#172 Goodnight, Liar Bird(こんばんは、嘘つき)
小さく可愛らしげに小首を傾げた
僕の恋人の実妹であり、僕の親友の元カノでもあり――本人は姉の恋人たる僕の
個人的な関係を大いに含んだ中においてこれでもかと設定をモリモリな彼女は、殊更甘えや依存の色を強調して、男の庇護欲を掻き立てる様な声音で問い掛ける。
「それでぇ?
こってりマシマシな作為や悪意をヒシヒシと感じるし、それに隠した彼女の天の邪鬼な意図や狙いも少なからず分かる。きっと――出会った直後には汲み取れなかった彼女の本音が多少なりとも推察出来る。
なので、新山彩乃という一個人が恐らく好んで用いるであろう逆説的なやり口を普通に無視して、手っ取り早く望みを場に出す。
僕達にはメスガキめいた幼稚で茶番を覆い隠すみたいな策謀に乗るメリットなんかは無いから。
「僕の狙いは
そんな感じの僕の純情な告白は義妹の曖昧な微笑みに容易く変換され、恋愛強者の彼女は「なるほど」と短く息を吐いた。
各テーブルに備え付けられた紙ナプキンで口元を拭いてから、その続きをプルンとした麗しき唇から言葉に載せる。
「いやもう本当に…嫌になるほどブレませんねぇ、貴方は…もうマジで」
「んなことないよ。何故か僕をそう称する人は多いけど、それは気の所為か勘違いだ」
「或いは謙遜か、若しくは嫌味です…?」
「多分、自意識と他意識の差異だよ」
「そういうとこも相変わらずですね」
出会って数日の――ってかマジで出会って間も無いハズの――
彼女の言葉からは一体どういう所が相変わらずなのかよく分からないないが、まあ理解や納得を得られたのであれば、それで良しとしておこう。深く掘り下げるのもなんか怖いしね…。
ってな感じのまま、僕は僕で雑な結論を適当に呑み込んで、行ったり来たりで散らかり気味の話題を正しい時間軸に修正する。
「僕についての評価はいずれまたの機会にするとして、君の姉であり僕の恋人である女性へのプレゼントなんだけどね」
「お? 大した話術ですね? 私の口を強引に
「いやだから言い方…って、もういいや。それが君の
「あ~あ、なんか数日でつまんない反応になりましたね。これだから女を知った男は……」
「えへんおほん!」
簡単に自身の言葉を翻すなのはどうにも僕の専売特許では無いらしい。
新山彩乃は平時の持ち味である棘のある物言いで「お前は変わってしまった」と口を尖らせる。
思い返せば、彼女との会話はこんな感じで行ったり戻ったりを繰り返すのが常な気がする。尤も、それに楽しみを一切見出して無いとは言わないけれど、話を前に進めたい折りには明確に足を引っ張るね。例えば今とか。ね?
「…ならまあ。口を塞いだついでにそのまま聞いて欲しいんだけどね――」
「マジでストロングスタイルになりましたね。むっちゃ強行しますやん! いやはや、男子三日がどうのってもなかなかどうして嘘じゃないみたいやわ」
「何故に関西弁? いや、いいや…それでね?」
急に出てきた遠い地方の言葉遣いが多少気になったが、大人になって心を殺してスルーする。社会人にはそういう能力も必要なんだと学生時代に聞いたことがある。サンキュー就職支援課。殆どお世話になった記憶は無いけれど、感謝の意を精いっぱい捧げるよ。
顔も思い出せない誰かに上の空でありがとうを述べながら、僕は拙い言葉で自分の考えを経験豊富な年下女性に明かす。
…つーかの更に前の前提。
そもそも論で言うなら、プレゼントの相談を異性にするのも心情的にはちょっとどうかと思うのに――加えてそれが恋人の実の妹ってのもなかなかどうして、どんなもんだろう? 不義理や背信とは違うものなのかな?
まだまだ恋愛初心者の域を脱却しきれていない故の悩みを抱えたままで、何とも煮え切らない感情だか言葉を吐き出した。
「僕は東京に行くのが確定してる訳じゃん?」
「ああ…まあ、アラタさんを含めたバンドメンバーはクソ田舎の地元を捨てて、華の都に活動場所と住居を移すんでしたっけ?」
「もう表現には触れないけど――その前提ありきの癖に、僕は初めて恋人たる女性に出会ったんだけどさ――」
「なるほど。おぉっと! それ以上の言葉は不要です。聡明で賢明たる私は全てを察して把握しましたっ!」
「おおっう…おおっ? ま、マジで?」
僕にとって愛しき女性である姉には及ばないものの、一人の
僕としてはそれが上下に動く様を思わず目で追ってしまったかどうかはさて置いて――つーかおくびもなく自分を褒め過ぎだろと思うのも何処かに捨て去るとして。
流石頼りになるぜ!
なんせ親しい友人の中で、彼女ほど策謀と色恋に長けた異性は少ないからな。まあ、友人自体そんなに多い方じゃなくて…どちらかと言えば知り合いが多い方だけどそれはともかく!
性的に豊かな胸に華奢な右手を置いてから新山彩乃は声高らかに確信を持って、その分析を口にした。
「要するにアレです。船乗りは港ごとに女がいると聞きます。つまりアラタさんにとってはそういう存在なのですよ!」
あっ、ダメだわこの娘。
頭脳明晰で社会性抜群、更に恋愛経験豊富である以上に、それらを超える配分で余りある悪意が凄まじく強い。
会話相手としてはなかなか愉快だけど、深刻な相談相手には向かない存在かもしれないぞ…。
今更過ぎるのは重々承知だが、僕は自分勝手な後悔をひっそりと抱く。
この手の輩は利害を求める割に、それ以上に愉悦を追求しがちだ。しかも、その分水嶺は他者には理解出来ない――他人が一見して意味不明な
つまり、アンコントローラブルな天変地異や天災に似た不可避の事象であると言える。
やべぇ。
ここまで散々頼って来て、少なからず頼られてきてアレだけど。
マジで今回ばかりは人選ミスだったかなと、過去の浅慮な自分を少しばかり説教したい。
でもまあ結局、幾度の世界線を辿った所で同じ現在に収束する気がするのが、僕の持ち得る限界って奴を如実に現している感じがして。
もうホント、アレだわ……。
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