第5話 新しい被害者


「へぇー。じゃあ、特務が調べてんの?」

「うん。手掛かりがほとんどないから、ちょっと難しいみたいだけど」


 翌日、依月が定休日の上に他にやることもなかった都季は、授業が終わると魁を誘って局で特訓をしていた。月神は分神達の様子を見てくる、と離れている。

 今日は呪術関連ではなく、体術面の特訓だ。東館の一階にある道場の隅で柔軟体操をしつつ、都季は昨日の一連の出来事を話した。内容が内容なだけ、通学途中や校内で話す気になれなかったのだ。

 魁は初耳だと言わんばかりの反応をしているが、これも対応しているのが特務だからだろう。局としては、茜が知っているので問題はない。


「でも、状況からして依人の仕業じゃねぇの?」

「普通はそうだけどさ、それなら傷口に依人の霊力の残滓があるって言ってて、おかしいから調べてみようってなったんだって」

「ふーん……」


 心ここにあらず、といったように魁はあっさりと返した。大抵の話に何かしらの反応を返してくれる彼にしては珍しい。

 不安になった都季は、申し訳ない気持ちになりつつも問う。


「ごめん。あんまり興味ない?」

「え? ああ、いや……特務に任せるくらいなら、俺達で調べてやるのにと思って。相手が一般人だろうと、動けないことはないんだぜ? 手は出せないだけで」

「うーん……確かにそうなんだけど、すぐ対応できたほうがいいからかな? 俺も、単独行動はするなって念押されたし」


 魁は、特務に仕事を取られたようで少し悔しいのだ。

 犯人の正体が分からないので仕方がないとはいえ、被害者は依人。局も動けるが、やはり、一般人の可能性も考えると表に大きく出られない。万が一、加害者が一般人だった場合、下手をすると加害者や周囲の人の記憶を操作する必要がある。

 念には念を入れた捜査が重要だ。


(それにしても、状況だけで考えると依人の可能性が高いんだけど……ああ、そういうことか)


 何故、ここまで慎重になるのか、と都季を見てすぐに理由に気づいた。

 相手がもし、ルーインか、もしくはそれに近い者なら、都季を下手に近づけるわけにはいかないからだ。

 内心で合点したところで、魁は先ほどの自分の発言を後悔することになった。都季の一言によって。


「でも、局が動けなくても、個人ならいいんだよな?」

「えっ」


 都季は、魁が「俺達で調べてやるのに」と言った言葉から閃いた。局という組織を出さず、個人のように言ってしまったのが失敗だった。

 魁がどうやって止めようかと頭をフル回転させる一方、当の本人は、名案だと言わんばかりに意気揚々としている。


「被害に遭ったのが知り合いっていうせいか、なんか落ちつかなくって。単独行動は控えろって言われてる以上、魁達も巻き込んじゃうけど……」

「あー……いや、待て。今、イノ姐から、俺達も首を突っ込むなって連絡来たから」

「今!?」

「そう、今。コレに……ん?」


 どんなタイミングで連絡がきているのだ、と驚く都季に、魁はブレスレットを掲げて見せた。支証は所有している十二生肖や裏支、それに近い道具を持つ一部の局員のみ、通信ができる道具だ。当然ながら、着けていない都季には聞こえない。

 これで諦めるだろうと安心する魁だったが、ふと、出入り口の方を見て固まった。

 突然のことに、都季は何かあるのかと彼の視線を辿れば、先ほどまで道場のあちらこちらで特訓をしていた警邏の面々が集まっていた。


「何かあったのかな?」

「さぁ?」


 廊下で何かあったようだが、出入り口から見て右奥にいる都季達の位置からでは様子は分からない。

 また、隊員達が口々に話しているおかげで詳細も掴みにくかった。聞き取れたのは、「怪我人」、「戦闘」、「退却」などの単語のみだ。


「すごい強い幻妖が出たとか?」

「それにしては騒々しいな。……おい、何が――っ!」

「いたっ」


 二人は集団に歩み寄り、廊下の様子を見るため、魁を先頭にして人の合間を縫って出た。

 だが、初めに出た魁は、目の前に広がった光景に息を飲んだ。

 急に足を止めた魁にぶつかった都季は、小さく痛みの声を上げつつ、何事かと魁からほんの少し横にずれてその向こうを見る。


「魁? 一体、何を……っ!」


 まず、強張った表情の二人の男性の姿が目に写った。次に、二人の間にある担架と、それに横になった一人の男性。三人が身に纏う制服は警邏部のもので、魁達が正装として着ていた制服より意匠はやや簡素だ。

