#163 KNOCK on the CORE(核心へ至る)

「あ、あの……。ゆ、ゆ悠一ユーイチ、ぼ、僕はさ…、」

「ああん? やっと、重たい口を開く気になったか? なァ、おいわらえよ。惨めな嫉妬と情けない恥辱に潰されそうな俺を」


 そう言って言葉を区切り、悪意と自棄をふんだんに込めた続きを昂ぶる声で叩き続ける。


「そんなの、女を知ったお前には酷く容易い事だろ?」

「ち、ちが違うよっ…ぼ、僕は、僕はっ!!」


 らしくも無く――いつに無く弱気な自嘲と羞恥を裸一貫で頼り無く纏わせる相棒に何とか正しく伝わって欲しくて。

 僕が思って、感じる感情キモチをきちんと知って欲しくて。


 伝えたくてさ。


 そんなプリミティブでエゴイスティックな感情を有する僕は喉を震わせて、嫌なテンポで波打つ呼気が隣接する空気を自分本位に歪めて揺らす。


「僕は、多分。あーマジで、持って無いんだよ」


 そう、それが真実。聡明で理知的な君が取り違えた唯一の事実だから。


 しかし、未だ真意は伝わらず、彼は再度激昂する。僕の言葉足らずが遠因ではある気がする。


「あ? んっ…んな訳あるかよ! 何も持ってないっ? おい、馬鹿にすんのもいい加減にしろよっ! 何も持ってない奴の歌がっ、声がよおっ!! 売れる訳な…」

「それでも、その成果は僕だけがもたらしたものじゃない。だからこそ、」


 逆説的に、何も持ってないんだ。


 伸ばした右手の人差し指を彼の口に向けてアピール。

 示すのは小休止の沈黙を求める意思。


 最近、何処かで似たようなジェスチャーをした様な気もするけれど、いつ何処で誰にしたものか忘れちゃったよ。


 伸ばした指がやがて掌全体に波及して、意思表明が沈黙から停止に移り変わる。そして言葉の継続。


「いつか言ったと思うけど、僕は一人では立つことすら出来ていない。お前がいて、皆がいて。それで僕はアラタになれるんだ」

「んなクソみたいな詭弁で誤魔化せると思うなよっ! それでも、曲を作って歌詞を書いて、それを歌うのはお前じゃねぇかっ!!」

「それはクソみたいでも現実で真実だよ…生憎な」


 だからこそ、この世界で歌う意味があるんじゃねぇかな?


 僕達が立つこの、生命活動において必須な娯楽でも無ければ必需な娯楽でも無い。ただの音楽だ。


 そんな種類の外様がこの世界に存在を許されるのは、そのニッチかつ個人的な自意識の連なりから成される社会的な広がりだけだろ。


 僕とそれを取り囲む世界の全てが僕であって、世界を取り巻く全てなんだ。

 そんな中でイチに近い僕が無数に存在して繋がってるからこそ成り立つ世界。イマはそう感じる。


「だから…だからこそ。それ故に…それだからこそ、僕自身は身軽フリーで良いんじゃ無いかと思う。僕は僕以外のおかげで身軽であれる様に思う…おかげさまで」


 そう言った連なりこそが世界の結びつきで、その世界に置ける玉結びが僕であって。

 きっとその小さな玉結びこそが世界における繋がりのぜんぶなんだ。


「僕以外の誰かと関わる事で、僕はハンマーヘッズのギタボであるアラタになれるんじゃないかなって思ってる」


 僕はそんな前提があってはじめて、僕としてステージに立てるんだ。


 きっとお前が言う様に、ジュンが言う様にさ。


 自意識過剰には到達していない僕には多分――自分では掴み切れていない音楽の才能みたいなものが――その辺の人よりはきっと多く存在していて。

 僕ではない──僕以外が形作る世間が口々に謳って、望むような才覚があるんだろう。


 全然、実感とか無いけどさ。


 けれど、それは決め付けの延長線にある水物よりも不確かで曖昧でぼんやりとフワッとした陽炎オアシスで。


 依然として僕には…当事者たる僕にとっては掴みかねるアルキメデスの王冠みたいな浮力を伴ってさ。


 けれど、彼や仲間の言う様に、世間的にそれなりの評価を受けている以上――嗚呼…これ以上僕も逃げ切れない――逆張り全開なそっぽを向けそうないな。


 そういう諸々を論理的に積み上げれば――きっと恐らく、僕には多少なりとも音楽の才能って奴があるんだろう。

 そんでもって、表層で生きる世界にとっての評価ソレを受け止めるのが覚悟って奴なのだろう。


 でも、それでもっ!

