第11話 検証の結果


 七海と慶太が目撃者を見つけたのは、調査に当たってすぐだ。

 藤沢千穂とは別件で依人が襲撃され、同一犯かもしれないということで、病院に搬送された被害者に事情聴取に向かった。


「辛いかとは思いますが、襲われたときの状況を詳しく教えていただけますか?」

「は、はい。ええと……あの時は仕事帰りで、いつもより遅くなったので、近道をしようとして人の少ない小道に入ったんです」


 今回の被害者は、藤沢千穂が襲われた翌日の晩に被害にあった三十代の男性だ。依人である彼は夜間ならば人が避けるような道を、一般人と違って力があるから大丈夫だろうという、ある意味では「慢心」ともとれる気持ちから通っていた。


「小道を進んで中頃に来たときに、急に背後に現れて……声を上げる間もなく斬りつけられたんです」

「では、あなたはどうやって逃げられたんですか?」

「私は風を扱えるのですが、斬られたとき、風を爆発させて相手を遠ざけてから逃げたんです」


 力の扱い方に関しては、依人として登録した後、局で指導を行っている。男性もまた、局で指導を受けたようだ。

 慶太が質問しながらメモを取る傍ら、七海は男性の言動におかしな点はないかじっと観察していた。被害者ではあるが、証言が必ずしも正確であるとは言えないからだ。


「ちなみに、犯人の顔とかは見ていませんか?」

「そうですね……。フードとマスクでよく見えなかったのですが、たしか……白髪に赤い目をした女の子でした。特徴的な色だったので、そこはよく覚えています」

「…………」

「白髪に赤い目の女の子って……」


 覚えのある特徴に七海の表情が僅かに動いた。慶太もメモを取る手を止め、先輩である七海を振り返って見上げる。

 そこで、初めて七海が質問を投げかけた。


「いつもより遅い、とのことですが、何時頃でしたか?」

「えっと……夜十時は過ぎていたと思います」

「分かりました。では、我々は犯人の捜索に当たらせていただきます。ご協力、感謝いたします」

「あ、ありがとうございました」


 急に事情聴取を切り上げた七海に、慶太は戸惑いつつ礼を言って病室をあとにした。

 一般の病院であるため、あまり幻妖世界のことは口にはできない。とはいえ、七海の行動はやや早急で疑問を抱いてしまう。

 慶太は持ったままだったペンを内ポケットにしまいながら、足早に院内を進み続ける七海に訊ねる。


「あの、何かありましたか?」


 先ほどのやり取りに疑問を覚えるようなところはあっただろうか。手帳に走り書きした男性の証言を見返しながら、しかし、それらしきところは見当たらず首を傾げる。

 だが、七海は前を見たまま若干、表情を険しくさせた。


「出来すぎている」

「はい?」

「今晩、同じ時間帯に現場に向かうぞ」

「は、はい」


 自身の中で答えが既にあるのか、七海は詳しい内容までは明かさなかった。

 これは現場で確認するまでは話してくれそうにないな、と慶太は小さく息を吐いた。

 そして、七海が抱いた違和感の正体は、実際に現場に到着してから分かった。


「これって……」

「つまりは『そういうこと』だ。ただ、他の何かがあってあの証言になった可能性もある」

「もう一度、話を聞きに行きますか?」

「ああ。ただ、相手は被害者ではない」


 現場で再現した中で、慶太は男性の証言にあった『不審な点』に気がついた。

 なぜ、男性があの証言をしたかは不明だが、何か裏で糸を引いている者がいることは確かだった。

 七海は手に持っていたものをポケットにしまうと、眼鏡のブリッジを指で押し上げて言う。


「重要参考人の、『卯京琴音』だ」



   * * *



「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

(き、気まずい……)


 特務自警機関の一階にある取調室にて、慶太は長く続く沈黙に圧し負けそうになっていた。

 部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで座る七海と琴音は、未だにどちらとも口を開かない。せいぜい、最初に七海が「なぜ、被害者を襲ったのか、理由を話してもらおうか」と訊ねたくらいだ。

 壁に掛かった時計を一瞥すれば、長針は一周して二周目も半分が過ぎている。扉越しに薄く聞こえていた構成員の声はほぼない。入口とは反対側にある窓を見れば、夏が近づいて日が長くなっているはずが、すっかり暗くなっていた。

 秒針が時を刻む音だけが嫌に響く部屋で、慶太は空気を壊さないよう小さな溜め息を吐く。

 だが、張り詰めた空気を壊さないように注意を払った慶太の気遣いは、たった一人の人物によって帳消しになったが。


「お疲れさーん。首尾はどないやー?」

「…………」

「助かっ……じゃなかった。お疲れ様です、桜庭副長」


 場にそぐわない明るい口調で入ってきたのは斎だ。

 七海が斎に怪訝な視線を向けるも、彼はそれを軽く受け流して壁際に立つ慶太に「慶ちゃん、足疲れん? 座ってもええんやで?」と気遣いの言葉を投げた。

 部屋には事情聴取のための席以外に、隅に記録者用の席もある。通常であればそちらに座る慶太だが、今回は彼女の表情の機微を見るためにもテーブルの隣に立っているのだ。


「いえ、ここで大丈夫です。疲れませんから」

「そうかい? あ、若いけん足腰強いんか、あいてっ!?」

「ほう? お前は私を年寄り扱いする気か?」

「それ、被害妄想言うん知っとる?」


 苦笑を浮かべた慶太に妙に納得した斎を後ろから蹴飛ばしたのは、後から入って来た梓だ。年齢の話……こと幼く見られることに関しては過敏な彼女だが、反対に年寄り扱いされるのも気に食わない。どちらにしても今回は自身に向けられたものではないが、年下である斎の発言だからこそ腹が立ったのだ。