 男性は、意識があるのかないのか分からないほど、ぐったりとしていた。顔にはいくつもの切り傷があり、応急処置を受けたのかガーゼが貼られている箇所もあった。また、顔だけでなく、体全体に深いものから浅いものまで傷が目立つ。紺を基調とした制服は、出血によって一部が黒く変色している。通ってきた後には血の点が続き、出血の多さを物語っていた。

 生々しい光景に、都季は思わず口を手で覆って視線を逸らす。

 魁は見慣れているのか、怯む様子もなく三人に歩み寄った。


「おい、どうしたんだ?」

「戌井さん……。詳しくは中でお話しします」


 担架の後ろ――頭側を持っていた男性は、魁の問いに一瞬だけ顔を曇らせると、すぐに医務室へと促した。

 怪我人の男性はあくまでも応急処置をしているだけだ。一刻も早い手当てが必要な今、魁は素直に頷いて扉を開けてやった。


「都季は大丈夫か?」

「……うん。一緒に聞く」


 三人が医務室に入る中、未だ視線を逸らしていた都季に魁が心配したように訊ねた。

 怪我の度合いは違うが、都季は千穂の件と無関係に思えなかった。もし、関係があるならば、被疑者はほぼ幻妖か依人で間違いない。

 何か手掛かりを得られそうだ、と、一度深呼吸をして心を落ちつかせてから頷き、魁が扉を開けたままにしていた医務室に入った。

 中では、三人の男女が運ばれてきた警邏隊員の手当てに取りかかっていた。


「怪我人をこっちに!」

「出血が酷いな。一体、なんに当たったんだ?」

「縫合の準備もしておきます」


 顔を強張らせた三十代半ばの女性が担架を持つ二人に指示を出し、その横について容態を診る男性は難しい顔をしている。二十代半ばほどの女性は、パタパタと室内を走っていた。

 医務室とはいえ、設備は十分すぎるほど揃っている。病院にあるような手術室までではないが、ある程度の縫合や体内に入り込んだ異物の摘出手術ならばできそうだ。

 入口から見て左側――怪我人が運ばれた先は、上半分が透明な板になっている壁で区切られた小部屋だった。中にはベッドが二つと、それらを隠すためのカーテンがある。天井から下がった大きめのライトや金属のカートなどがあり、薬品が入っている瓶や缶、ファイルなどが詰まった棚が壁際に並ぶ。

 右側にはベッドが六つ並び、それぞれのベッドを隠すこともできるよう、カーテンとカーテンレールが備わっている。ここだけを見れば、まるで病室のようだ。

 魁は治療の様子を一瞥してから、怪我人を運んできた二人の警邏隊員へと視線を移した。


「何があったんだ? お前らには怪我はなさそうだから良いが、あそこまでの傷を負うなんて、応援を呼ぶ暇もなかったか?」

「申し訳ありません。私達は、発生した小規模の歪みから迷い込んだ幻妖を追っていたのですが、追い詰めるために三手に別れたのです」


 心配をしつつも、最後は詰問に近い言い方になっていた。

 事実のため、反論をせずに謝罪した警邏隊員は頭側を持っていた四十代手前くらいの男性だ。

 もう一人の警邏隊員は、謝罪をした男性と同じく申し訳なさそうだが、その顔色には僅かな怯えも感じられた。


「幻妖は無事、捕らえましたが、彼だけが私達と合流できず、私とこの者ですぐに捜索に移りました。ですが、発見したときには、既に襲われた後でした」

「なるほど。だから、応援を呼ぶ暇もなくやられたってわけか……」

「申し訳ありません」

「いや、俺こそ悪かった。キツく言って」


 男性は癪に障る様子も躊躇いもなく、自身より一回り以上も歳の離れた魁へ頭を下げる。

 普段とは違った雰囲気の魁に、都季は圧倒されて口を開けなかった。同時に、以前、局へ自身の登録をした際、悠に対して畏まっていた局員を思い出した。


(十二生肖、か……)


