#14:悪役は影の下で笑う

 第九惑星アクアドルは、中心区の名を取り、水の都アグアスとも呼ばれている。

 主要駅を下りたところには、巨大な噴水が一年中美しい水を吹き上げていて、街並みはどれも水路に沿って作られている。この水路の流れにより作り出された電力は、コートリア惑星群の三分の一の電力を供給しており、水を利用した娯楽施設「クララスパーク」は休日ともなれば多くの人で賑わっていた。

 なお、旧星時代の言葉で「アグアス・クララス」とは美しい水のことを示すが、それを知る者は少ない。

 クララスパークは簡単に言えば巨大なプールである。流れるプールにウォータースライダー。潜水体験にジェットスキー。水に関わる遊びは全て揃っていると言っても過言ではない。

 それだけでなく、水着のまま入れるレストランや休憩エリアも揃っていて、子供から大人までが一日中遊んでいられると定評がある。しかし皆が笑みを振りまく場所で、一人憂鬱な顔をしている男も存在する。


「何しけた面してるのですか」


 緑色の炭酸飲料を飲みながら話しかけてきた後輩に、男は「当たり前だろ」と返した。その手には黄色の炭酸飲料が握られている。焦げ茶の髪と鋭い眉、それとは逆に柔らかな色をした瞳が特徴的だが、今はその眉も瞳も陰鬱で彩られている。


「見ろ、この憂鬱な光景を」

「僕には楽しそうな光景に見えますです」

「幸せな奴だね、お前は」


 イルド・サリドスは自分より三歳年下の後輩を振り返って溜息をつく。

 十九歳のフィル・クレイドルは幼さの残る青い目を瞬かせた。肩より長く伸ばした赤茶の髪を縛っていて、それが女性的な顔を更に助長している。


「誰かの目に止まるかもしれないじゃないですか。ほら、シーラス・ミスティだって此処で映画監督にスカウトされたって」

「シーラスぐらい顔が良ければ、何処にいたってスカウトされるさ。例えリディーグの廃棄場にいてもな」


 イルドは視線を上にあげる。広場の中央に設置された宣伝塔は、四方に立体映像を表示している。丁度、銀髪の彫りの深い美男子が、髭剃りを片手に宣伝文句を並べている映像が流れていた。

 四十近くになって未だ衰える気配のない美貌は、若い女から老婆にまで人気がある。コートリア惑星群で、今一番人気の俳優であるシーラスは、同じ道を目指す若者にとって希望でもあり壁でもあった。


「あれ今回のスポンサーですね」


 フィルは髭剃りを持ったシーラスではなく、メーカーを見て呟いた。


「企業ってのはよくわかりませんです。髭剃りを売り出している会社が、なんで「空飛ぶボード」なんて開発するんでしょうか」

「元はICHIの考案だってよ。でもあの施設は考案はしても改良するのは苦手だから、外部にその委託をするらしい。ボードの下の制御基盤が、あのメーカーで手掛けるものと似てたからお鉢が回ってきたんだと」

「流石先輩、物識りです」

「さっき、そこでスポンサーが立ち話しているのを聞いたんだ」


 悪びれずもせずに言えば、フィルは眉間に皺をよせた。


「盗み聞きはよくないですよ」

「馬鹿、処世術と言え。よほど顔がよかったり演技力が高くなきゃ、世間知らずはどこも雇ってくれないんだぞ」


 売れない役者であるイルドは、そう言って溜息をつく。芸能プロダクションに所属しているものの、ここ一年で来る仕事と言えばドラマのエキストラや、こういったテーマパークでのショーばかり。これまでドラマで放った一番長い台詞は、「さぁ、知らないね」である。せめて名前のある役が欲しいと思っているが、当分その夢は叶いそうになく、そして叶う前に夢が消え去りそうだった。

 数多くの役者希望、売れない役者がそうであるように、誰にも知られぬまま消えていく運命をイルドも感じていた。


「そろそろ準備の時間なのです」

「わかってるよ」


 シーラスのように、映画監督の目に止まるなんてことは夢物語だと思っている。だがそれと同時に、「もしかしたら」と期待する自分も存在していた。夢を無心に追い求められるほど子供でもなく、諦めきれるほど大人でもない。

 イルドはもう一度溜息をついて、広告パネルに目を向けた。そこには二人が出るショーの宣伝が映っていた。子供向けのヒーローショー。覆面のリーダーが無駄に大きくてメタリックな銃を構えている。覆面の下に誰がいるかなんて、子供はきっと気にしない。

