呼んでいないときには出てくるのだがな」


 いつか部屋にやって来た刻裏を思い出して、月神はうんざりしたように言った。

 神出鬼没な彼の現れるタイミングはよく分からない。迷うことがあれば現れることもあるが、それが毎回というわけではないのだ。

 そこで、ふと、都季は月神ならできるある事を思い出した。


「なぁ、つっきー」

「なんだ?」

「卯京さんのとこ、行ける?」


 まだ琴音は特務自警機関から帰って来ていない。だが、本人が解放されるのを待っているだけでは、何かが手遅れになりそうな気がしたのだ。

 真剣な眼差しで月神を見る都季に、周囲も口を閉ざして月神の答えを待つ。


「我が行ったところで、状況は変わらぬかもしれぬぞ?」

「でも、行かないよりはマシだろ。状況が変わるか変わらないかの違いなら、変わる可能性に賭ける」


 止まったままでは何も変わらない。ならば、少しでも変化を。

 都季の言いたいことは分かるが、月神は内心で「必ずしも、それが良い方向に変わるわけではないのだがな」と呟いた。口に出さなかったのは、都季の行動がいつもそうであること、そして、一度言ってしまえば先に進もうとしている彼らの妨げになる気がしたからだ。

 すると、まるで内心を読んだかのように、悠が口を挟む。


「じっとしてても変わらないくらいなら、良い方向だろうが悪い方向だろうが、動きを出させてそれから対処したほうがいいってことですよね? もう分かってますよ」

「そういうこと」

「あはっ。月神、僕らのことちょっと子供に見すぎ」


 成人こそしていないが、右も左も分からない子供ではない。自分で考えて動くことくらいはできるのだ。


「……よかろう。ならば、ちいと離れるぞ」


 どうなるかは分からないが、今までも乗り越えてきた都季達ならば、少しは打開策が見つかるかもしれない。

 視えた未来のひとつに不穏なものを見つけつつ、月神は僅かな燐光を残して姿を消した。




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