#158 Impermanence We feel(永遠には続かない)

「客観的に見て、ちょっと…まあ正直、重いかなとは思わなくは無いけど――存外、そういう面倒な所がアラタらしくて俺は良いと思うぜ? ありのままっつーか、等身大って感じがする」


 僕が渋々ながら明かしたプレゼント候補についての総評がざっくりこんな感じ。

 邪推で穿った思想を持った観測者としては褒められてるかどうか…何とも微妙な印象を受ける。さらりと面倒とか形容されてるし。


 つーかそもそもさ、『ありのまま』とか『等身大』って着飾る袈裟ケサを持たない無能に残された防衛本能みたいな常套句の言葉だしなぁ。何の取り柄も無い奴を評して「優しい人」って言うのと同じ類の形容である。


 何とも咀嚼し難い評価の重量にずしりと肩を落として頭を抱える僕を気遣う言葉を悠一ユーイチは続けて紡いだ。


「いやマジで、ホント抜群のチョイスだと俺は思う。ただ…それは俺がお前の人間性とか思考を少なからず知ってるからで、彼女がどう思うかは…うん、それはまぁ…そうだな――彼女次第かなぁ……」

「結構言葉を尽くした割に、意外と全然フォローになってないぞ…」


 もう少し歯に衣とかオブラートなんかを色々着せてくれよ。装飾華美で存外非才な本質を隠すくらい過剰に装飾して、あらん限りおもんばってくれ。

 お前が至らぬ言葉を重ねた結果として同じ事を二回言われただけだし、何ならその分普通に傷付いたわ。


 モテ男の気遣いスキルは異性限定ってこともあるまいよ。同性に対しても遜色無い対応をしてこその優男だろ。


「そこは已む無しって所だろ? 俺は彼女の事を全くと言える程に知らないんだ。多少なりとも無責任な物言いにはなるさ」


 事もなさげにさらりと言ってしまう辺りが流石の風格だが、僕の置かれたポジションは何一つ好転していないのがミソでありナゾでもあり、押し付けがましい不満でもある。

 

 開いた上着の襟元付近をギュッと握ってから、やがてすぐに馬鹿らしくなって離す。


「…良いけどさ別に。お前の言うとおり、これは彼女次第で、引いては僕次第の問題だ。助言を貰えただけ、ありがたいと思うよ」

「何だ? やけに素直だな。アラタとは思えない…何かあったか?」


 せっかく良い感じに、ながらもきちんと締めたつもりなのに更なる追求。ニヤニヤしきった顔が憎たらしい。


 呼気と共に吐き出したのは僕の本音で、紛れもない溜息。

 

「さあね。僕はいつだって僕だよ。ただまあ、心身共に少し大人になったってことじゃねぇの?」

「おっ、言うねぇ。流石は童貞」

「うるせぇ」


 口の端に笑いを携えながら、隣に座る幼馴染の肩に拳を入れる。こういった明け透けな関係性はとても得難く、本当に心の底から得難い貴重なものだと思うよ。


 僕達は古い知り合いで、親しい幼馴染で、誰よりも互いを知っている親友だと思っていた。少なくとも僕はそう信じて疑わなかった。


 けれど、少しくらいは疑うべきだったのだと後になって思う。

 彼が持つ生来の要領や家柄故の高貴な雰囲気、育ちの中で獲得したカジュアルな物腰――彼が形成したあらゆる迷彩に騙される事無く、真実の可能性を一片くらいは考慮すべきだった。


 それが出来るのは昔から田中悠一の隣に立つ宮元新だけなのだから。


 とは言え。

 そういうのも全部後付けで、後から思い付いた最適案。

 僕達はひとしきり笑いながら、男同士で気味悪く戯れた。絵面は本当に最悪だと思う。


「しかし、これで肩の荷も降りたんじゃないか?」

「ん?」

「アラタが長年探してたものも見つかった訳だし、やっと音楽に打ち込めるんじゃないか?」


 屈託のない笑顔で投げかけられたその言葉はとても重いボール。音楽に打ち込む…か。

 

「んだよ。どうした? これから俺達はメジャーだぜ? いよいよ音楽でサクセスしてさ、田舎者が都会トーキョーで成り上がる時期ときだろ?」


 軽口に対して、軽々に投げ返せない僕に業を煮やしたのか、その顔は疑念に歪んでいる。そう言えば、モチベーションの欠落や理由の行方不明についてまだ悠一コイツには話してなかったっけ……。