 しかもイルド達の役は、その覆面ヒーローですらなかった。







 ステージの周りには子供たちが、目を輝かせて座っている。彼らの視線の先では、水着を着た若い女が高い声であいさつをしていた。


「皆さん、こんにちはー!」


 お調子者な子供達が挨拶を返すと、女は「声が小さいよー」ともう一度挨拶を促した。


「今日は此処、クララスパークにやってきました!というのも、此処にあの「シャインガー」がいると聞いたからです!あ、シャインガーの光線銃を持っているお友達がいますね。皆、シャインガーは好きですかー?」


 湧き上がる歓声。休日に放映しているその番組は、シャインガーという宇宙から来た光の使者が、光線銃を使って悪の組織と戦うという、ありきたりなストーリーだった。

 イルドは、ショーの仕事が来た時に一度だけ見たことがあるが、ヒーロー一人に対して敵が常に数十人は出てきて、それを光線銃で片っ端から倒していく爽快さが売りのようだった。舞台袖でそんなことを思い出していると、後ろから肩を叩かれる。振り返ると、銀色の覆面をした偉丈夫な男がいた。


「今日はよろしく頼むよ」

「はい」


 シャインガー役として別の事務所から来た男は、イルドよりは売れている役者であり、そして運動神経の良さからスタントマンとしての起用もある人物だった。そういった役者は使い勝手が良いので、仕事が多く入ってくる。例え、テーマパークのヒーローショーであっても主役を任されると言うのはそれなりの信頼と実績があることを表していた。

 イルドに背を向けて、シャインガーである男はステージへと出ていく。彼の身振り手振りに合わせて、あらかじめ録音されていた、本物のシャインガーの声が再生され、子供達の拍手を誘う。

 借り物の、しかし子供達にとっては間違いなく本物のヒーローを眺め、「悪役A」であるイルドは苦々しく口を歪めた。









 午前の公演が終わると、控室に戻った役者たちは思い思いに休憩を取る。イルドは悪役として着ていた黒いスーツを脱ぐと、脛に浮かんだ赤い痣を見て舌打ちした。


「先輩、さっき大丈夫でしたか?」

「少し痣になった。練習の時は上手く行ったんだけどな」


 今回のショーはフライングボードの宣伝も兼ねているため、出演者はほぼ全員がそれを使用するシナリオになっていた。

 悪役Aのイルドと悪役Bのフィルは、登場時と戦闘時に互いに蛇行をして駆動性をアピールする。大人か、あるいは心の冷めきった子供なら、その行動が戦闘に何の関係もないことはわかるだろうが、多くの子供達は目を輝かせていた。

 登場時はまだよかったが、肝心の戦闘時にイルドのフライングボードは急に制御を崩して、大きく傾いた。幸いにしてすぐに立て直したからよかったが、お陰で膝や腕に擦り傷が出来た。


「アクタースーツが破れなくてよかったよ」

「それより落ちなかったことを幸運としなきゃです。子供達の上に落ちてたら大惨事ですよ」

「それは平気だ。此処には「シャドー」が使われてるからな」

「シャドー?」


 首を傾げる後輩に、イルドは怪我の手当てをしながら説明をする。


「昼間に外にいると、影が出来るだろう?あれは光を物質が遮ることによって出来るものだけど、それとは別に「反射」ってのがあるんだ」

「鏡とかに光が当たる時の反射ですか?」

「そうそう。それによって俺達の目では捉えられない、もう一つの影が宙に出来る。シャドーってのはそれを使った技術だ」

「よくわかりませんです」

「簡単に言うと、地面に光がぶつかって、反射した時に宙に影が出来る。それを図に表すと、外殻と地面の間に薄い膜が張ったような状態になるわけだ」

「それが此処に使われてるんですか?」

「他の大きな施設とかでも使われてるはずだ。使い道は色々あるけど、大抵は落下防止のネットが多い」

「へぇー」


 控室の窓から外を見るフィルに、イルドは可笑しそうに笑った。


「見えねぇよ。よっぽど特殊な目をしてる人間でもいないと無理」

「それがあると、落ちても平気ってことですか?」

「流石に隕石とかデカイもんは無理だけど、人間一人ぐらいは余裕だよ」

「けどそれがあったら、そもそもフライングボードで飛べないんじゃないですか?」

「シャドーには色々あるけど、ここで使われてるのは多分「上空部からの落下物」に対して有効だ。だから下からフライングボードで勢いよく出たりするのは問題ないし、シナリオにも上から急降下するようなアクションは禁止されてただろ?」

