#173 Make A Wish(希望を持って)


「お、どうしました? 顔色が優れませんね?」


 打って変わってと言えば聞こえが良くて、ついでに耳障りや通りもかなり良いが――正直、頭も打って性格も変わったんじゃないかと錯覚する程に白々しく、常識的な言葉と声音で僕を気遣う。


 さて…もうホントどうしたものかなと、少なくて足りない頭をこれでもかと絞っていたが、如何せんどうしょうもないかも知れんねコレは……。僕の頭も、彼女の行動も。


「アラタさん! なんかいまとても凄い目をしてますよ!」

「えっ、そう? どんな風?」


 声の大きさに反して、別に大して興味や考えがあった訳でも無いが、反射で聞き返す。彼女の比喩はいつもフワっとしてるから学の無い僕にはどうにも全景を掴みかねるんだ。

 つーか、とても凄い目ってなんだよ…痛い目とか遠い目の親類縁者の類かい?


 そんな牡蠣…ではなく杜撰ずさん極まりない言葉に対する返事はすぐさま僕に向けられる。


「人を人とも思ってない鬼畜の瞳をしてましたよ」

「やけに具体的だね…って、してた? あれ? 僕は本当にそんな目をしてたかい?」

「ええ。更に言えば女を性の捌け口としか見ていない感じもありましたね…」

「多分だけど、そいつは僕じゃない別の誰かの話だよ。ドッペル的なゲンガーさんだ」


 希望を込めてそう否定してみたけど、合ってるよな?

  映す鏡は無いけれど、多分そんな目をしてないよな? この期に及んで見れば、なんとも逆説的な物言いになるけど、実は未だ意外に結構信じてるぞ彩乃アヤノさん?


 ちょっともうマジで本格的に話が進んでないし、なんなら戻った上に迷ってる気がしなくもない。

 そんな羅針盤や地図を持たない旅人みたいな絶望を歯の奥ですり潰して、懸命に喉の奥に流し込んで。


 僕は何度目かになる会話の前進を無謀に試みてみる。


「頼むよ、彩乃さん…マジで困ってんだ。助けてくれ、そして話を聞いてくれ」

「おぉ…切実ですね。ちょっとゾクゾクしちゃいます」

「ゾクゾクしてもハラハラしてもいいけど、話を聞いて欲しい」

「これは二回目ですよ?」

「多分違う。何度目かな? 最初にも言ったと思うけど、ま…いいや――」


 マジで、僕は君に相談がしたいんだよ。

 そんな切なる願望が通じたのか、はたまた哀れみが臨界点に達したのかは僕の知る所では無いが、新山彩乃は大きな溜息を吐いてから間を取る様にカップに口をつけた。


「貴方のその――素直エゴのゴリ押しになかなかどうして、私を始め――我々新山ニイヤマ家の面々は弱いらしいですね」

「ん? なにそれ、また何かの皮肉?」

「欠片も伝わらない皮肉に意味なんかありません。ただの感想です」

「おお…とすれば褒め言葉なのかな?」

「普通に嫌味や愚痴なのかも?」

「ん、お? んんんぅ〜?」


 切った張ったとも言えるレベルで難易度の高い問答で眉間にシワが寄る。

 男女の間とは言えない間柄で、更に有する知性や社会性に格差が余りある僕達には会話はちょっと難しいのかも知れない。

 恐らくは僕にはアインシュタインの理論は理解出来ないし、きっとクレオパトラの話に上手く相槌を打てないだろうからね。


 諦観や傍観って訳でも無くて、単純な事実を客観視してからが基本的に僕のスタートラインだ。ただそんな長年培って来た思考形態にも勿論隙があってさ。

 自分では客観的に見れてるつもりでも、全然案外そんなに精度の高いものでは無いとここ数日で散々思い知らされて来た。


 故に、だから――。

 そんな僕だからこそ率直な感想を述べることが出来るのだろう。


「正直、君の独特のレトリックやトートロジーは――やっぱり難解だよ」

「おや、呆気無くギブアップですか?」


 深い顔立ちの目尻を低く下げて、口角の端を高く上げる。唇を震わせて侮る様に笑う彼女。

 それらを繋ぐときっと、一筋縄では行かない性格に即した楕円になるなと適当な妄想を抱いて僕も笑う。


「だけど、少なからず好ましく思っているし…それを含めて」


 僕的にはそれでもなお、良好でいたい。


 それがまあ、打算に溢れた剝き出しの本音だ。

 恋人の妹であるということを抜きにしても、一人の人間として少なからず好ましく思っているし、そんな相手には好ましく思って欲しい。僕がそういう矮小な人間性を有しているのは今更変更不可能な現実だから。

 

「だから、なるべく理解したいし。理解して欲しい。僕という人間の性質カタチを」


 そんでもって可能ならば――、


「君のそれも受け入れたいと思う…ってもう一体、何の話だっけこれ?」


 予期せず我に返り溜め息を誘うような質問を年下女性にへろへろと投げる。


 そもそもの僕がしたい話はこんな人生全てを賭けて解き明かす様な壮大な難問では無くて、もっと身近で即物的で――俗っぽくて深刻な話題だったと記憶しているんだけど…。


 出来の良くない頭の周りに疑問符が衛星みたいに周回するのを統失とか妄想の端っこで感じる。

 そんな取るに足らない僕をまるで釈迦の如き慈悲で片手に収めながら、慈悲深く――新山彩乃は実に穏やかな所作で口角を緩めた。


「確か、姉へのプレゼントの話だったと私は記憶していますが…それこそ、勘違いや妄想の夢現にカテゴライズされるものでしたか?」


 それはまさに青天の霹靂…!

 確か、釈迦に説法で馬耳東風。


 生憎、歴史ある故事成語や四字熟語には詳しくないが、僕の脳裏には電撃っぽい衝撃がマッハを思わせる速度で走ったと理解してくれればそれでいい。


 彼女のせいで主題を見失い、散々迷った会話の源泉かつ核心が下手人の口によって矯正されて。

 それに対して僕の採った反応レスポンスは大声で突っ込んだのか、或いは冷めた声で正論を述べたのか…。


 さて、はて。

 真実はどっちかな?

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