 局のトップは月神だが、実際に指示を出したり動いたりするのは、断然、十二生肖が多い。また、月神の配下たる十二生肖は、他の依人を凌駕する力を持つ。

 目の前の光景は、局が年功序列ではなく、実力主義であることを表していた。


「ちなみに、犯人の特定はできたのか?」

「いえ、まだです。状況からして、依人、もしくは幻妖であることは間違いないのですが……」

「ん。分かった。じゃあ、お前達はもう一度、現場を捜索してくれ。もちろん、人数は増やしてな」

「了解しました」


 小さく頷いてから、男性はそばで口を閉ざしたままの青年を連れて医務室を出た。

 治療中の隊員をアクリル板越しに見て、魁は左手首を胸の高さに持ち上げて言う。ブレスレットについた茶色の玉と水晶玉が、蛍光灯の光を反射して輝いた。


「あとは、悠と琴音に視てもらうか」

「二人とも近くにいるの?」

「ああ。局の本館にいるはず。――二人とも、こっちに来られるか?」


 魁は支証に向かって問いかけ、やや間を置いてから「頼む」と言って腕を下ろした。

 その様子から、二人がこちらに来ると分かった都季は、小さく息を吐いて治療中の小部屋へと視線を移す。


「藤沢さんの件と同じ犯人かな?」

「さあな。視てみないと分からない」


 千穂の犯人に関しては、依人か幻妖か、はたまた一般人なのか見当がついていない。

 しかし、連日依人が襲われたとなると、同一犯にも思える。

 最も、今回の被害者は戦闘の多い警邏隊員だ。偶然、事件とは別の依人か幻妖に襲われた可能性も十分ある。

 都季は別件であることも頭の片隅に留めつつ、片手を顎に当てて仮定の上で話を進めた。


「でも、もし、同じだとしたら、狙いは何なんだろう?」

「藤沢さんって人と隊員とで共通してることって言えば、二人とも依人ってことくらいだしな。藤沢さんの等級は多分、三級くらいか?」

「あの人は?」


 依人の等級は、都季にはまだ分からない。月神がいれば、「それが分かるように成長しろ」と説教を食らうところだが、幸いにも彼は不在だ。

 魁は隊員を一瞥すると、仕切りの壁際に置かれたソファーに座って答えた。


「うちの隊員はほとんどが二級。あの人もな」

「じゃあ、等級での妬みとかそういうのはないか……」

「元々、等級は変動しにくいから、依人の……特に継承組の間では、五級じゃなけりゃ大して気にしないもんだしな。どっちかっていうと、組のが大きいだろ」

「…………」


 魁の発言に他意はないが、ラグナロクのボスであるルーインの顔が浮かんだ。

 どんなに強い決意を抱いて力を受け継いだとしても、破綻する者はいる。不平等だと怒るのも当然だ。都季のように、不本意で力を得た者が破綻せずに暮らしているのだから。


「……なんか、申し訳なくなってきた」

「なんで?」

「ラグナロクの人達って、ほとんどが何かを変えようと力を得たんだろ? そこには確かな『目的』とか『意志』があったはずなのに、俺はたまたまつっきーを受け入れて、それでも平気で過ごしてるからさ……」


 継承は都季の意思ではない。

 いくら霊力への耐性があったからとはいえ、喉から手が出るほど自分が欲していた力を、あっさりと得た都季をどう思っただろうか。一時は要らないと思っていることを聞いたとき、破綻者達はどう感じただろうか。

 そう考えると、罪悪感に似た感情が胸を覆うのだ。

 だが、魁は仕方がない、と納得した風に言う。


「都季の場合はかなり特殊。レアケースってやつ。何せ、『巫女の子供』だからな。まだ受け入れやすかったんだろ」

「うっ」

「それに、お前はまだ――……いや、やっぱりいいや」

「え。なに? 気になるんだけど」


 言葉をあやふやにして終わらせた魁を見るも、彼は都季から視線を逸らして治療の様子を窺った。

 言いたくないことを無理やり聞くのは気が引けるが、今回は都季自身に関わることだ。

 都季が追求しようと言葉を発したのと、医務室の扉が開いたのはほぼ同時だった。




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