蛇の月 十五日

 鉱山は一時休業が決まった。無理もない。作業などできる状況ではない。

 生き残った連中も早々に見切りをつけ、鉱山を立ち去って行った。またほかの飯場で同じように仕事をするのだろう。今日は月に一度の休業日だったが、もはや何の意味もない。ここに残っているのは極一部の物好きだけだ。


 「……そうか、バルドも帰るのか。短い間だったが、感謝している。忘れねえよ」


 バルドは元々都市を追い出されたわけではない。真面目に街の鍛冶屋として働き、住民にも評判の腕だったらしいのだが、悪質な詐欺に騙され多額の借金を背負わされ出稼ぎに来ていたのだ。なんともこいつらしい理由だ。バルドは目立たないなりに小当たりを幾つか引き当て、今回の事故の補償金も合わせれば返済の目処が立つらしい。なら、引き留める理由もない。


 握手を交わして、何度かこちらを何か言いたそうに振り向いた後、バルドは山を

下りて行った。


 残っているのはあと一人。黒毛に象頭の半巨人、ボルティスだった。奴は誰もいなくなった食堂で、何をするでもなくただ一人座っていた。


 「よう、旦那。一杯やるかい」


 「……こんな昼間からか」


 「硬いこと言うなよ、今日は休業日じゃねえか。パーッとやろうぜ」


 「俺は酒は飲まん」


 「あらら道理で。じゃあちょっと待ってな、残ったもんで何か作ってやるよ。飲み物も倉庫ひっくり返せば何かあんだろ」

 

 「何の真似だ」


 「あん?暇つぶしだよ。いいじゃねえか、やることもねえんだしよ」


 「お前は何故ここに残っている」


 「……暇つぶしだよ。やることもねえんでな」


 適当に余っていたよく分からねえ肉やらを豆と一緒に炒める。景気付けに酒もぶちまけちまおう。残してもしょうがねえからな。後は米も添えれば完成だ。……なんで炊き上がりのコメなんてあるんだ。誰かが気を利かせてくれたのかね。 


 「おらよ、出来たぜ」


 適当に皿を並べる。俺は酒を、奴にはフレッシュジュースを注いでやる。どういう訳かボルティスはこれが好物らしい。二人で黙々と食事をする。今更何か聞くこともない。そう思っていたのだが、奴の方から口を開いた。


 「……いつもこうだ。俺はなぜこうなるんだ」


 「何がだよ旦那」


 「戦場で、俺は散々に切り暴れた。勇者とかほざく調子に乗ったチビの首などいくつ刎ねたか数えてもない。積んだ功績はそれこそ山だ。俺は全力でやった。結果も出した。しかし戦は敗北に終わり、千人長としてそれなりの褒美はもらったものの、それが手切れだというように俺は軍を叩きだされた。敗戦の責任という体で。

それでこんなところに落ちてきて、ここでも同じようになるってのか。俺が悪いのか。俺は何が間違っていたんだ」


 「別に旦那が悪いわけじゃねえよ。ただ、悪いことをしなければ事が上手く運ぶって保証はない。それだけの事さ」


 「……そうかもしれん。だが俺はこれで終わるわけにはいかん。偉大なるティフォンの名のためにもだ」


 「そう思うなら、さっさと山を下りちまいな。もうここには何もねえよ」


 それきりボルティスは口を利かなくなり、食い終わると食堂を出ていった。

 俺はまたぞろ嫌な予感がしていた。ボルティスのあの眼は、諦めた奴の眼じゃない。あれは何かを決意した眼だ。それは、こんな場所でしていい眼ではない。

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