第5話 幻妖と依人


 この世界には、人間でも動物でもないものが住んでいる。

 こことは異なる世界『幻妖界』に棲む、空想上の物と思われていた妖怪や幻獣をまとめた『幻妖げんよう』と呼ばれるものの一部。そして、姿は人間であれどその血を引いたり、特異な力を持つ『依人よりびと』という者だ。

 依人は力の得方によって組分けされており、祖先に幻妖がいる『血統組けっとうぐみ』。依人や幻妖などの生まれ変わりの『転生組てんせいぐみ』。幻妖の持つ能力や特性などを誰かから得た『継承組けいしょうぐみ』。血統組以外の依人の子を『混血組こんけつぐみ』。そして、『破綻組はたんぐみ』と呼ばれる、依人になろうとしてなれなかった者達だ。

 この『組』という呼び方はまとめて呼ぶ際に使い、個人は『組』を『者』に変えて呼ぶ。

 また、血統組以外の各組はさらに力別に一級から五級まで等級分けされており、数が小さいほど力は強く、破綻組はそれに加えて危険度が増す。

 ちなみに、依人のように幻妖の力や特性を持っていないにも関わらず高い霊力を持っていたり、幻妖を視認できる者は『特異体質者とくいたいしつしゃ』と言われる。幻妖世界を知る大抵の者は『特体者とくたいしゃ』と略して呼ぶ。


「――僕らはその依人の血統組です。神に近い、力ある幻妖のみが人と子を作れるのですが、今では数が少ないですね。この神使は僕らが使役する幻妖みたいなものです」

「狐さんは妖狐の幻妖。羽が生えたあの人は継承者で、まだ初期の五級……」

「どうりで、普通とは違うわけだ」


 昨夜の二人もおかしいと思ったが、理由を聞いて納得した。

 都季が意識を取り戻してから、場所は部屋を出てすぐのリビングダイニングに移っている。

 テレビの前にはガラスの天板のローテーブルと、それを囲うように置かれたソファがある。魁の部屋を出て左手側にカウンターキッチンと食卓があったが、調理器具は片付けているのか見当たらなかった。

 都季の向かいにベランダを背にした悠と琴音、都季の左に魁が座り、悠を中心にいろいろと説明をしてくれた。

 まるで現実味のない内容は、漫画かゲームの設定を話されている気分だ。それでも、目にしたものは信じるしかない。


「都季の中に入った月神は、俺らが守る大事なモンなんだ。見た目は水晶だけど、中にいるのは幻妖の長でな。水晶に異変が起こると、幻妖界とこっちのバランスが保てなくなって、今みたいな異常気象が起きる」

「温暖化とかそんなのじゃないんだ?」

「それもあるだろうけど、幻妖界が関わっていることもあるんだよ。特に、不可解な事件のほうはな」

「これについては見たほうが分かりやすいので、今は横に置いておきましょう」


 一から十まで話せばかなり長くなる。

 そう思った悠は話を一旦終わらせた後、また人と依人のものへと変えた。


「その昔、人と依人は共存していました。でも、『ある事件』をきっかけにそれが崩れまして……以来、依人や幻妖は自分達の存在を人間から消して、人間達に紛れて密かに暮らしているんです」

「事件ねぇ……」

「それに、都季先輩みたく受け入れがたい人もいますから」


 腕を組みながら呟いた都季に、悠は笑顔で言い放った。

 疑ったことを根に持っているのかと思いきや、「ま、それが普通といえば普通ですよね」とあっさりとした答え。

 知り合って間もないからということもあるが、都季は彼の性格を今一つ掴みきれない。


「依人や幻妖の中には、過去の事件から人間を毛嫌いする奴とか、害を及ぼす奴もいるのが現状だ。それを取り締まったり、依人や幻妖を把握しておくために『特殊管理局とくしゅかんりきょく』……俺らが『局』って呼んでる組織がある」

「そのトップが僕らなんです。ここにいる三人以外にもあと九人いて、ちゃんと成人した人もいますよ」


 複数人が一つの組織をまとめるというのは例があるだろうが、未成年がいるのは珍しい。

 それが都季の顔に出ていることに気づいた悠がきっちりとフォローを入れた。

 都季に入ってしまったという『月神』はその局で保管されている物で、十二人が年交代で守っている。

 ここ最近の異常気象は、今年の担当が三月に大怪我を負い、月神がバランスを保つために力を流す“パイプ”がうまくできなていからだった。


「あと、この二つの世界を隔てる壁は互いの世界の空気が違うから、『歪み』っていう穴が生じやすくて……。放っておくと、気候や人に害が出たりするから……だから、私達はその補修とかもしてるの」

