#162 If I Had A Gun...(武器があれば)

 彼が言外に携えた…その胸中に宿る冷酷はどの程度の冷たさ、或いは足す事の冷酷さを伴ったものだったのか。

 脳天気な僕には到底計り知れない。大きさは総量なんかを知る術がない。


 親しき美丈夫が身勝手な感傷をエビデンスを基にして、自分勝手な憶測で僕に賭けたのと同様に、僕は彼に自分勝手な幻想を押し付けた。


 今迄の短く無い期間。

 それを互いにし続けた。


 身勝手で自分勝手な理想を互い違いのあべこべにいだいて、各々が自分の中の大切な"何か"を守る為に空虚な"それ"を信じて祈り続けた。


 ならば、その当事者の一角であり、尚且登場人物の一人でしかない僕に一体何が出来ると言うのか? 無能にてられた役割とは道化の他に何だというんだ。

 

 無能な僕はそんな些細な設問の解答すら満足に持ち合わせない。


 分からない…分からないんだ。


「何でだよっ!? 俺の望んだ全てを持ってる――全てを手に入れられる才能人アラタがそんな表情カオしてんだよ! おかしいだろっ! いくらなんでも道理に合わないだろ、そんなのはさぁっ!」

「違う! そんなの分からないんだよ。何一つ。親友お前に掛ける言葉の一つすらも…何も思い浮かばない…っ!」

「だから、だから! それがッ…ったく、クソが、マジでふざけんなって――どうしてそうなんだ。勘弁してくれよっ」


 腕をダラリと肩から下げた色男は語気の勢いに連動する様な本音をため息混じりで吐き出した。寒気を催す呼気。


「…ったく、マジで夢も希望もねぇのか? 俺には到底辿り着けない幻想アラタは、お前はなのか?」


 見かけ上は自由になった襟元を手癖みたく無意識に正しながら答える為の言葉を探す。自分に潜って思いに浸る。


 彼が僕に求める完璧な正答は薄っすらながらも想像出来る。それが僕の心根に全く沿っていない事以外は全然問題無い。


 格別に有能な彼はきっと、その先に隔絶した『特別性タレント』を求めている。

 かつての自分が早々に諦めて、渦巻くを呑み込んだ上で賭けた人間にどうしても有して欲しい…いて欲しい「願望」を伴った特別な崇高さ。

 或いは叶わぬ「切望」に由来して、敵わぬ傍観を「超越」した至高を含んだ絵図を見たがっている。


 自分より優れた能力を有している人間は、自分よりも優れた人間性を持っているから仕方が無いと、当たり前みたいにそう言って諦めて――自分を慰めるみたいな内なる閉鎖的な循環を僕に押し付けている。


 とは思うものの、それこそが不遜かつ傲慢極まりないエゴイスティックな論理展開を返事に送付出来る程の面の厚さを持っていない。


 そもそも論として、僕が彼にとってそういう存在であるかどうかも未確定で。恥ずかしい勘違いである可能性も全然捨て切れないけれど、それは紛れも無く「甘え」だろうな。


 故に。


「お前の感じる劣等は分からないよ…どう足掻アガいても僕は僕だ。何度尋ねられても、どれだけ疑念をぶつけられてもそれしか言えない。そうとしか言えないよ」


 沈鬱な沈黙の後に返せるのはクソみたいな心根だけ。本当嫌になり過ぎる程に嫌になる。嫌になり過ぎて、通り過ぎられない。


 全く以て、僕はどうしてこんなに下手糞なんだ。何でこんな言葉しか吐けない? 竹馬の友が初めて吐露した本音について言えるのはこの程度か?

 

 この程度だろっ…!


 僕は僕でしかない。

 言い訳であり、本音なんだ。


 だから、僕は何度も僕を重ねて主張する。

 届いた「どうして」に対して、情けなく「どうしても」を加えて何とか言葉にする。


「でも、僕は僕にしかなれないから…お前の感傷には付き合え無いけれど、そうだな…その――少なからず、お前の持つ

「ふっ…ふざけんなっ! いい加減にしてくれよっ! マジでさ…何で、なんで! どうしてだよっ!」


 吠える。吠える。叫ぶ。


「何でお前アラタなんだ? 誰が見たって、間違い無くッ…俺の方が格上うえだろ! ありとあらゆる生まれも学力アタマも! 女も社会性も! 全部俺のほうが優れてる! そうだろ? なァっ!」