 そんなでもさあ!


「何度でも言う。僕は一人じゃ駄目なんだ。皆がいて、お前がいるからこそ、夢の舞台に立つ事が出来る」

「いいや、違うね。きっとお前は独りソロでも上手くやる。近い将来…お前はシンガーとしてソロでるようになる」

「何が違うんだよっ! あァッ? 将来? 知らねェよそんなの。今してんのはこれまでと、これからの話だろッ!」


 心の何処かにあるはずの本音を探す様に胸元を強く、確かめる為に強く握りしめて掻き毟るみたいな仕草で僕は吠えた。


 少しでも彼に届けば良いと。欠片でも彼に伝われば良いのにと。


「それが将来って奴じゃねぇのかよっ!」

「違うよ。これは、未来の話だ」


 悲痛で冷徹な表情で「同じじゃねぇか」と吐き捨て目を伏せる悠一は先程までのヒートアップ状態から脱して、多少なりともフラットな余裕を取り戻した様に見える。

 僕としても慣れない類の強くて取り返しのつかない言葉遊びを弄した甲斐があったというものだ。


 そんな作為の結果生まれた隙間に僕は言葉を嵌めていく。曖昧な思考を言語で固めて世界にアウトプット。


「もし仮に――いや、駄目だな。まだ逃げてるし…そう、ああ、ったく……よし、アレだ。うん」

「んだよ、ハッキリしろよ!!」


 アウトプットとかいう確定事故…否、確定事項をきちんと形にするべく訂正。下手くそな再構成。


「僕の…僕の才能は一人では生かせない。多分何も出来なかった。独りでは踏み出す一歩すら存在しなかったと思う」


 才能があっても活かす術を見つけられなかったと思う。

 あの日、胸に灯った衝動という名の種火が、ここまで多くの人を揺り動かす大火になったのは僕が一人じゃなかったから。それが僕とカレの唯一かつ最大の差異だよ。


「才能云々の話じゃない。自己の在り方の話さ…知っての通り、ご覧の通り。僕はてんで駄目な人間だからさ。そういう意味も含めて」


 そう、そういうバランスと個人的なセンシティブを端にして、やがて回帰して。そして螺旋のように複雑怪奇に折り重なり、意味不明に絡み合いながら進んでいくんだと思う。


「生まれも学力アタマも、 女も社会性も。全部を持ってるお前が信じてくれて。まるっと全部格上うえ人間おまえが賭けてくれたから――」


 、元童貞の僕はハンマーヘッズのアラタでいられる。バンドにとってアイコニックな花形シンボルでいられるんだ。


 これも一つの共依存かな? それでも良いよ。

 ここまでの長くはなくとも短くない人生を共にして来た友だ。これくらい寛容の範疇だろう?


「僕が逆立ちしたって敵いっこないヤツが全身全霊で賭けてくれてんだ…。これで奮起しない奴は男じゃないし、おとこじゃないだろ?」


 何を持っていなくとも、意地があんだよ男の子にはさァ。

 それが客観的には何の価値も意味も持たない見栄っ張りの意地っ張りの末の墨俣一夜城だとしても、そんな矜持すら声を張上げられない臆病者チキンにはなれないから。


 いつだって僕は頼りない本音を虚勢と意地で補強して、帰納法のその果ての――未だ見ぬ存在しない合戦クリエイトに挑むんだ。


「だから、僕は歌えた。曲を作れた。それだけの話だよ。過去も未来も関係無い。本当にそれだけの話だ」


 才能に焦がれた色男おまえが憧れた金髪ぼくの本音はこの程度だ。

 彼の抱えるコンプレックスを通じた歪んだ眼鏡へ通す光はこんなもんなんだ。


 それがお前の賭けた才能ぼくだよ。どうだ? 幻滅したか? 違うよな。


 そうであれば、きっと…もっと!

 現在よりもずっと容易い感情オモイだったはずよな……。

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