#154 Stop keeping things as you are(君である為に)

 個人の主観と他者の客観によって歪んだ拡張をされていない――正真正銘のが視野角の内側に再現される眼前の景色。

 見慣れたとは言えない恋人の部屋に透明なままに充満し、未だにしつこく横たわる――家族間における門外不出の秘められたる過去。


 明確には確実に部外者でありながらも、微妙に当事者の一員でもある金髪童貞バンドマンたる僕はひたすらに不器用に、想い人の綺麗な瞳を見据える。


 僕に出来る…本当に小さな助力や助言は既に放っている。

 後は野となれ山となれとまでは言わないまでも、持ち前の無責任と紙一重なケセラセラ精神を存分に発揮しつつ物語の新たな展開を待つ。


 だってもう、こんなの後は祈るしかないじゃん?

 実際、僕に出来る事って全然ないし、何なら毛ほども存在しないじゃん?


 いやマジで本当に、結構瀬戸際にも関わらず何も出来ない主人公はクールの外面ペルソナを厚顔無恥にも貼り付けて、どっしりと構えて余裕のあるフリを懸命に続けるのみだ。

 アレかな、目とか閉じて無闇に寡黙で重厚な感じとか出した方が良いのかな? いやまあそんなの無意味だろ。


 そうやって何度も逡巡と後悔と、もっと上手にのではないかという妄想多めな仮定イフをぐるぐるとループして、そろそろ涅槃だか真理だかに辿り着こうとした僕の耳に届く微かな声。


「ねえ…」

「ん?」

「なんで?」

 

 彼女のその口調は語り聞かせる様に横たわる静かなもので、先程まで狂乱していた女性のものと同じ感じには思えない。


 けれど、それは恐らく僕の持つ――理想郷を写し出した押し付けがましい幻想で。元来人間とはそういう右往左往な曖昧を持ち得るものだとも思う。


 そんな風に人が、原始から続く生来より持った揺らぎはオンオフみたいに割り切れる類のデジタル的なスイッチでは無くて、もっとファジィでリキッドな性質を持つのだろう。


 だから、僕はソリッドで閉鎖的な精神をひたすらに座して、ヴィクトリーを象徴したボスの様に鎮座して続きを待つ。

 有機的かつ無軌道に動いてブレる彼女の気持ちをおもんばかって聞き入る。


「なんで、貴方は私を見捨てないの? どうしてアラタくんは…こんな私に付き合ってくれるの?」


 すがる様な声音が含んだ感情はそれだけで無いことは明白だけど、殊更それを指摘する必要も無いし、を超えて積極的に構える理由も無い。


 だから、僕の返答は明瞭だし、何よりも明確だ。


「好きだからかな」

「は?…え。ああ、えーっと…そ、それだけなの…?」

「それ以外は無いよ」


 結果として極めて完結でクソみたいに広がらない問答になってしまって、気不味い沈黙を呼ぶ羽目になってしまった。いやほんと気不味い。自身のアドリブ力の無さとヘタクソな言葉選びが憎くて仕方ない。


 考えてみれば、僕としては基本的に以外の理由を持たないのでこう答える他無いのだけど、彼女的には素っ頓狂な返答だったのかな?


 他者の気持ちは相変わらず良くわからんけれど、僕は僕の代弁者として音を震わせて喉を鳴らす。


「愛してるからって言っても良いけど、基本的にはそれだけだ」

「そんな…でいいの?」


 そんなことでと小さな声で呟くように繰り返した。

 その後に呆然しつつも自失はしていない彼女はポカンと口を開けて「あたりまえ」を僕に尋ねた。質問内容はともかく、そういう風にこてんと首を傾げる姿や姿勢が愛らしくいじらしい。


「そんなことじゃないんだ。は、マジで」


 顔が紅くなってやしないかな?

 息が荒くなってやしないかな?

 口調がキモい感じになってないかな?


