#152 Sign Post(痕跡)
「どうして、か…」
頼る所は疎か、寄る辺の無いあやふやなその一言は独り言の様に口の中から呆気無くするりと抜けて行く。
彼女の堅牢な身持ちの様になんとも固いソファに深く背を預けて、そんなに高くもない天井を僕の人間性みたいに薄っすらぼんやり、視界の端っこで見ながら脳中枢の主力艦隊を使って考える。
彼女の事、父親の事。妹と母親の事。
それらの最適な関わり方と繋がり方。
或いは適切な離れ方や距離の置き方。
それらの感情的な要素を少なからず客観視して、多少なりとも知性を持って見聞するに多分、ちょっとばかりそれらが大きく食い違ってしまっただけで、別に家族の関係性としては…そんなに、大それて大層間違っていないんじゃないかな?
きっと多分…というか絶対。
空気を読まずに少なからずそう思ってしまうのはきっと僕が何処までも環の外に位置する部外者であるからである事に他ならない。
だって、当事者たる
ならば、そんな個々人の思惑を統合するに、既に通り過ぎたそれは誤りで正すべき間違いなんだろう。
そうであれば、僕の行動する理由や正当性も同時に保持され出現するはずだ。
よし、心身を纏う理論武装のチャージが完了! もう少し頑張ろう!
「客観的に冷たく言わせて貰えれば、君達家族には――その、所謂…相互の対話が足りなかったと思う。知ってもらおう、分かってあげようとする姿勢がお互いに少なかったんだと思う」
「対話…」
「ああ…うん。所謂、
僕はとっても苦手な分野だけど。一体どの口が言うんだか…。
恥知らずな僕はともかく、母親を亡くした新山家にはそれが足りてなかった。登場人物が一人残らず。全員が。
故に結論付けると…、
「だから、新山一幸はもっと心中を明かすべきだった。秘めた葛藤をぶち撒けるべきだった」
己の抱える色んな不安や焦燥をみっともなく家族に見せるべきだった。
父親のベールを脱いで、一人の人間としての着飾らない等身大の姿を白日に晒すべきだった。
その行為がどれ程格好悪くてみっともなくとも、くだらない外聞なんぞを吐き捨てて彼はきっとそうするべきだった。そうあるべきだったのに、そうしなかった。
その理由はどうあれ、何であれ。
それが過去から鑑みた間違いの無い理想的な正答だったはずだ。
そして、
「新山彩乃はもっと家族に関わるべきだった。その冴えた頭脳と優れた人間力を持って家族間の不和の調整に携わり、その腫瘍の摘出に尽力すべきだった」
過去の重荷故か、皮肉混じりに家族を斜めに見る癖に、現在の姉の姿を思って未来の姉の為を思い、心の底から涙を流せる素敵で優しい女性だ。
けれど、そんな素を見せる対象は隔絶された僕なんかではなく、直に家族の前でこそあるべきであった。
軽薄な行動ばかりでお茶を濁し、状況を見て見ぬ振りをする。そういうスタイルならばそれで良い。
しかし、そんな道化の仮面を貫けない彼女の優しさが結果的に不幸の増長の更なる形成に加担した事になってしまった。
そして、最後に。
「新山彩夏。君も父親同様、もっと自分を晒すべきだったんだよ。殻に閉じ篭もって心を塞いで…その気持ちは分かるとは言わないけど、君がそうしたくなる気持ちは察することが出来るけど―――それじゃあやっぱり駄目だったんだ」
不信感や疑念、絶望とか寂寞とかそういうネガティヴな種類の感情を自分の中で歪に育てていないで、父親にダイレクトに届けるべきだった。
生々しい本音をぶつけて、ぶん殴ってぶん殴られるべきだった。
お互いの抱えるもやもやを理解し合って許容したりしなかったりする事が必要だった。
ここで息継ぎ代わりの溜息を一つ。それを生贄に吸気。間を置いて心を保つ。それでも足りなくて、頭を抱えて髪を掻く。
時間調整。
「あまり言うと、押し付けがましい説教臭くなってしまって嫌だけど、これが僕の個人的な見解」
詰まる所は全部後付けのそもそも論。
後からなら何とでも言えるクソみたいな正論。
部外者だからこそ普通に思う一つの正答例。
更にそもそも論で言うならば、本当にそもそも―――こんなに拗れてしまう様な種類の出来事じゃないと思う。こんなに捩じ曲がる程に難しい話じゃないはずだ。
登場人物がほんの少しだけ…本当に少しだけ。一歩にも満たない距離を踏み出して寄り添おうとすれば呆気無く氷解する様な薄い壁なんだけど。
なんだけど、愚鈍で鈍い事に定評のある僕としても、流石にそこまで突き放せない。
それは当事者の気持ちを一切配慮しない余りにも身勝手で無責任で―――何より押し付けがましい最低の意見だから。
だから僕は静かに待つ事にする。
君が答えを出して、それを教えてくれる瞬間を。
願わくば僕にとってもハッピーなものだと良いと祈りながら、他方で全然別の事を考えたりもする。
根本的かつ初歩的な問題として、そもそも、僕は何でこんなことしているんだっけと。
目を閉じて、ここ数日の行動を振り返りながらそんなことを取り留めも無く考えた。
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