三回回ってワン

めるしー。

三回回ってワン!

『もう遠い昔の話でございます。

私、今でこそ駄作しか書けませんがこれでも昔は学校の劇の脚本、卒業式の台本、校内新聞から色々依頼されて書く身分でございました。こう言ってはなんですが、私は昔、文才、というものがあったと思うのでございます。


いやはや、昔を思い出すと、つい過去の栄光にすがってしまうようでみすぼらしい。申し訳ございません。もう、私も老境にさしかかっていまして、、、。仕方のない爺だとでもお思いになってください。


さてさて、なんの話でございましたか、、ああ、そうでございます。思い出しました。もうあれを知っている者も私以外みな息絶えてございますから、死ぬ前に誰か若い者に語っても良いと思うのでございますから、少しお付き合いいただきたいのです。


幼い時でございます。具体的に言えば13歳の頃でありますからまあ、5年ほど前でございます。ええ、5年前でございます。勿論これを幼い時というものは阿呆でございましょう。ですが最早幼い時、としか言えない境遇なのでございます。


ええ、あの奇怪な出来事は夏祭りにおこったことでございます。親友のゆうちゃんと、だいすけと3ヶ月ぶりの再開を果たす約束をした時でございます。当時、私は私立の中学校に進学し、別の学校を受験したゆうちゃんと地元に残っただいすけとはバラバラの学校にいたのでございまして、電話がかかったときはもう、嬉しくて嬉しくて。


それがいけなかったのでございましょうか。いえ、間違いなくそれがまずかったのでございます。


夏祭りの日、親にやっとの事で11時頃まで遊んで良いと許可を貰えた私は、夜の7時頃でしょうか。いってきます、と間の抜けた声で親に声をかけて家を出たのでございます。


ええ、普段の両親ならどんな友達と遊ぶ時も9時が限度でこざいましたから、もう本当に嬉しくて。


道中、よく私が小さい時にはですが、仲間からは置いていかれたりだの偽られたりだのでしたから、もし来ていなければ、という不安に苛まれまして、お地蔵様に手を合わせてお祈りしたのでございます。


幸いなことに、いやはや、今となっては幸いなこととは申し難いことでございますが、二人とも既に来ておりまして、20分前にてございましたが、遅い、と言われましてございます。


待ち合わせたのはいつも、盆踊りが行われる公園の一角でございまして、それから、お互いこの急変した環境についてや、教師の陰口、ああ、あとは小学校にいた頃のお話をしつつ、神社へと向かったのでございます。


ああ、今からして思えばここからなのでしょう、私たちが道を誤ったのは。


小学校の卒業間近の頃であったのでしょうか。何処かの小僧が三回回ってワンと吠えてみろと言ったのがきっかけでございまして、学校中でこれが流行ったのでございます。


これが私たちが神社についたときに話していたことでございまして、たかしがそれを神社でやったのでございます。そうしてそれをゆうちゃんと笑いながら見ておりますと、古い友人でありました、こうたとしょうたが駆け寄ってきて、旧交を温めたのでございます。


そこからちょいとお参りをし、祭りももう何年もいったものでございますから、皆飽き飽きしているためか、もう何度も見た出店も殆ど無視して、公園でくっちゃべっていたのでございます。


最近はそうでございますが、夜の9時過ぎでしょうか、祭りの灯ばかりがのこり、出店の灯りは全て消されてしまうのでございます。こうなってしまうとつまらない。次はどこに行くかとしょうたが言い始めると、誰かが学校に行きたい、とポツリとこぼしたのでございます。


皆様もお分かりになられると思いますが、私たちが小学生の時、肝試しをすることは怖くてできなかったのでございます。しかしながら中学生になると、いったいどうしてか背伸びをしたくなるものでございまして、皆、一様に学校に行きたいと言い始めたのでございます。


数ヶ月ぶりに行った学校というものは我々が想像していたものと全く異なるものでございまして、数ヶ月後にどこかの校舎を立て直すのでございましょうか、かつて植えられておりました葡萄の樹、桃の木はもう切り倒されていたのでございます。


校舎も昼で見たものとは全く違うものでございました。正面の入り口はすこし誇り臭く、ここだけ祭りの空気から切り離されていたのでございます。私たちも急に心が冷え切ったのを憶えております。