 不安は色々尽きないけれど、足は止めずに口は閉じずに僕は僕を開示していく。痛々しく広げて生々しく詳らかに。

 新山ニイヤマ彩夏アヤカの過去と現在を無遠慮に暴いた代償と言う訳でも無いが、宮元アラタという小さな箱を開いて中身を君に見せよう。


「何度か言ったと思うけれど、僕は…ああ、クソ、やっぱちょっと恥ずかしいな……十秒頂戴、その間に覚悟をするから」


 右掌を前に突き出してプリーズウェィト。

 この期に及んで何ともみっともないことは重々承知だし、本当に自分では分かってんだけど…それでも…ね?


 数回深呼吸をして血液を体内に循環させる。不随意的に健気にはたらく無数のヘモグロビンが酸素と共に勇気を運んでくれる…ハズだ!


 と言うか、そもそも中断の許可や了承が出てない気もするが、まあ猪突猛進を傘に着て袈裟にしちゃって突き進もう。


「いいかい彩夏? 何度も、何処でも。僕は過去から現在に至るまでずっと主張し続けて来た事が一つある。欲しくて欲しくて恥を晒して、迷ったり無駄足を何度も重ねたけれど、諦めきれなかったものが一つだけあるんだ」


 何なら今での僕の人生の全てはその為のものだったと言えるだろう。そう言い切っても恐らく大言壮語でも無いし、誇張表現でも無いはずだ。


 考えてみれば「バンド」だってその為の手段の一つかも知れない。自分を知って、自分を知って貰う為の交流手段ツール


 ルックス微妙、学力偏向的、身体能力普通、女性経験ゼロ、その他諸共は十把一絡げという僕が唯一他者と差別化が図れる…のかどうかは自分ではよく分かっていないけど、それどころかモチベーションは未だ不確定で不安定だけど!


 なんかもう全然何の話か忘れそうだから軌道修正。そろそろ真面目にやれよ僕。


「僕はずっと真実の愛を探して、求めてた」


 内申のシリアスブレイカーなメダパニをおくびにも出さずに鉄製の面の皮を用いて必要以上に格好つけた声を出す。

そう虚勢を付加しないと羞恥に潰れてしまいそうだったってことも少なからずある。僕の願いは恥ずかしいものでは無いと信じているけれど、それを言葉にして他人に伝えるという行為は多少なりとも面映い。

 

「そして、ずっと探してた宝物それが君の中にある」


 断ち切る様に素早い所作を持って彼女の左胸を指差す。数センチ先に豊かで柔らかな風船があるが、まだ触れられない…大変口惜しいですっ!


 僕が意図したのは当然煩悩まみれの性欲では無く、有り体に言って新山彩夏の心。


「君だけが僕に愛を注いでくれる。僕のずっと求めていたものをくれる。他の誰かなんか知らない、僕に唯一をくれるただ一人の存在ゆいいつ


 それだけは断言出来るよ。


「それだけじゃあ足りないかもしれないけど…それで足りない部分はさ」


 そう告げる僕の表情は果たして気持ち悪くなかっただろうか?

 後から考えてもそれだけが本当に心配で気掛かりなのだけど、おいおい大丈夫かな?


 口角の隅っこが照れとか色んな理由で上がるのを感じながら僕は臆病風を掻き消して続きを紡いだんだ。


「足りない部分は探して行こうよ」

「そ、それって、その…」

「これは僕が手にする一つの提案。これももう、何度目かな…? 乗るかどうか君次第」


 そんな適当な上に既視感ありありな事を口走りながら…とう言うか、感情的に口走った直後に物思う。


 なにこれ、プロポーズかな、と。


「アラタくん……」


 上気した顔色の上に潤んだ瞳を浮かべた愛しい人。

 浅い吐息に掠れた声。含んだ個人的な情動。


 どちらともなく無意識に重ねた掌がやがて握られる。ゆっくりとたどたどしく、からめて一つになる。


 僕の指先には実物のシルバーリング、彼女の指先には確固とした後悔と再起のチケットが握られていて。


 架空と実存が積み重なった先の結末は、また次回…で、果たして終るのかな?

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