 慶太は内心で斎に同情しつつ、溜め息を吐いて米神を押さえた七海の代わりにやって来た理由を訊ねる。


「あ、あの、何かあったんですか?」

「うん? ああ、せやった。ほら、卯の子は人見知り激しいて聞いたけん、同性で見た目は歳近そうなあっちゃんやったらまだ話しやすいかなーと思ってな」

「なるほど」


 見た目はむしろ琴音より年下に見えるが、何にせよ同性であるのは心強い。

 また、梓は茜と顔を合わせれば口喧嘩をするが、十二生肖への理解はある。仲間の喧嘩友達となれば、琴音もまだ口を開きやすいはずだ。恐らく、がつくが。


「だけん……なっちゃん、チェンジ」

「仕方がありません。言い方が癪に障りますが」

「なっちゃん、心の声漏れてるで」


 上司の前で言う言葉ではないものまで入っていたが、誠司以外と話すときの七海は大抵、多少の棘を含んだ言い方をする。七海が斎を尊敬していないわけではないが、誠司と比べるとその違いは圧倒的だ。

 小さく息を吐いてから、斎は梓に向き直った。


「ほな、あっちゃん。なるべくお手柔らかにな?」

「私を誰だと思っている」

(((外見年齢詐欺師……)))


 見た目は中学生くらいにしか見えない梓に、三人ともが心の中でそう思った。

 それを感じ取ったのか、梓は腕を組むと特に怒りを表すことなく淡々と言う。


「お前らが言っているだけだからな」

「えっ!?」

「あっ」

「この阿呆……」


 内心を読まれたことに驚いて声を上げたのは慶太だ。しかし、斎や七海はそれが意味するものが何かを瞬時に理解し、それぞれが梓からの視線から逃れるように顔を背けた。

 やや遅れて墓穴を掘ったことに気づいた慶太もやってしまった、と口元を手で隠すも手遅れだった。


「お前ら全員、明日の鍛錬のときに覚えておけ」

「は、はい……」


 今すぐよりも後に回されたほうが気が重い。

 梓は、力なく返事をした慶太や溜め息を吐いた斎には一瞥も向けることはなく七海と席を交代して、気まずそうにしていた琴音と向き合った。


「うちの男連中の情けないところを見せてしまってすまない」

「い、いえ……」

「そんなに怯えなくてもいい。ただ、あったことを話してくれるだけでいいんだ」

「…………」


 梓の表情が若干、和らいだ。声音も穏やかで、茜と話しているような錯覚を覚えた。

 それでもまだ言うべきか否か迷っている琴音を見て、梓は七海と慶太を琴音の事情聴取から外すことにした。


「お前らは休憩でも行ってこい。終わったら、報告書だけ出して帰っていいから。副長も仕事があるだろう」

「しかし……」

「彼女は私が預かる。人数が多くては彼女も萎縮するだろうし、別件でも人が足りていない」


 今、この部屋には特務の精鋭三人に加えて副長まで集まっている。その力の強さ故に前線に立つことの多い精鋭部隊の隊員が、一人の少女の事情聴取のために何人もいる必要はない。

 最もな意見に慶太はもちろん、七海も言い返す言葉が出てこなかった。


「あっちゃん一人で大丈夫なん? 一応、彼女は十二生肖なんやで?」

「…………」


 継承者である梓に対し、琴音は純血者。その力には大きな差がある。

 注意をしておかなければならない相手なだけに、斎は念を押すように訊ねたのだが、琴音は彼の言葉に申し訳なさそうに視線を落とした。

 それに気づいた梓は、小さく溜め息を吐いてから言う。


「『一応』は失礼だぞ」

「おっと。失言やったわ。ごめんな」

「いえ……」


 斎に悪意はない。また、謝罪も自身の非を素直に認めていると心を読まなくても分かった。

 しかし、失言はあれど琴音を警戒しておく必要はある。「ホンマに一人で大丈夫なん?」と再び訊ねてきた斎に、梓は鬱陶しそうに言ってのけた。


「彼女には手錠も縄も要らない。身元が分かっている以上、逃げて迷惑が掛かるのがどこかよく分かっているだろうから」

「……ああ、なるほどね」


 十二生肖の一人である以上、局との繋がりは必ずある。何かあれば責任を問われるのは局だ。

 琴音は改めてそれを実感すると同時に、解放されたところで局に居場所はあるのかと不安を抱いた。


「あと、この部屋じゃ堅苦しい。いい加減、私も休みたいし、仮眠室にでも行こうか」

「あっちゃーん?」

「大丈夫だ。仕事はきっちりやる」


 目的を忘れるな、と言いたげな斎に梓は軽くそう返すと、席を立って部屋の出入り口に向かった。扉の前で立ち止まると、ドアノブに手をかけて振り返り、まだ座ったままの琴音を促す。


「行くぞ」

「……はい」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る