「あー、そういうわけですか。でも先輩すごいです。よくそんなの知ってますね」

「シャドーは俺の曽祖父が作ったらしいんだ。だから小さい頃からよく家族に聞かされてて覚えちまったんだよ」


 フィルの目が純粋な尊敬の色に染まる。それを見てイルドは少し後悔するが、既に時遅く後輩の興味津々の視線と声が一気に浴びせられる。


「先輩のひいお祖父さんって凄い人なんですね」

「ただの研究者だよ。更にその祖母だか曾祖母だかが有名な科学者で、研究所作って色々やってたんだと。今はその特許だけ持って、研究所じゃなくて会社やってるけどな」

「えー、じゃあ先輩って結構お坊ちゃんなんですか?」

「俺じゃねぇよ。伯父さんだよ、会社やってんのは。うちの親父はただの会社員。大体、その科学者だって、俺からしたらほぼ他人だし。曾々々々々祖母とかになるのか?ご先祖様だ」


 指を折って数えてみたが、イルドはいまいち自信がなかった。フィルは依然、興味深そうな目でその仕草を追う。


「そこまで行くと、旧星時代になっちゃいそうです」

「あぁ、そのご先祖様はそっちで有名だったらしい」

「そっち?」

「最後の旧星人なんだとよ。真偽はどうだか知らないけど。宇宙船が旧星を飛び立つ数日前に生まれたって話だ」

「わぁ。なんか凄いです。ロマンがあります」

「そうかぁ?」


 単に生まれたタイミングの問題だろうと思っているイルドは、眉を寄せて首を傾げる。

 最初がいれば最後がいる。旧星で最後に生まれたのが自分のご先祖様だとして、コートリア惑星群に来るまでの宇宙船の中で生まれた者もいるようだし、勿論移住後に初めて生まれた者もいる。

 いずれの場合も、当時は役所で出生届けを管理する余裕などなかったので、詳しいことはわからない。だが宇宙船の乗員名簿や、その他の記録は残っている。何処かの物好きがそれを調べて、「最後の旧星人はこの人です」と言ったにすぎない。

 だがフィルの輝いた目を見ていると、それ以上何も言えなかった。


「そんな技術があるってことも初めて知りましたし、それが先輩のお祖父さんが作ったというのも初めて知りました」

「曽祖父な、曽祖父」

「面白いですねぇ、だって目に見え……」


 再度、窓を見たフィルが口を丸くして固まる。イルドがその視線を追うと、窓の外に鳥の巣のようなものが見えた。よく見ればそれは子供の髪の毛で、窓の高さと背がほぼ同じなために頭の先だけ見えたのが巣のようにイルドの目に映っただけだった。


「ショーを見に来た子供か?」

「びっくりしたぁ……」


 イルドは椅子から立ち上がると窓を開けた。そこには癖のあるくすんだ金髪に、茶色い目をした子供が立っていた。紺色の水泳用パンツを履いて、手にはビーチボールを持っている。


「どうした?此処には何もないぞ」

「シャインガーは?」

「シャインガーは他のところで世界を救ってるんだ。もう此処にはいないよ」


 ヒーローショーの後に子供がヒーローに会いたがってやってくることは珍しくない。そういう時の対応も仕事のうちに入っている。

 子供の夢を壊すことは許されない。それは例え、悪役の演者でも同じことだった。

 シャインガーの演者は食事をすると出て行ったので、そのあたりを歩いているだろうが、子供が会いたいのは格好良いアクタースーツを着たヒーローであり、その中にいる人間ではない。