 震わせる慟哭に共振するのは幼馴染が長年溜めていた葛藤と劣等。多分、それを耳にした唯一で初めての人間が僕だ。


 けれど、何の感慨も感動も――それどころか失望や絶望すらも無い。新たに湧き立つ感情なんて何一つ無いんだ。


 だって、そんなの今更言われるまでも無い事実で。

 僕にとっては今更指摘された所で痛くも痒くもないただの現実だから。


 田中悠一ユーイチ

 それは僕の幼馴染で親友で相棒である男の名前。


 地元で一番大きな病院の院長を務める父親のもとに産まれた彼は眉目秀麗を地で行く人目を引く男である。


 麗しき容姿と育ちの良さを感じさせる雰囲気をまとった少年は、物心付く前からピアノの世界で神童と呼ばれ、更にその他の分野でもその才覚を如何なく如何とも発揮した。


 読み書き算盤をさせれば成績優秀、グラウンドで運動をさせれば卒なくこなして。

 その他のどの種目、あらゆる分野や舞台においても苦手という苦手を感じさせない涼しい顔で人並み以上の働きを見せた。


 それ以外にも、凡人ぼくよりも秀でた点を挙げれば、正に枚挙に暇がない。


 上記通りのスペックを有していれば、分別効かぬ子供特有の天狗化もやむ無しと言った所であるのに、人当たりを含めた人付き合いも完璧であった。


 弱者や貧者、性別などの差異に分け隔てなく接する様は聖人君子。世が世なら英傑として評価される人物の幼少期を見ている様でさ。


 その上で、古式ゆかしき格言の通り。

 英雄色を好むのを地で行く挙動で女遊びに大層興じた割に、周囲の異性から受ける評判は黄色い歓声だけで、悪い噂は聞こえてこないと来たもんだ。なにこの完璧超人。マジですげぇなおい。


 とまあ…ここまでが身近で見てきた僕とそれが思う周囲の反応。

 そんな人物像を踏まえた上で、彼が先程発した少々礼を欠いた不躾な言葉を検証。そして結論。


 僕に出来る反証は…無い。


 少しばかり腹は立つけれど、それら全てがまるっと事実なので仕方が無い。

 尤も、事実だからと言って何を言っても良いわけでは無いが、それでも悲しい事に事実は覆ら無いんだよね、これが。


「黙ってねぇで何とか言えってってんだろ! なぁオイ! そんな俺は間違ってるか?」

「多少なりともムカつくけど、その通りだよ。多分、人間に順位・格付けランキングがあったなら、確実にお前より下位しただと思う」

「だったら、何でだよ…どうして俺には才能が無いっ? 何でが欠けてるんだよ…なぁアラタ。頼むから、教えてくれよ」


 どうして俺じゃなくてお前なんだよ。


「もしも才能が不平等な水物だって言うんなら、それなら俺でもっ! 俺だって良かった筈だろ…。こんだけ持ってる俺がを神様がくれたってよかった筈だ」


 僕の返答を求める事に重きを置いていない閉じた疑問文は、当然ながら僕を置いて先へ進む。

 にも関わらず、まるで濁流の様に僕を呑み込んで、彼の思いを先に進めて下流へと落ちる。


「なのにっ! どうしてお前なんだ! 望んでもいないアラタに才能があって! めちゃくちゃ羨ましくて、死ぬ程妬ましいのに…」


 どうして嫌いになれないんだ。


「それどころか、残るお前に賭けて、その果てに勝手に失望して…全然意味分かんねぇよ」


 僕の胸に縋る様な姿勢になりながら嗚咽と本音を絞り出す幼馴染。

 彼のこんな姿を見るのは初めての事で、何と答えれば良いのか――そもそも答える事が正解なのかを判断しかねる。


 けれど、それでもやっぱり僕は口を開くべきなんだと思わざるを得ない。判断しかねていても、全然纏まって無くても。


 僕は彼に言葉を掛けるべきなのだ。

 

 僕こと宮元アラタと彼こと田中悠一は幼馴染で親友で相棒でバンドメンバーなのだから。


 それに互いの足りない所を埋めるのがバディだと彼は良く口にした。

 ならば、何でも持ってる悠一が喉から手が出る程に欲しながらも持っていない部分を、切望しながらも手に入れられなかった覆うのが僕の役割だ。


 ようやく答えに辿り着いた気がする。

 あくまでも、僕の中だけの話だけれど。

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