蛇の月 四日

 また昼飯時に食堂が騒がしかった。そんで場の中心にはギャリーだ。余りにも構図がそっくりだったから時間が一日戻ったのかと思ったぜ。飯くらいゆっくり食わせてくれ、乾いた毎日の唯一の楽しみなんだからよ。

 

 「おいラッド、今日は一体何があった。ギャリーは何をやりやがったんだ」


 食堂入り口の脇にもたれかかっていたラッドに事情を聴く。こいつも俺ほどじゃねえが古株だ。女漁りが生き甲斐のインキュバスが何年もこんなとこでとぐろ巻いてるとは、一体こいつはシャバで何しやがったんだか。


 「クケケ、それがえらいことになったぜペイジ。ギャリーの奴、竜眼輝石ドラゴンズ・エアの原石を掘り当てやがったらしい」


 「……マジか。そりゃまあ騒ぎにはなるわな」


 竜眼輝石は平たく言うとドラゴンの眼球の化石だ。財宝狙いの人間に打ち倒されることなく山奥の巣で寿命を迎えたドラゴンの亡骸が、長い年月を経て山脈と一体化した時のみ生まれる代物。お宝の中でも超レアの部類に入る。この石を魔力処理しながら磨き上げれば、かつて天空を翔けた竜の視点のように、遥か遠くの光景をも映し出す千里眼の水晶になるらしい。当然ながら値もべらぼうだ。流石にこれはちょっと話を聞いた方がいいと判断し、俺は騒ぎの輪の中に入った。


 「ようギャリー、お前さんついにやったな。これで当分は働かなくて済むぜ。どうする、稼ぎを持って街に帰るのかい」


 「へへへ、ありがとうよペイジさん。でもそんなもったいないことしねえさ。ようやく俺の運命にツキが回ってきやがったんだ。こういう時は限界まで行く。ツッパるところまでツッパる。それがギャリー流ってやつさ!見てろよ、これからもどんどん掘り当ててやるぜ。そうしたら、ここをもっと良い所にしてやる。……俺はここには感謝してるんだ。ここは天国さ」


 「ははは、こりゃすげえな。お前さんは俺が思ってたよりずっとデカい男だったらしい。期待してるぜ、未来のエースさんよ!……ところでその石なんだがよ、一体どのあたりで掘り当てたんだ?」


 「ああ、東側の端の方だよ。あっちはまだ手付かずだったから何かあると思ってたら案の定さ!ペイジさんもこっちに堀りに来なよ、あの辺りはきっと宝の山だぜ」


 「おう、そのうちな。上手くやれよ!」


 俺はギャリーの背を叩いて騒ぎから離れた。それは最古参の俺からの承認を得たと言う風に周りから映ったのだろう、ついにはギャリーは胴上げされ始めた。

 そんな騒ぎとは無縁に食堂の端っこで寡黙に飯を食っているバルドの横に俺は腰かけた。こいつは何も知らないはずなんだが、天性の勘かそれとも運か。騒ぎの音量に紛れて周囲には聞こえないくらいの小さい声で俺はバルドに耳打ちする。


 「……バルド。明日から場所をもっと西側に移そう。他の連中も何人かはそっちに移っていくはずだ」


 静かに大きな眼だけを動かしてこちらを見るバルド。俺は敢えてそちらを見ないしそれ以上何も言わない。予想はしていたが思ったより不味いことになりやがった。

あの石はヤバいんだ。少しでもギャリーから離れなければ。

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