#133 Knocking' the Next-Door(次の扉を叩く)
心情とはかけ離れた所で揺蕩う
静かに、けれど確実に時を刻む音を感じるが、その源泉は何処にあるのだろうか?
その出処を目で探す事も無く僕は黙って石像の様に待つ。
劇的な瓦解の瞬間をひたすらに祈りながら場の趨勢を眺めるばかり。
本拠地である筈の家主は落ち着きが無く、身をよじったり頭を掻いたり。
神経質そうな声で独り言混じりでうんうん呻りながら貧乏ゆすりをランダムに繰り返す。活動限界の近い古ぼけた玩具の様な
やがて、その内に大きく息を吐き出した。それは結論を出したからか、それとも諦めの溜息か。
生憎専門的な読心術の心得を持たないバンドマン故、
「なるほど…君は
「え? あ…つまり、どういうことでしょうか?」
てっきり、覚悟や諦観の意を示す声明だと決め付けていた僕は本能的に聞き返す。何故ここで彩乃さんの名前が出るんだ?
「いや…先にも少し触れたが、彩乃を通じて君の事は聞いていた。それによると、少々…過激な人物像に思えた」
「ああぁァ…多分、彼女のセンスによる悪意が含まれて、何処か湾曲な物言いだったんでしょうね」
言ったそばから、結構アレな表現だったとは思うが、恋人の父親は「まあね」と顎を引き、溜息まじりの苦笑いを零す。
その仕草だけで大体どんな感じで伝わったのか想像出来るが、想像もしたくもないというのが本音である。
絶対無駄に盛ってるよ。彼女は。僕の人間性や活動履歴を口悪く誇張したに決まってる。
「詳細は省くが…その事前に持った印象と、我が家の門を潜った君とでは
「いやそんなことは…」
恋人のあれやこれとか抜きにして、有する知名度とかは無しにして。
年上の大人に頭を下げられるのは普通に違和感と嫌悪感が凄まじいし、何かと落ち着かない気分になる。
なので省略された事前印象についての追求もそこそこに頭を上げて欲しいと嘆願した。
「どうやら娘達の目が正しくて、私のは出来損ないの
いやマジで一人で納得されるのも困るのですが…。
僕は見たまんまの軽薄な人間だし、真剣なのは昔から追い求める『真実の愛』についてだけですけども。
「君に話そう。私の醜聞、その全てを告白しよう。世界に名の轟く文豪の恥部を懺悔しよう。ああ…そう考えると悪い気分でもない。宮元君、君はさながら神父の様だな」
「流石にそれは硝子の曇りやヒビ割れなんかの不備や不具合なんかを疑って貰いたいのですが…」
「そうだな、流石に過大評価だったか」
そう即座に撤回されるのも何だか微妙な気分になるが、僕の気分だけの問題であるので口を挟まない。
つーか、こんな地に足の着かない格好の神父がいてたまるか! 良く知らないけど、神父って懐が深くて落ち着いた感じなんじゃないの?
「これは君の為だけじゃない。多分、私の為の
それでも良いかな?
その表情は酷くやつれて悲愴な雰囲気を
「楽になるのに良いも悪いもありませんよ。誰しもに平等に与えられた当然の権利です。苦労は買うべきで、楽は売るべきなのです」
悪癖とも平常運転とも取れる意味不明な発言を飛ばしてしまったが、意外にもそれが功を奏した。
新山一幸はキツイ口元を少し綻ばせて醜聞と評した過去を場に開く。
「彩夏の転機と言うなら、あの頃だろう…もう十年以上前の話だ」
こうして僕は新山彩夏の為に、彼女の家族が刻んだ歴史に無遠慮にも足を突っ込み、その身を浸すことになる。
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