蛇の月 一日

 また今日からろくでもない土塊掘りが始まる。少々昨日は飲み過ぎたらしく、酒がまだ頭に残っている。昔はこんなことはなかったんだが俺も年を取ったのだろうか。いっその事今日はさぼっちまおうかと思っていると、良いタイミングでバルドが水を持ってきてくれる。本当に気が利くやつだ。キュクロプスのバルドは、もれなく頭に酒か草しか詰まっていないようなここの連中とは一味違う、見どころのあるやつだ。普段は寡黙で表情に乏しく、黙々と仕事をする男だがその仕事は的確かつ力みがなくバランスが取れていて、一人だけ効率を上げて周りに渋い顔をされる事もない。当然と言えば当然だがここの連中はお世辞にも仲が良いとは言えず、中には顔を合わせれば掴み合いが始まるような間柄の奴もいる。そんな中、このバルドは恐らく誰にも

憎まれていない希少な存在だ。最もそれに気付いている奴もまた稀だが。まあ俺くらいのものだろう。

 俺とバルドが友人になった切っ掛けは、バルドがここに入ってきて3日目の事だ。

バルドは入ってすぐにその要領の良さと膂力で仕事をこなし、連中から「こいつは

期待の大型ルーキーだ」と囃し立てられていたが、顔色一つ変えず黙々と仕事をこなしていた。そもそもキュクロプスは顔どころか全身が青色なので顔色がどう変わるのかよく分からないのだが。

 問題が起きたのは昼飯を食って少ししてからだった。バルドが食あたりを起こしたのだ。どうやら誰かに勧められてここの特製フレッシュジュースを飲んでしまったらしい。このベルリア山脈の瘴気をたっぷり吸って育った果物で作られたフレッシュジュースは新入りにはきつい。顔を真っ青にして、いやもともと青いのだがもっと青くして横になっているバルドを指してクズどもが騒ぐ。やれ「立派なのは図体だけか」だの「これだから都から来た奴は」だの。

 俺はひとっ走り外に出て、ネブルライムの実を取ってきてやった。この実はきつい酸味と豊富な水分が特徴で気付けにはもってこいなのだが、樹はやたら背が高く、しかも実がその上の方に成るので採取が難しい。しかしここの瘴気は空気より重く地表に近づくほど濃くなるので、この場合逆に幸いする。まあベテランの知恵という奴だ。

 バルドはやはり元々がタフな種族らしく、実を一つ二つ食べさせればすぐさま回復した。両手を握られて感謝されたことなどいつ以来だっただろう。バルドはお返しに俺のピッケルに火を入れて打ち直し、柄も丈夫なものに交換してくれた。キュクロプスが鍛冶に長けているのは分かるが、材木の目利きまで利くとは意外だった。俺とバルドはそれ以来何かとフォローしあうようになった。相変わらずあまり喋る事はない奴だが、別に構わない。俺は口先しか器用に動かせない無能とは違う。言葉の重みというものを俺はよく知っている。きっとバルドもそうなのだろう。

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