蛇の月 十四日
また少し、日記の日付が空いてしまった。
しかし、仕方のないことだった。日記をつける気になど到底なれなかったのだ。
俺の失態だ。俺が下らないことを考えずに、きちんと忠告していれば防げたかもしれない事故だった。事故から三日が経っているが、改めてここに顛末を記す。己への戒めとして。
その日、起き出して自分のピッケルを手に持ちねぐらから出た時、俺は嫌な予感がした。空気が少しピリピリする。いつも鬱陶しく飛び回っているコバエどもがいない。ギャアギャア空を飛び回っているハイエナクロウ達がいつもより小さく見える。普段より高く飛んでいるのだ。些細なことかもしれない。だからどうしたと言われても困る。だからこれは勘だ。そして俺は自分の勘に全幅の信頼を置いていた。俺より先に起きていたバルドも立ち止まり、空を見上げている。
「バルド、今日の仕事はやめにしよう。嫌な感じだ。こういう日は寝るに限る」
バルドも無言で頷いた。他の連中にも一言言っておくべきだろう。
そう思って食堂に足を運ぼうとした時だった。
地面が揺れ、その一瞬後に凄まじい轟音が鳴り響いた。
火山の噴火かと思ったが、このベルリア山脈に現在活動してる火山はない。
木々の合間から、煙が立ち上っているのが見える。あれは焚火や野火で生じる程度のものではない。何かあったのだ。方角は、鉱山東側の端より少し西寄り、今ギャリーが掘り進んでいる最奥部だ。それを見て俺は全てを思い出した。そうだった。ここ数日何もないから油断しきっていたが、アレにぶち当たったのか。状況は絶望的だった。一縷の望みに全てを託し、俺とバルドは現場へと駆け出した。
坑道入口は既に地獄絵図と化していた。
吹き飛ばされた山肌、辺り一面に散らばる工具と設備の数々、焼け焦げて横たわる採掘者たち。全員が死んじまった訳ではないようだが、最早死体と瀕死者の見分けもつかない。ラッドの奴がそんな状況を見て、俺達と同じように立ち尽くしていた。
「おい、ラッド!何が起きた!この有様はどういうことだ!」
「……分かってんだろペイジ。あの時と同じだ。ギャリーだよ。あのお調子者が
張り切って早起きして一人で作業して、
やはりそれか。あろうことか、トロアス渓谷の再現になっちまった。バルドが青を通り越して顔面を白くし、眼球をせわしなく動かしている。都市で鍛冶屋をやっていたというバルドだ。あの魔石がどれだけ恐ろしいかよく知っているのだろう。
先日ギャリーが掘り出したドラゴンズ・エアは竜の眼の化石だが、ドラゴンズ・バウは竜の内臓の化石、それも龍脈腺という
ドラゴンズ・バウは戦略級爆弾の核だ。長い年月を経て土地の魔力をたっぷり含んだ龍脈腺は、ほんの少し魔力熱を加えただけで凄まじい魔導爆発を引き起こす。その熱量、範囲、そして魔力汚染は恐るべきものだ。しかしそれは加工後の話であり、原石ならそこまでの威力はない。しかし、鉱山一つぶっ飛ばすには十分ってわけだ。
今運び出されている連中は、恐らく爆心地より離れたところにいた奴らだろう。アレの直撃を下等魔族が受ければ骨どころか塵も残らない。元は魔神を滅ぼす目的で作られていた代物だからな。
竜の眼の化石が見つかったという事は、それ以外の部位の化石も必ずその近くにある。だから慣れている奴ほどその場から離れる。それにしても、眼の発見からこれほどタイムラグがあるとは、よほど巨大な竜だったらしい。
ドラゴンズ・バウに限った話ではない。こんな地獄の果てで見つかる当りってのは、その時点で厄ダネなのだ。俺達は、それを身をもって知っていたはずなのに、それをギャリーに伝えていなかった。
「過去に遺した罪は、お前が忘れても必ずその背中に牙を突き立てる。
そしてお前を我のはらわたに運び込むだろう」
俺は子供の頃に聞いたオルカス経典の一節を、今更のように思い出していた。
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