「お兄さん達はシャインガーの友達?」

「友達ではないけど、よく知ってる」

「ボクね」


 子供が背伸びするので、イルドはそれに合わせて背を屈めた。何やら周りを気にしながら、子供は少し舌足らずな口調で囁く。


「シャインガーをやっつけてほしいんだ」

「んん?」


 聞き間違いかと思って、イルドは眉間に皺を寄せる。フィルも似たような表情をして、子供に話しかけた。


「どうして?シャインガーは正義の味方ですよ?君はシャインガーが嫌いなのです?」

「ううん、大好き。ボク、大きくなったらシャインガーみたいになりたいんだ」

「じゃあどうして?」

「シャインガーってね、ムテキなんだよ。どんな強い敵でも倒しちゃうんだ」

「そうですね」

「でもね、ダーキー達はいつも負けてるのに何回もシャインガーを倒そうとするの」


 イルドはフィルの脇腹を突いて、「ダーキーって?」と小声で尋ねた。


「僕達が演じてる悪役の親玉です」

「そういう名前なのか」

「はいです。先輩、それぐらいちゃんと読んでくださいよ」

「覚えにくいんだよ、最近の戦闘ヒーロー物は」

「それでね」


 子供は二人に構わず、少し興奮気味に続ける。手に力が入って、ビーチボールの表面が少しへこんでいた。


「ボク、ダーキー達ってあきらめなくてえらいなぁって思ったの」

「悪い奴らが偉い?」

「だってボクだったら、シャインガーみたいに強いヒーローに倒されたらね、あきらめちゃうよ。それにね、センセーも言ってるの。あきらめないでドリョクすることは大事ですよ、って」

「なるほど」

「でもね、でも、ボクやっぱりシャインガーが好きなの。だから先生に聞いたんだ。強くなるにはどうしたらいいですかって」


 子供の年齢から考えて、その「先生」とやらは幼稚舎の教諭だろうと思われた。その光景を想像すると微笑ましいものがあるが、子供は至って真剣なまなざしだった。


「強くなるには、一度まけないといけないんだって。ザセツを知って強くなるんだって」

「……シャインガーに負けて強くなってほしいってこと?」

「弱いダーキー達が何度もシャインガーと戦うのは、負けてザセツで強くなってるからだと思うんだ。だから強いシャインガーがザセツで強くなったら、きっともっと強くなるんだよ」


 挫折を何かの薬だとでも思っているらしい子供の口ぶりに、フィルが笑いを堪えながら接する。


「そうすれば君はシャインガーをもっと好きになるというわけですね」

「うん!さっきのダーキーボーイもね、コケてカッコ悪かったけど、ちゃんとその後戦ってたもの」


 コケてカッコ悪いダーキーボーイことイルドは、笑っているフィルの背中を子供に気付かれないように蹴り飛ばす。フィルは背中側に左手を回して、犬でも追い払うような仕草をしつつ、子供に優しく話しかけた。


「そっかぁ。実は僕達はダーキーボーイとの方が仲良しなのです」

「お兄ちゃんたち、悪い人なの?」

「違いますよ。えーっと同じ幼稚舎だったんです」


 悪の組織と同じ幼稚舎というのも無茶苦茶な話だが、そこがすべての世界である子供はあっさりと信じてくれた。


「なので、ダーキーボーイ達にシャインガーを挫折させるように応援しておきます」

「本当に?」

「本当です。でもシャインガーは強いから、少し時間がかかるかもしれませんです」

「いいの。シャインガーが勝っているのも好きだから!」


 子供はもはや声を抑えることなどすっかり忘れて、はしゃいだ声を出す。そして、ビーチボールと一緒に握っていた何かをフィルに手渡した。


「これ、お兄ちゃんたちにあげる!」

「いいのですか?」

「うん!その代り、ダーキーによろしくね!」


 子供は手を振ると、元気よく駆け出して行った。その姿はすぐに大勢の来客に紛れて見えなくなる。もう一度探そうとしても困難であることは予想がついた。


「子供というのは面白いです」


 窓を閉めながらフィルが呟いた。その手には、直方体のケースに入ったゼリーが五つ握られていた。


「悪の組織が前向きだから、正義の味方に挫折して欲しいなんて」

「まぁでもよく考えるとそうだな。悪の組織ってなんであんなに諦めねぇんだ?」

「そういう脚本だからって言ったらそれまでですが、きっと悪役にも譲れないものがあると思うです」

「例えば?」

「んー………」


 フィルは自分が脱いだ悪役のアクトスーツを見ながら首を傾げた。


「ダーキーにとってシャインガーとは、僕達にとってのシーラスかもしれないです」

「は?」

「売れない俳優が束になっても敵わない有名俳優。演技したり舞台に立つたびに、「やっぱりシーラスにはなれないなぁ」っていう悔しさがあるでしょう?でも「シーラスのようになってやる」とも思うわけです」

