#161 Sleep Heroism(秘めたる英雄願望)
「お前はさ、どう思う?」
空虚で曖昧な問いの齎す共鳴の中を木の葉の装いでゆるりと同調するかの如く、乾いて干乾びて軽くなった表情は僕の心身を濡れた流砂の様に纏わり付いて、湿った真綿よりも重く…確かに僕を締め付ける。
「どうしてなんだろうな?」
知なき幼子の様にどうしてと繰り返す下賤な様相は、奏者を失くしたか糸の途切れたマリオネットみたいに不規則で人工的な不気味さを醸し出して。
理想を追い掛けるコントラストを無視する様に歪んだ異文化のグラスゴースマイルが平時の彼との
全てはお前のせいだと批判され、糾弾されている様な圧迫を感じるのは、罪の意識から来る妄想が行き過ぎた被害妄想では決して無いだろう。
「なんで、お前がそれを…それを望んでも無いアラタがっ――何で求めてもないそれを持ってんだろうな?」
分かりやすい程の大きな溜息と共に、喜劇めいた仕草で「寄りにも寄ってお前かよ」とお洒落パーマの掛かった前髪を所在無く摘んで嫌味の末尾に言葉を足して加える。
その後に「でもまあ」と僕の言葉を待つことなく胡乱な前置きをしてから、実に忌々しそう唇を歪めたのは、一体何の為で誰に向けた表情か。
「ああ、分かってるし…知ってる。だからこそ、俺はお前に賭けたんだからな。本当にマジで、文字通り」
それ故にお前が持ってる才能に賭けたのが、持たざる俺の
「なのに…いや。別に…自身の才能の欠如や自分の無能さを棚に上げる訳じゃ無いんだ。勝手に信じて、その癖勝手に幻滅しただけなのは重々承知なんだよ」
大袈裟なジェスチャーの後にそう言って、意味深な引き出しを閉じたり開いたりする意図は何処にあって、その果てに向かう場所は何処かにあるのだろうか? 彼は僕に何を告げたいのだろうか?
曖昧な言葉尻に引き摺られて、
彼にとってはどうなのか…僕には分からない。ひょっとしたら分かろうとしていないのかも知らないけれど、それは相似であって同型では無い気がする。
「けど、その果てに掴んだ物がこういう結果ってのはあんまりじゃないか? 結果はともかく、余りにも人情とか、人間味が欠けてやしないか?」
彼の口ぶりは回りくどく、グルグルと核心を外側から埋めて行くみたいに濁りながらも、淀み無く流れて行く。
しかし流れるのはあくまでミックスレイド、その濁流に同期して――或いは巻き込まれて流されて。僕は彼の複雑な深淵に少しずつ触れて、その黒一色ではない闇が幾重にも溶け込んで。
少し崩れた言葉尻を引き摺ったまま、呆気無く唐突に決壊する。
「だからさ、何とか言えよ、アラタ…。この際、釈明でも言い訳でも良いんだ。或いは非難でも逃避でも転嫁でも構わない。この場にいるお前の
「お、おい。なぁ、待てよ…僕は何も……」
「それすら何も無いんだよな? アラタにはッ! 能動的で心から欲する
それは恐らく核心を突く断罪の一振り。僕が見失った音楽活動へのモチベーションを穿つ一筋の矢。
昨日の僕は恋人の前で自身の行ってきた音楽活動を、兼ねて寄りの目的である「真実の愛」へ至る為の通過儀礼の一つと定義した。
それは偽りの無い本音だけど、真意の全てを現した全景では無いのだろう。
だって、人の気持ちなんて境目がはっきりとしない――数学的に綺麗な形で割り切れるブロックみたいなものじゃないし、言語化出来ていない輪郭を失くした曖昧も少なからず存在する。
それらの前提を最大限加味して、相棒の言葉に応えるべき返答を模索する。
出来の悪い頭脳を駆け巡る無数の対案、その殆どは愚にもつかない思い付き。
その中で僅かながら煌めきの光を放つ核心。彗星の如き刹那に消え行く存在を僕は手の中に捕まえられなくて。その割に開き直って居直る事にも耐えられなくて。
「…無いよ。そんなの。全部そのまま…お前の言う通りだ」
「だったら、どうしてっ! なんで、
「…知らないよ。そんなの。僕にはっ、わからない」
襟元を掴まれたせいで言葉が短く途切れる。だから、何だよ。分かんねえよ、何も…何一つ。クソにも劣る馬鹿にも
本当に僕は馬鹿で間抜けだから。
シンガーソングライターのくせに、それを職業としようとしているくせに! 自分の気持ちすら素直に排出出来無いし、そんな些細で微細な事すら的確に表現出来無いんだ。
僕は人間力が低いから。
お前がどうしてそんなに怒っているのか、何に憤っているのか察する事が出来無いよ。
だけど、そんなの全部言い訳で、何の慰めにもならない事位は理解しているけれど。
それでも事実で現実なんだ。
僕はどうするべきか。目指すべき着地点は疎か、その為の指針すら見当もつかない。
皮肉にも、人生の大半を捧げた音楽とそれを共にした相棒とが同じ問題に行き逢った。行方不明で正体不明。ついでに言えば消息不明。
ったく、笑えねぇよ。
「…お前のその態度が何よりも雄弁な答えで。俺にとって、過去最高に…そう――過去最悪に非道く残酷で、冷酷な
ますますもって、笑えない
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