#146 Breaking The Habit(過去を打ち壊す)
きっとさ。
その各々、各人の人生における…些細で重大な分岐点はいつでも無意味なくらい壮大に――それこそ無限に、意味不明なそこらの交差点みたく雑多に
例えば、初めてギターを弾いて歌った瞬間がそうだ。
きっとそれは紛れも無く僕の転機であった。
その数々の愚かな行為のおかげで、少しだけ大人に近付いた様な幼き錯覚と人工的に栽培された芳醇な酩酊感が永きに渡って弱い心を支えた。
そこに足すこと、ピアスを左耳に空けた日も殆ど同じ感触と言えるだろう。
世界に対する漫然とした反抗心を具体的に身に刻む感覚は、空っぽで空回りばかりの針を少しだけ前に進めた気がする。
例えそれが空虚な虚栄だとしても僕にとっては大事な事で、何かしらの価値や言語化出来ない意味があった…はずだ。と思う。多分、きっと。
そして、
僕がパッと思い付くだけでも幾つかあるが、恐らく今回のお話もそこのリストに加わる事だろうと漠然と思う。
その結果、彼女を傷付けて―――更にその結果、僕が彼女に嫌われることになるかも知れない。
そしたら、僕はとても――とてつもなく深く傷付くことになるだろう。
けれど、それも致し方無い。僕の事よりも彼女の人生の方が大事だから。
でも、もし本当にそうなったら僕は自暴自棄の末に自殺に及んでしまうかも知れないが、それもまた人生さ。そうなったらそれはそれで仕方無くない!
少々、混乱気味でそもそものスペックが足りないオツムを何とか抱えて、どうにも支えながらソファの隣に座る恋人を見る。
より具体的には、長い前髪の後ろに隠れた
「いいかい、彩夏…僕は嘘は言わない――とは口が裂けても絶対言わないし、言えない。前も言ったけど、僕は普通の人間だから虚偽や隠蔽を否定しない。それらに頼る事もある」
大変情けない話ではあるけれど、それが
そんな虚虚実実をふんだんに盛り込まずに、肌一貫着の身着のままグルービーに生きていけたら幸いだけど、不器用で不格好を地で行く僕はそうは行かない。
ちんけな個人的挟持やクソみたいに私的な平穏を守るために嘘を付いて他人を欺いて、自分を誤魔化した経験だって日常茶飯事で数え切れないよ。
「けれど、今回に限っては一切の虚偽や
「い、いや…その。正直、勝手にエキサイトされても困るとい―――」
「本当に嫌なら拒めば良い。いつかの様に拒絶して追放すれば良い。それは君が有する当たり前の権利だ。僕はそういう個人を限り無く尊重したいと思う」
かつて君に拒絶された僕としては
「けれど、それでは何も変わらない。今のまま…君は止まった時計の上を不毛な気持ちと共に、
「な、なっ…何を言って……」
「僕はさ…君と歩みたいんだ。君と同じ
大胆な告白は女の子の特権だと言う俗説があるが、男の子の場合はどうだろうか? それに近しい権利は有しているんだろうか?
彼女の困窮した表情を見る限り、そういう論理は望み薄ではあるけれど。凄い恥ずかしい気がするけれど…知らねぇよ!
「格好付けて――柄にも無く、色々と諸々付け過ぎて――分を超えて
その実、今の君は幸福を怖がっている。
「自身が、自身の幸福に近付くのを極端に恐れている。現状の――目に見える分かりやすい不幸に何となく安心して、思考停止で浸っている。分かるよ。それって適度に苦い割に、案外心身ともに後腐れなくて。慣れてしまえばまあまあ
君は幸福になるべきなんだ。
もっと劇的に激的に。
その過程で僕が幸福にしてやるなんて――男前で自分勝手で――身勝手で独り善がりの陶酔の極みみたいな事は言わない、言えない。だけど、
「君の幸福は、現状の…停滞の不幸せの先にはきっと無い。多分ありえない」
「あ…いや、ヤメて。違うの…違う違う違う! そうじゃない。そうじゃなくて違うの! ああ止めて! やめてヤメテ…違うよ! そうじゃない。貴方の言う――そんな私は、私はっッ……」
僕の声に呼応して感応して。
狂乱する様に耳を塞いで、物理的に声と心を閉ざす彼女に対して恋愛
つーか、マジでめちゃくちゃ少ない――とくれば、すなわち脳筋プレイで強行突破の一択である。誰かパワーレベリングしてくんねぇかな?
脆弱で貧困な選択肢しか持たない故に気遣いとは程遠い――身勝手な感情と論理の押し付けしか知らなくて、それしか出来ない…。
乱れた髪を追い越して、歪む顔を覆う細い手首を掴んで、僕はみっともなく吠える。
「僕は結局、身勝手で自分勝手だ」
震える声で、自らの至らなさをマゾヒスティックに叫ぶ羽目になるとは想定外だ。もっとずっと、スマートに運ぶつもりだったんだけど…出たとこ勝負で行くしか無いのかな?
「畢竟するまでも無く、僕の採択する行動指針の八割はフィーリングと思い付きだ。論理的な道理や道徳なんて殆ど無い、辻褄が合わない事なんてしょっちゅうだ。だけど、本当に大切な因果ってものはそれなりに信じてる」
思えば、僕は生来の人間性として愚鈍で浅慮な愚か者だった。
いつだって誰かにとっての道化で社会における除け者で、世界の端っこのステージの上でしか輝けない。スポットが当たるのは最長でもせいぜい二時間位の短い主役格だ。
それでも守りたい世界があるだとか大仰で大層な台詞を吐いたりしないが、どうしても守りたい
「とかはまあ。そんなのなんて…、別に良いんだ。僕なんかの意見はさ、実際問題どうでもいいにも程がある」
「そ、それは…あの一体どうい……?」
大言壮語を唾と共に出したけど、実際の僕は溜息混じりの吐息に乗せて本音を呟く。
彼女のリアクションはそれを受けた訳でも無いのに拍子抜けと言った様子。
済まないね。
でも、僕はずっと昔からこうだし、これからもきっとそうだよ。
意志薄弱な自分が引き摺られるのをグッと引き留めて、堪える。
「ただ、僕は君に抗って欲しいと思ってる。生まれとか育ちとか…そこから派生する運命とか。そういう当て所無くて希薄なくせに存在感抜群のくだらない―――頑張る人間の足を引っ張る事しか能が無いクソみたいなしがらみを引き摺って、引き千切って欲しいと思ってる」
その為に僕はここにいる。
例えその果てに僕の
「と言う訳でare you ready? you are all right? 君の立場や心根は関係無く、僕はそれを踏まえて自分勝手に喋ることにする」
僕は生来、何物にも縛られる事を良しとしない性格だ。
法律とか道徳とか倫理とかそんなに興味が無いし、そもそもそんなに意識して保有していない。世間一般に蔓延して共有してる常識とか当たり前とか全然知らない。ヤバイね。
けれど、その逆説的に鎖じみた存在のそれは、非常識な僕すらを内包する大局的で包括的な実に大きいものだ。
だから僕は、自身の価値すらも軽視して――あらゆる全てを度外視して君の名を呼んで――君の手を掴む為に有しない理の全てを投げ出す。
口惜しい程に奥歯に挟まる無力感を抱きしめながら、僕は君の手を繋ぐ。
君の心の芯線と一瞬でも繋がれる様に、静かに祈る。
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