#132 GCB(最大公約数)

長女アヤカの為…だと? 彼氏が過去の醜態を確かめる事が娘の為になると――そんな意味不明で道理の通らない理由でっ、不遜な発言をしたと言うのか?」

「えぇ。少なくとも僕はを信じています。彩夏カノジョの為に出来る数少ない手段が、口惜しいことに"コレ"だけだったのです」


 新山ニイヤマ氏は中腰の姿勢のまま不自然な周期で肩を震わせる。

 その震源元である感情は純粋な怒りかそれ以外か…。それ以外だとイイなぁ…なんならイチかバチかで歓喜とかだったりしないかなぁ?


 儚い希望を胸に僕は腰を下ろしたままに言葉を紡ぐ。

 当初思い描いた予定に無い展開だが、不安満載のアドリブ力を発揮するか、都合の良い覚醒を期待するしか無い。


彩夏アヤカが抱える心的外傷の一因が過去の出来事にあるのは一見して明らかです。そして彩乃アヤノさんは父親の行動が関係していると言った」


 姉があんな風になってしまったのは―――自分と違って、姉がしまったのは、二次性徴と周りの目。加えて過去の不義理が原因と彼女は言った。


「だから僕は貴方に会いに来た。挨拶では無く、真相を追求する為に。とうに終わった出来事を蒸し返す為に。とっくに塞がったはずの痛ましい傷痕を掘り起こす為に!」


 だから、僕は此処ココに来たんです。


 熱くなりそうになる語りを意識して抑える。良くも悪くも感情がキレたら終わりだ。最低限、繋げたままで――クールとは行かなくともクレバーに行きたい。


「勿論、余りに礼を欠いた行為だとは自覚しています。貴方にとって愉快で無い内容だとも。でも、それでも僕は彩夏を助けたい。過去に縛られ、現在を歩めない女性を救いたいんです」


 この二週間で一体何度目の恥ずかしい台詞だろうか?

 こうして客観的に自分を見ているフリをしないと羞恥に心臓を掴まれて死にそうになる。茶化して嘲る姿勢ポーズを取らないと矮小な自己が崩壊しそうになる。


 自己崩壊と自己批判を絶えず行う事で自己を安定させるという詮無き不毛なジェンガを内面に仕舞って彼の動きを待つ。心の動きから発露する言葉を待つ。


 初老に差し掛かろうとする男性の喉を震わす乾いた砂漠の波。


宮元ミヤモト君…、君は。君は……」

「なんでしょう?」


 それにについてはどう思うのだ?


「君は――」

「それは…僕としては、仕方の無い事だと思います」

「な、に……? それは、どういう…」


 そもそも代償って言われてもねぇ…何かを得るには何かを失う必要があるのは分かるけど、基本的に門外漢で専門外――真に興味の薄いテーマだよ。


 土台、僕はそんなに頭のキレる聡明な奴じゃないし、そもそもキレる程大それた頭脳を持っていない。彼が評した様には賢しくも無いし、要領なんかこれっぽっちも良くは無い。

 ついでに言えば有能なんて言葉とは程遠いし、優秀なんて評価は来世に期待するしか無い程度の能力しか持たない。


 だから、そんな深淵なテーマについて深い考えを持ち合わせているハズも無い。野生のチンパンジーにフェルマーを解かせる位に愚かで無謀で、無理筋な幻想の押し付けだ。


 けれど、そんなどうしょうもない僕にも一つ確かな事もある。胸中に燃える一つの旗がある。


「本当に、それは事だと思います。初対面の貴方を責めるのは心苦しいですし――少なからず胸が痛みますが――彼女には代えられません。彩夏が救われるなら、必要な事だと言い切れる」


 それが全てだ。

 その為に支払われるありとあらゆる対価は正当化される。

 愛と言う大義名分の名の下には全ての行為が免責され許容される。

 下卑な手段ややり口もその一つ。


 だけど、


僕に話して頂ければと思います。勿論、無理強いはしませんし、出来ません」


 各個人の意思だけはその闘争の中でも絶対に侵せない。侵犯出来無い唯一だ。

 だから、僕に出来る事はここまでで、僕に言えるのはコレだけ。


「僕は手を開いて場に出しました。後は新山さん、貴方の選択だけです。るのかそれともりるのか、決めるのは貴方自身です。他の誰でもありません」


 今更思うが、名誉毀損とかになったらどうしようか? 事務所は守ってくれるのだろうか? その分野に強い敏腕弁護士とか用意してくれるのだろうか?


 まあ、どうなろうと所詮ケセラセラのレットイットビーだろう。なるようになるし、なるようにしかならないよ。


 適度に横に逸れた適当な未来を脳の片隅とかの何処かしらでぼんやり思い浮かべながら僕は待つ。


 文豪の選択を。父親の判断を。一人の男の決断を。


 僕はいずれ訪れるその瞬間を、静かに待つ。

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