#165 Don't Worry, My Friend(友よ、心配ない)
恐らく違った種類の無力さを奥歯で噛み締める男が二人。
その両翼は幼馴染で親友でバンドメンバーで、なによりも相棒である。
そして、その近接した関係性故に、誰よりも何よりも互いを羨んだ二人。
どうにかこうにか歩んだ一年の総決算たる年の瀬が、鬼気を伴って今か今かと迫る地元の夕暮れの風景に溶け込んだ僕は――ぶるりと思い出した様に寒さを感じる。
もうすぐ夜が来る。
あらゆる一切合切何をかもを覆い尽くす黒い海が住み慣れた街もろとも僕達を呑み込むんだ。
それでも、きっとそれは全てを許容する。痛みも醜さも愚かさも。
明いた日にまた朝日が昇るまでの短い間、ありとあらゆる愚かさの
そんな益体も意味も無い自慰行為そのものなポエットに
だって、言いたい事は大体言ったし、
いつかの昔話みたいに石の上に三年待つ気は無いけど、もし彼がそのつもりなら付き合う他無い。僕達はそういう関係だから…変な意味では無くね。
その代わりに僕が感じた妙な寒気は決して気候のせいでは無いし、妄想の産物ですら無い。ただのジョークである。意味なんか無い。
さて、そんなこんなでそろそろ潮目に変化訪れそうな気配をアチラコチラの何処からか感じなくも無いけれど、どうでっしゃろ?
そんな邪な打算を込めた視線に気付いた男は感情のままに乱れた前髪を乱雑に掻き上げて大きな溜息を吐き出した。
「んなんかもう…馬鹿らしくなってきたわ。アラタ、お前はどこまでも
そんな禅問答の装いすら感じさせる言葉の端には先程まで存在しなかった笑みが諦めと共に滲んでいる。どうやら好転した…のか?
その辺りの判断は審議が必要だろうが、もっと早急に問い質さなければならない議題も一つ浮上した。
「なんだよそれ…褒められてんのか? それとも
僕が僕である事なんかとうに自覚済みで今更他者に――それも最も近しい友人に指摘される事になるなんてこれっぽっちも想像していなかった。
だから、判断が付かない。理解が及ばない。解釈が間に合わない。
けれど、いくら僕が馬鹿で阿呆でも対応策はある。しっちゃかめっちゃかの脳内を無様にも切り離して、それと別口にて思考する程度のリソースは無能にだって幾らかはどうにかこうにか残ってるんだ。
それ故の不器用な反証だったが、どうにもそれはすぐに崩れる砂上の楼閣未満の質問だったらしい。
「どっちもだな。こんなの流石に無理だよ。それは…俺なんかに敵う訳無いわな」
「んん? つまり…どういう…? どういうことだってばよ?」
「全くさぁ…、心底羨ましい。才能だけで無く、その
同じ類の疑問符を繰り返しそうになる程度には意味深な発言をした幼馴染は欧米人の様なオーバーリアクション。
ひとたび機械的なファインダーに収めてしまえば洋画のワンシーンに見える"それ"に含まれた意味や"そこ"に隠した真相は殆ど分からないけれど、多分ここは掘り下げるべき事象なんだよな。
「良く分かんないけど、生き方の話か?」
「在り方の話だ」
「ダメだ、ますます混乱してきた…」
頭を抱えながら冷え切ったベンチにふらふらと腰を下ろす。恥ずかしながら起立していた事に今更ながら気が付いた。
その最中、
そこから更に行動の速度を落として禊の紫煙を満足そうに吐き出した。
「別に伝わんなきゃそれで良い。あくまで俺の独善的な感想で、個人的な感傷だ」
「なんか微妙に納得出来ないけど、まあお前が良いんならそれで良いよ。僕もさ…」
「そういう所だよ」
ともすれば同性の僕ですらオチるのでは無いかと錯覚させる端正な弓張り月。今迄幾度と無く女性に向けた事のあるスマイルかも知れないが、今度ばかりは多分仔細が違うんだ。
まあ、それこそ個人的な感傷だからと口に出さず黙っていたら、親友の方が「そう言えば、この際だから聞くけど…」と切り口を変えた問いを投げ掛けてきた。
「なに?」
「アラタ、お前はいつもお前だよな? いつだって何処だって」
「ん? そりゃあまあそうだろ? 僕は僕だよ。どんな時も僕でしかないし、どんな場所であろうと僕以外になれないよ」
またもや巻き戻しの繰り返しみたいなやりとりのお陰か、ヤケに空っぽになった身体の中で直前の混乱や呆然とはまた少し異なった疑問符が、それこそヤケみたいに跳ね回って反響する。
問われる迄も無く僕は僕であり、僕でしか無いし僕以外には成り得ない。
そんなの当たり前過ぎるほどに当たり前だ。落とした林檎が地に落ちるくらいの普遍的な現象だよ。
僕はいつだって、何処だって、誰といたって僕だ。
他人といるときもライヴの前も家族の前も恋人の前も――親友の前だって僕は僕であり続けたと思う。多分。主観的には。
出来ることならば完璧で格好良くありたいけれど、可能ならば聡く有能でありたいけれど、あくまで理想論にも劣る絵空事で。僕なんかにはきっと望み薄だから。
だからこそ昔漫画で読んだ様に「配られたカードで勝負するしかない」のさ。幸も不幸も関係無く。酸いも甘いも咬まずに呑み込んで――嘆きながら、悔やみながらもそうせざるを得ないだけ。
「…予想の範疇だけど、
「何がだよ? 何なら、そっちのが皮肉っぽいぞ?」
右手の指先で灰を落としながら告げた彼の言葉は含む所が多過ぎてイマイチ掴みかねる。聡明さと察しの良さなんて単語から遥かに遠い位置にいる僕には汲み取れ無い。
極めて愚昧で暗愚な僕は彼が再び口を開くのを待つばかり。
「なぁ、アラタ。お前はさぁ、他人に嫉妬とか羨望とか――自分勝手な劣等とかねぇの?」
そんな待ちの一手を能動的に選んだ亀野郎を
またもや、再び、三度?
混迷のメイズに僕を突き落とす言葉。
何でも出来るお前が唯一出来ない才能と何にもできない僕が羨んだ男。
そんな
女性部門においては愛する恋人とその妹が肩を並べるけれど、きっとお前はそれ位お見通しなんだろうね。
僕の事を知っているお前の事を――少なからず僕は知っている。
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