「あぁ、それはわかる。つまりダーキーにとってシャインガーは憧れなのか」

「倒さなきゃいけない憧れです。彼が目の前にいる限りは自分の無力に絶望してしまう。きっと戦うことをやめたダーキーボーイも沢山いるんですよ。皆同じスーツだからわからないけど」

「切ない話だな。シャインガーを倒しても、シャインガーになれるかなんてわからないのに」

「そう。でも倒したら彼らは、皆同じ「ダーキーボーイ」から個人になれるです」


 テーブルの上にゼリーを並べながらフィルは淡々と続けた。ゼリーはいずれも味が違うらしく、紫や青、ピンクなどで着色されている。


「でもダーキーボーイが勝てないのは、皆同じことをするからです。皆が同じように戦ってるから一人倒されると皆倒される。先月見たでしょ、シーラスの舞台。みすぼらしい男の役なのにシーラスは舞台で輝いていて、あれを見た仲間たちが役者を辞めました」

「そうだったな」

「だからダーキーボーイがシャインガーに勝るには戦闘で勝つんじゃダメなんです、きっと」


 丁度そこに、食事に行っていたシャインガー役の俳優が帰ってきた。テーブルに並んだゼリーを見て、不思議そうな顔をする。


「なんだ、これ?」

「このゼリーはダーキーボーイへの応援ですよ」


 ね、と目くばせされてイルドはいたずらっぽく笑みを見せた。テーブルを回り込んで、シャインガー役の肩に手を置く。


「面白いことを思いついたんだ。一つ乗らないか?」

「なんだ?アドリブ入れるのか?」


 舞台でのアドリブ挿入は役者の中では常識だった。特にこのような、どこでも同じような展開になるショーでは、客寄せや話題作りのために一種のスパイスとして主催者側からも歓迎される。


「シャインガーを倒すんだ」

「正気か?」

「勿論最後は勝つし、それほど惨めなことにもさせないさ。今回はフライングボードの宣伝が主軸だろう?」

「あぁ、そうだな」

「まず最初にボードを使うのは俺達だけ。それであんたの光線銃を奪う。あんたは悔しがって、でも子供達の声援を受けて立ち上がるんだ」

「そこでフライングボードの登場か」

「その通り。あんたは格好よくボードを操って俺達を一網打尽に。奪われた光線銃を取り返して派手に一発ぶちかます。あんたが出た舞台見たことあるけど、派手な演技はお手のもんだろ?」


 イルドの提案に、相手は悩む様子を見せる。しかしその口元は少し緩んでいて、乗り気であることは誰の目にも明らかだった。

 フィルが紫色のゼリーを手に取り、丁重に差し出す。


「上手く行けば、僕達のことを誰かが知ってくれるかもしれないです」

「しかしスポンサーから怒られるかもしれない」

「そん時の言い訳もバッチリ考えてあるさ。フライングボードが直前で動かなかったことにすればいい。それを直す間の時間稼ぎに急遽アドリブを入れました、と。完璧だろう?」

「全員口裏を合わせる必要がある」

「アクター三人、司会一人、音響一人、計五人。ゼリーの数もピッタリ同じだ」

「このゼリーはとても貴重です。悪役を応援するための差し入れなんて、今後見られないかもしれないです」


 悪役二人に唆される形で、ヒーローはゼリーを受け取った。そして安っぽい蓋を剥がして、中のゼリーを口に入れる。


「………思ったんだが」

「なんだよ。それ食ったんだから共犯だぞ」

「違う、違う。光線銃を奪い返すところにアクションを入れたい。フライングボードだと上空で行うだろう?折角だから、そっちが取り落したところを上手い事キャッチとかしたいんだが、難しいか?」

「シャドーを使えば出来るかもな」

「なんだそれは?」

「まぁまぁ、それは皆でゼリー食ってからだ」


 イルドは黄色のゼリーを口に入れ、フィルもそれに続いて紫色を手に取った。


「さて、残りの二人も呼んで来ようぜ。子供達を楽しませ、ささやかな願いも聞き入れ、そんでもってスポンサーも満足のショーだ。やらない手はないだろ?」

「先輩、楽しそうです」

「俄然楽しくなってきたね。全てのダーキーボーイのために戦ってやるよ」

「負けたらどうするです?」

「またやり方を変えるだけさ」


 残った二つのゼリーを掴んだイルドは、口角をゆっくりと持ち上げて、そしてそれこそ悪役のように愉快に笑って見せた。


END

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