蠅の月 一日

 今日も一日、何をするでもなくごろごろしていた。

 別にしたくてそうしているわけではない。元締めから連絡が来るのを待っているのだ。一応現場責任者という体だったからな。

 しかし待てど暮らせど何も言ってこない。先方も混乱しているという事か。

 気付けば夜になっていた。ボルティスの奴をまた飲みにでも誘うかと思い食堂に足を運んだが、誰もいない。奴のねぐらにも行ってみたがもぬけの殻だ。もう山を下りちまったのかと思ったが、よく見ると何かを引きずったような跡がある。ピッケルではない。もっと重みのある何かだ。そのまま後を辿っていくと、半壊したまま手つかずの坑道入り口に続いていた。俺は天を仰いだ。ばか野郎が。


 坑道の中はもっと酷えもんだった。これじゃあいつ崩落するか知れたもんじゃねえ。元々掘られていた道もいくつかは塞がっていたが、逆に開いた穴もある。その様はまるで迷路だったが、地面を見れば相変わらず引きずった跡が続いている。やれやれ、めんどくさい野郎だ。置手紙付きの家出かよ。


 そのまま奥に進んでいくと、妙にだだっ広い空間に出た。……なるほど、ここが

爆心地か。空間の中心まで進んでいくと、何かが落ちていた。魔杖の先端に取り付けられた魔石だった。俺は無言で両手を組み合わせ、祈った。オルカスよ、この魂を受け入れ給え。それから石を拾い上げ、ポケットに収める。墓がここってのはあんまりだ。然るべき場所に埋めてやらんとな。


 そうしていると、何か妙に甲高い音がした。これは金属の、それも相当な重さと勢いの衝突音。つまり、戦の音だ。地面の跡もそちらに続いている。つくづく世話の焼ける野郎だ。俺は音のする方に走った。大空洞の端の壁に、よく見るとかろうじて一人通れるほどの穴がある。この先か。


 穴をくぐると、また別の空洞だった。しかしここはさっきまでの坑道ではない。

何らかの手によって整地されている。遺跡だ。その証拠に奥の壁は岩壁ではなく白の煉瓦作りになっている。

 その壁の前で、ボルティスと何かが打ち合っていた。六本腕の魔人、いやゴーレムだ。それも魔術制御でなく、高位魔族の魂が封じ込められたガーディアンだ。そんなものと五分でやりあうなんざ化け物かあいつは。しかしやはり無理があったか、六本のうち一本に握られた剣がボルティスを肩掛けに切り裂いた。


 「ボルティス!」


 「来るな!」


 奴はそういうと、最後の力を振り絞り、手に持っていた戦斧を振り下ろした。

唐竹割の一閃。ガーディアンは真っ二つになった。勝負は、相討ちだった。

 俺はボルティスに駆け寄った。


 「ばか野郎、なんでこんな」


 「……戦士として、死にたかった。功績を残したかったんだ。俺の戦の爪痕を。 生きた証を。だが、俺はここまでのようだ。後を頼む。俺の事を、忘れないでくれ」


 そう言いながらボルティスはガーディアンの背後にある壁を指さす。

 そこには巨大な門があった。


 「……任せろ。記念碑に、お前の名前をでっかく刻んでやるからよ」


 ボルティスはゆっくりと目を閉じた。こいつの微笑んだ顔を見たのは、これが最初で最後だった。

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