そう言えば私、小さい頃は校舎の出入り口から一番近い西校舎の階段だけは使わないようにしていたのでありました。そこには走る子供の絵が掲げられており、この醜さと大きさに恐怖し、常に敬遠していたのでございます。当時学校でも、その絵は評判で、かなりの生徒がそこでお化けを見ただの、絵の中が動いたのだのと言い、5年生になったときでございましょうか、旧校舎解体の折に取っ払われたのでございます。あの時、皆が一様に言ったのは、あの様な大きい絵をどこにやったのか、いや、どこかへやる前に消えた、といった話が沸き起こる始末でございました。いやはや、その頃あそこを使う学年だった生徒皆卒業しておりますから、もう一度取り付けたのでございましょう。


その時偶々それを忘れていたのでしょうか、ついついその絵を見てしまったのでございます。


ああ、やはりここにあったのか、と思いました。


それと同時に、急に絵に触りたくなったのでございます。私は肌色の踊り場を歩き、手を触れました。手は、丁度絵の中で走る男の子の振り上げた手と重なりました。少し押してみると、手が引き込まれて行きます。向こう側から包み込んで来るのでありました。ああ、脳を奪われて行くような。温かみ、いえ、快楽が私の意識を包み込んでゆくのです。


薄れてゆく意識の中、ワン、と犬の鳴き声が聴こえました。


私の意識はそこで途切れたのでございます。


気がつくと、エントランスで他の3人が私を介抱しておりました。三人は何やら慌てている様子で半分泣きかけながら必死に私を起こそうとしておりました。目が覚めた私が一番最初に思ったことは白磁の床がとても気持ちよかった、ということでございます。


気がつけば夜の10時半でございました。早く帰らないといけない時間でございます。私たちは直ぐに校門をでて帰りました。他の人達ももう帰らないとまずい時間でございましたのでしょう。走って帰って行きました。特にゆうちゃんのお家はここから遠い上に、門限が厳しかったので必死に走っておりました。


家に帰ると、両親が大層怒っておりました。どうしたのかときくと、私が9時になっても帰ってこなかったことでございます。不当な怒りでございます。私もこればかりは許すことができませんでした。私が11時までの許可を得た、と言うと、嘘だ、そんな話ではしていないと言う。した、してない、こればかりの応酬で、最後は取り敢えず言ったことにしておこう、という話で収まったのでございます。


その精神的な疲れが現れたのでしょう。部屋に戻った私を襲ったのは異常な程の疲れと眠気でございました。私はその場でもう寝てしまいました。


その日からでございましょうか。私は毎日夢を見るようになりました。一段、一段、階段を登ってゆくのでございます。思い出されたのはあの時に感じた快楽でございました。私は夢の中で、早く登りたい、早く登りたいと思いながら、毎度最後の一段で足を滑らせて落ちてゆくのでございます。


それが毎日積み重なり、一年ほど立ったとき、ゆうちゃんが亡くなったのでございます。とても良い子でございました。思いやりのある子で、何事も率先して行う友達でございました。ええ、泣きましたとも。とめどなく涙が溢れたのを覚えております。


その頃からでしょうか、段々私の身体が老人のようになってゆきました。最初は背筋が曲がることから始まりました。段々と背筋が曲がってゆき、動くのも億劫になってゆきました。今ではもう背筋を伸ばすことさえできない有様でございます。


その次の年、しょうたが亡くなりました。事故だったそうです。とても気が短く、喧嘩っ早い友人でしたが、ムードメーカーでもございました。彼のお葬式は、友達で溢れかえっておりました。


この頃からでしょうか、皮膚がたるみ、顔は皺だらけの醜い顔になっていったのでございます。


その次の年はこうたでございました。私は彼が死ぬ前に一度だけ電話で話しました。毎日夢を見る、と。何人もに蹴られながら、無理矢理ワン、と鳴かされる夢を。そして最後に犬に食い千切られるところで夢が冷めるそうです。


この時、背中を冷汗が伝いました。あの神社でのことでありましょう。あの様な事をしたからだ、と思いました。じゃあ次は誰の番でございましょう。私でございます。私は恐怖に駆り立てられ、部屋の隅には常に盛り塩をし、色んな神社のお札を貼り付けました。


それでも効果は全くなかったのでございます。毎日同じ夢を見続けるのでございました。脳への快楽を感じようともがく夢を。脳を吸われてゆく夢を。


私はまだ死にたくはありまー』


書き置きはそこで途切れていた。男の姉は空となったベッドに戦慄を覚えた。この弟だと言われている、いや、先日兄として紹介された老人はもう歩けるほどの身体ではない。何処へ走って行ったのであろうか。もしかしたらあの絵の下で眠っているのかもしれない。私が5年生の時にいじめで亡くなった一年下のあの子を悼む絵の下で。



この老人の行方を知る者はいない。






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