#157 Fated Crown(宿命の道化)
そんなこんなで物思いと自身の中――住所不定かつ行方不明のアイデンティティ。
その
一人寂しく街を徘徊した上でなおも予定までに余暇の時間があったので昼飯を兼ねたブランチとしけこんだ訳だ。
僕を筆頭としたデキる男はスキマ時間を上手に活用するのだ。
まあ…スキマ時間を上手に活用するからと言って、デキる男とは限らないのが難しい所な訳だが。多分デキる男に隙間や枚挙は存在しないというのが僕の持論ではある。
そんなこんなの、その迂遠で遠回りな過程と道筋と、どこかの足跡の時点で――汚れ落としの風呂は恋人の家で借りたものの――お湯で清めた肌に重ねた衣服は昨日と同じものだという衝撃の事実に思い当たった。
だが、別にいいかと楽観的に切り替える。
これから会う相手は旧知の中で竹馬の友なのだ。
メロスとセリヌンティウスを思わせる僕達幼馴染は今更お互いに気にするような仲でも無い…って、こういうのが甘えなのかな? いや違うな多分。こういうことじゃない。僕は邪智暴虐を決して許さない、いや絶対これは違うな。マジで関係の無いただのおふざけだ。
個人の意志とは関係なく無碍に押しては引いて、にっちもさっちも行かない割に案外左右にブレまくる価値観を海老天の尻尾と共にボリボリ
ごちそうさまと器をお盆ごと返して暖簾を背にした僕に容赦無く吹き付ける北風が、太陽の様に才気溢れるイケメンを連れて来た。偉大なるイソップだかアンデルセンに謝れよ。ごめんなさい。
「おーす…アラタは恋人の昼飯より出来合いの讃岐うどんが好きなのか?」
右手を挙げて適当な文句を最高の笑顔を見せる幼馴染。
どうにもこうにもいちいち仕草が絵になる男で、同性として嫉妬の念が如何とも抑え切れないな。
もうこれからのMVはコイツ一人をカメラで追っていれば良いとさえ思う。その際には、すげぇ自己完結的で女々しい歌詞を載せた売れ線の泣きメロを書いてやるよ。
「…うるさいな。僕だって出来る事なら三食は
などと言う、苛立ち満載の醜いルサンチマンと嫉妬オンリーのエゴイスティックが混ざった毒毒しい感情故の返答。生まれ持つ
「ったくよ、付き合いたての初々しいカップルは本当に…目が潰れる程にラブラブで羨ましい限りだよ。胸焼けしすぎて脳が溶けそうだわ」
皮肉られる内容が幼稚過ぎて、普通にダメージを喰らう。いいだろ、中学生みたいな恋愛を二十代男女がしてもさ!
「そもそもさ…恋に浮かれる僕なんて珍しく無いだろ? 基本的に僕は惚れやすく離れやすい性質なんだ」
悔しげに口を尖らせて呟いた台詞の格好悪さに身悶える。どんな吐露だよ、ダセェよなあ僕。
しかもその癖、勝手に盛り上がった挙句身勝手に幻滅するタイプだから最悪だよ。
喉の奥に居座る毒々しい苦虫の味は対面する長髪の色男と共有出来ない。したくもないけど。
「今迄はともかく、今度は末長く続くといいよな。まあ行こうぜ、その辺も含めて色々話そう」
めちゃくちゃ格好良い台詞をなんでもなく言ってのけて、右手の親指で進行方向を指し示す。ともあれ、先程の一連の所作は僕の心の名言集に刻んでおくとしよう。
そんな感じでプラプラと色めき賑わう街を男二人でゆったりと追い越して、目的があるようで無いような行進を暫く続けた。
交わされる会話は昔から大して変わらない。幼い頃から愛読している少年漫画の話や最近ディグった音楽の話、それに加えてホットな恋人の話を慎み深く口にした。
「結局ここかよ…」
「まあ、俺達地元民なら普通に良く来るわな」
喧騒溢れる街中から歩いて数分、僕達は――なんとも僕にとってソウルプレイスである河沿い近辺に来た訳だ。
尤も、僕個人の私的な見解に依ればもう少し北側が慣れ親しんだホームなのだけど、河沿いで河原と言う意味ではまあ大きく齟齬は無いだろう。
年の瀬間際の師走の時分、男二人でベンチに並んで腰を下ろす。その世間体的な意味での気不味さからか、少しの沈黙。
遠くに聴こえる他人の声と近くを流れるせせらぎと。寒さに震えて鼻を啜る音が断続的に連続した。
「んで、アラタ。お前の相談ってのはひょっとして
「なにっ?」
心地の良い環境音に身を浸していた僕にぶつけられる出し抜けのキラーパス風味満載の質問…というか普通に正解で正論。何故分かった?
エスパーかそれに類する特殊な訓練とか受けてます?
不可解で超人的な推理力に首を傾げて頭を擡げる僕を容赦無く襲う親友からの懇切丁寧な二陣三陣。
「いや、な? 時期とかタイミングとか、お前の物言いとか…諸々あらゆる情報と可能性と、それからアラタを考慮にいれたらそんな所かなって」
超推理みたいで普通に論理的な上に感情的なアナログ因子までもを完璧に含んだ推察に対して僕が言えることなんてたかが知れてる。
故に肯定。
そもそも人生経験のステージが僕よりも遥かに上に位置する幼馴染に口論で勝てる事なんて、それこそ僕の二十年ちょっとの人生経験上殆ど無い。たまたま勝利する際は、僕が最初から圧倒的に優位な時だけだ。
とは言え、
「まあ…そうだな。そんなとこ…ああ、そうだよ。その通りだよ!」
「お、おう。そんなに激高するとこかよ…」
お洒落パーマを適当にくるくるとイジりながらもその言は非道く的確に正鵠を射ている――なんて、そこまで大層な代物では無いけれど、こういうちょっとしたことの精度にも器量や才気が溢れるものだと、才気煥発型の彼を率直に言って羨ましく思うことはある。
そんな小市民的な羨望をふわふわと思い浮かべてる間に――全く一体いつの間に取り出したのか――紫煙の昇る白筒をシルバーリングの合間に挟んで言葉を紡いだ。
「何にせよ。日がねぇから、今日中に決めれたらいいわな。俺で良ければ全然力を貸すし」
「お、お前っ…、本当に良いのか?」
「何故にそんなシリアスっぽい表情を?」
「その場のノリかなぁ…」
後は普通に照れ隠しとか、昨日までの反動とかがある。
そうは思うものの慣れないシリアスが続き過ぎて、それがデフォルトとなって未だ抜け切れて無い――謂わば精神的な二日酔いの一種みたいなものかも知れない。
なんか真面目ってやだなぁ、もっと軽薄で浮き世離れした阿呆でありたいのになぁ。
「それで? 今んとこ、アラタはどんなものをあげようと思ってんの?」
「ああ…その、一応さ――」
身振り手振りを交えて、底の浅い考えを披露する。どう贔屓目に見ても、どんなに頑張ってフォローしても、余り…余りに気の利いたプレゼントとは思えないが、それでもこれ以外には思い付かなかった。
その後、僕の意見が幼馴染のどういう反応を呼び起こすか。また、それによって僕が間抜けにも負うことになる感応については、また次回。
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