「補修専門の部署もありますけど、最近は忙しいんですよー」

「そんなにやることがあるって……魁達はどんな依人なんだ?」

「神使を見てピンときません?」

「このネズミ?」


 きょとんとする都季を見てか、御黒が悠の肩からガラスの天板に移り、後ろ足で立ち上がった。

 喋らなければただのネズミだが、彼らが悠達の先祖のヒントだ。


『ボクらは月神様の遣いだった「神獣」の子孫である悠達の、神獣と同じ姿だよ』

「神獣と同じ姿……」

「都季先輩。もう少しだけ、昔話をしましょう」


 にっこりと笑みを浮かべた悠は、唖然としたままの都季に分かりやすいように話しはじめた。


 今から遥か昔、まだ人と幻妖が互いの存在を認知して共存していた頃。

 持ちつ持たれつの良好な関係の裏では、人に害を為す幻妖や幻妖を悪用する人もおり、幻妖の長である月神はどうにかできないかと人間の中でも霊力の高い巫女に相談した。

 すると、巫女は月神の代わりに自分が人間界で幻妖との共存の為に動くと言った。

 自らが動くことができない月神は、彼女の元に幻妖界より選び抜いた十二の神獣を月替わりで遣わせ、神獣は彼女と共に戦った。

 以降、彼女に協力する者が増え、人間と幻妖の両者を取り締まる現在の『特殊管理局』が設立された。

 しかし、巫女も霊力は強くても人間には違いなく、歳を取れば新しい者へ代わる必要がある。初めこそは代替わりも問題なく行われたが、巫女となる者の力は年々衰えていき、およそ一世紀前には途絶えてしまった。


「ただの人には、神獣達の言葉は特体者の巫女を通してしか聞こえなかったんです。もちろん、月神の言葉も」

「だから、始祖である神獣は巫女の力が衰えだした頃から、一般人とも会話が可能な人間の姿を取り、全員がこちらに来て巫女と共に局を守ってきた。今じゃ巫女の存在も薄れてるくらいだけど」

「最初から人間の姿ではやれなかったのか?」

「それが、ちょっと厄介な決まりがありまして……。元々人型だったものや人に化けるものなら話は別でしょうが、その神獣達は人間の姿になれば二度と元の姿には戻れないんです。だから、僕達も神獣の子孫とはいえ、人の血も混ざってるので尚更、神獣の姿にはなれない」

「人間になった神獣は、幻妖界にも還れない」

「そんな……」


 なぜ、そこまでしてこの世界を守りたかったのか。人間の住む世界だからと切り捨てて、人間界にいる幻妖達は幻妖界に還ってもいいはずだ。

 だが、その疑問はすぐに解決した。


「そりゃあ、割り切って全員で引き上げりゃあ楽な話だぜ? 月神も、こっちにいなきゃバランスを保てないわけでもない。現に、月神の『本体』は幻妖界にある。でもな、この世界を放っておくと、幻妖界もヤバいんだよ」

「人間の発展は非常に早い。大きくなりすぎると、バランスを保つ前に幻妖界が圧迫されて消滅しかねないんですよ」

「しかも、琴音がさっきもちらっと言ったけど、壁に歪みが生じると幻妖界の空気が人間界に流れ込んだり、幻妖がこっちに来てしまうんだ」

「だから、神獣はこっちにいる必要があったんです。あとは、幻妖との混血である依人がいたので、その管理もありますしね」


 故郷を守るために、故郷へ戻る条件を自ら断ち切る。

 当時の神獣達にとっては辛い選択だったはずだ。


「故郷に帰れないなんて、辛いよな……」

「でも、始祖の神獣は人間界で暮らす内に人との間に子を作って、代々その役目を受け継がせてきたわけですし、生まれも育ちも人間界の僕らからしてみれば、幻妖界が故郷っていう感覚はないんですけどね」


 とはいえ、人間の姿だけでは不便も生じるため、始祖は自らの命と月神の力を貸りて本来と同じ姿の『神使』と武器となる『神器』を創り出した。普段はブレスレットについた二つの玉だが、主の意思に応じてその二つへ姿を変える。

 都季は改めて、御黒と茶胡を見た。


「本来の神獣と同じ姿か……。じゃあ、悠はネズミ?」

「はい。ちなみに、魁先輩が『イヌ』、琴音先輩は『ウサギ』ですよ」

「ネズミ、イヌ、ウサギがいて、十二人……あ! 干支か!」

「せいかーい。僕らは『十二生肖じゅうにせいしょう』と呼ばれる、十二の神獣の子孫です」

「じゅうにせいしょう?」


 正体が分かったものの、聞き慣れない言葉に目を瞬かせた。

 悠はそんな都季に笑顔を浮かべたまま、十二生肖の説明をする。


「『十二支』と言うほうが分かりやすいですね。本来、十二支は時間などを指す記号なんですよ。それに僕らと同じ動物を当てはめたものを『十二生肖』と言います」

「俺ら十二生肖に、十二支の記号を当てたとも聞いたけどな」


 どちらが先にあったかは説によって前後するようだが、一般的に知られている十二支の話とはまったく違う。一般的に、「お釈迦様の元に新年の挨拶に来た順番に割り当てられた動物」という認識が強い。

 一通りの説明を終えたのか、悠はテレビの上……壁に掛けられた時計を見やった。


「他の疑問は体験していったほうが早いですし、現実味も増すと思います」

「……そうかも」


 出来事すべてを受け入れることができるかは別として、今は何が分からないのかも分からない。中にあるという月神に関しても、都季だけではどうもできないのだ。ならば、彼らに任せていたほうがいい。