 でも、それを伝えるのすら甘えに感じられるのも事実なんだよな。日本人的な無宗教の僕として、懺悔とか意味不明で縁遠い文化だしさ。

 そもそも嘘とか罪の告白は基本的にした方だけが楽になる――極めて一方的なデトックスだと見なしているから、何と言うか一層に気が引けて進まない。


「マジでどうかしたか? 何か本気で様子がおかしくね?」

「いや、まあ…ちょっとな。うん、思う所がそれなりに、多々ある感じかな?」


 含む所が大き過ぎて胡乱な物言いになってしまう。

 個人的な美学として質問を質問で返すのもどうかと思うし、仮に誤魔化すつもりならばもっと巧くやれよと自分を叱咤したくなる。


 左手で頭を抱える。その際に生じるのは、腕時計とブレスレットが擦れて小さな金属音。焦燥の早鐘に似た音。


 外環境に感応し反応する心拍がやけに煩いが、どうしようか?

 もう、甘えとかそういうのをうっちゃって、ぶち撒けてしまおうか?


 そういった悩みの輪廻が一層の混乱を掻き立てる。ああ…もう、どうにでもあれ…なれ! 


「あーっと、その…さ? 音楽でサクセスとか全然考えてなくて、考えたことすら無くて――つーか、そもそもなんで僕は音楽やってんだろう。これから僕は何の為に歌うんだろうって状態なんだよね、コレが」


 やばい。何か上手く言語化出来てない感じがする。

 サクセス云々については純粋な本音だけど、何の為に歌うってくだりはちょっと大仰に言ってる感じが凄い。もっと言葉を吟味すべきだった可能性大だ。

 明確な言葉が色々足りないし、その癖曖昧な表現が諸々余計だし。デコるべき配慮とか感情とかも欠落している気がするし……その辺にオッカムの剃刀とか落ちてないかな?


 伝説の武器を毒沼で探す勇者宜しく、思考の為に実存しない幻の刃を探すのも無理がなかろうと言うものだろう。

 だって、その証拠にほら、悠一だって戸惑ってんじゃん! 明らかに「何いってんだコイツ」的なテイストに満ちてて、意味不明で狼狽マックス満載で頭抱えてんじゃん!!


 後悔と混乱は寒風に連れて行かれる事無く停滞し、その上に気まずい雰囲気を形成する厄介者だ。たっぷりの沈黙を挟んだ後に悠一はゆっくりと重たい口を開いた。


「なぁ…アラタ。一つ聞きたいんだが、いいか?」

「お、お? おおう…任せろ。僕に分かることならなんなりと、どんと来いよ。Hey, What,s up!」


 鎮めた低い問い掛けに対する、軽い返答。

 その対応の理由は色々あるけれど、要約したり畢竟したり。想像したり、創造すれば大体が僕の能力不足に起因するから、もう…本当に何も言えねぇ。


「なぁ、アラタ。お前が音楽を始めた理由は知ってる。ああ、分かる。経験として理解出来る。原初はそんなもんだよな。些細な気持ちで皆始めるもんだ」


 思春期の多感な時期に、憧れの人物に促されたから音楽を始めた。安物のギターを手にとって、マイクに向かって吠える事を良しとした。分かるよ。


 言葉の内外にそれを込めたキミ。

 僕の音楽人生をすぐ横で見ていた彼ならそう言うだろうさ。


 それこそ、僕にも分かる。僕にだって分かる。僕にしかわからない。


「でもな、そこからは! それだけでやって来たのか? プリミティブな種火だけを抱えて、そんな些細な物からスタートして歩いた先には…お前は現実的な成功を目指さなかったって言うのか?」


 次第に波を大きく深く震わせるのはきっと心模様に同調した生きる振動。彼の感情が載っている。

 ぼんやりながらおぼろげな終着と執着は見えてきた。その過程とその先はわからない。それが僕の頭の限界値。


「その持って生まれた歌声さいのうでっ…、長年磨き上げた歌唱スキルは何の為のもんだったんだよッ? なぁっ! おい!」


 立ち上がり、声を荒げる長身の男とは違って僕には何もなかった。

 歌う理由も。返す言葉も。何も。


 まだ、なにもない。

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