「とりあえず、都季先輩のことは『イノ姐』に報告したほうがいいですよね」

「げっ」

「言うの?」

「え、怖い人なの?」


 顔色を変えた魁と琴音に、都季も不安が隠せない。

 悠も困ったような笑みを浮かべ、「いろんな意味で恐ろしいですね」というフォローなし。余計に不安だ。


「なぁ、月神に関しては黙っとかねぇか?」


 魁の表情は「イノ姐」に対する恐怖で引き攣っている。

 琴音も首を縦に何度も振っているくらいだ。よほどの人なのだろう。


「でも、どうやって取り出すんですか? さすがに、僕も前例がないことはどうにもできませんよ」

「『辰兄』がいればなんとかなるだろ」

「僕に辰兄のっていうんですか?」

「お前の『能力』があれば無理もねぇって」

「いや、バレますって。嫌ですよ、怒られるの。ああ見えて、辰兄もすっごい怖いんですからね。継承前の辰兄、知ってますよね?」

「はい。ストップ、ストーップ」


 さっそく理解できない話になってきたため、都季はすかさず止めに入った。

 先ほどもそうだったが、この人達は他人を置いてけぼりにしたいのかと疑ってしまう。

 都季は何か言われる前に素早く訊ねる。


「能力って?」

「さっきも組の話でちょっと言ってたやつで、依人には特殊な能力が備わってるんだ。悠は他人の記憶を読み取ったり消したり、書き換えたりできるんだよ」

「ネズミが物を齧るような感じなので、部分的ですけどねー」


 それでも、複数の情報を他人に知られずに集められる。ただ、得られる情報は少なく、同じ十二生肖や敏感な人には気づかれることもあるのが難点だ。

 ふと、都季はあることに気づいた。


「……まさか」

「すみません」


 笑顔で言われても、まったく誠意を感じられない。

 彼が都季のことを知っていたのは、都季が寝ているときに記憶を齧ったからだった。悠曰く、記憶を齧る際はその人の過去に触れるため、記憶を読まれている本人はその過去を思い出すことがあるようだ。

 だからあの夢か、と合点がいった。


「お前な……」

「大丈夫ですって。都季先輩の過去を知ったからって、僕が同情するとでも?」


 これも笑顔で言うことではない。

 しかし、別に隠すようなことでもないため、都季は大きな溜め息を吐くと「もうするなよ」と釘を刺しておいた。返事はなかった。


「で、どうするよ? 素直に言って半殺しにされるか、ある程度自分達で対処して、無理なら報告してボッコボコにされるか」

「どっちも暴力つきまとうんだ!?」

「私、後者がいい。イノ姐、いつも『自分でやれる範囲は自分でやれ』って」

(ん? 待てよ。イノ……?)


 聞き覚えのある名前だと気づいたが、誰だったか思い出せず記憶を探る。近所の人から同級生、仲の良くなったバイト先の常連客まで。

 三人に置いていかれているが、今は気にならない。


「それなら、『イノ姐が普段言っているように、自分でやれそうな範囲だと思ったから対処に当たってて報告が遅れました』で済むかな」

「いや、ぜってぇブチ切れるぞ。『揚げ足とんな!』って」

「一応、僕がトップなんだけどなぁ」

「え!?」


 悠のぼやきで思考が止まってしまった。

 年下であるこの少年は、今、「自分がトップ」だと言わなかったか。

 唖然とする都季に、当の本人は不思議そうに小首を傾げた。


「なんですか?」

「いや……うん。そうだよな。『』だしな」


 十二支の最初は『子』だ。十二生肖の中でもトップを決めるなら、そうなってくるのだろう。

 自身にそう言い聞かせていると、悠が初めて拗ねたような顔をした。こういう表情は年相応だ。


「今はイノ姐……亥の人が最年長だから、代わりにやってもらうことが多いんですよ。決定権は僕にもありますけど」

「悠もだけど、今までの子の人達も知能は高いんだ。記憶も受け継ぐしな」

「そっか……」


 中学生と思えない言動はそのせいか。と、非現実を簡単に受け入れた自身の順応力に内心で驚いてしまった。

 さて、と気を取り直した悠は、上着のポケットから携帯電話を取り出しながら立ち上がった。


「先に、辰兄に店まで来てもらうように言っておきます」

「え。ちょ、待て」

「自分達で対処してから報告するんですよね? 大丈夫です」

『報告はしとくだけしといたほうがいいんじゃない?』

『ないー?』


 アドレス帳から番号を出し、通話ボタンを押した悠に二匹が言う。ふたりの言うことも最もだ。

 しかし、悠がそれに同意することはなかった。


「僕にも考えがあってね。あ、辰兄? 悠です。ちょっとお願いが――」


 他にも話があるのか、悠は先ほどまでいた魁の部屋に入って行く。

 その間、魁が都季の体調を心配したが、都季も不思議に思うほど違和感はまったくない。だからこそ、本当に体内にあるのかが分からないのだ。


 数分後、電話を終えた悠と共に、四人と二匹は十二生肖のうち三人がいるという店へと向かう。

 その道程は都季にとってよく知るものだった。

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