#131 SING IN THE RAIN(雨の中で叫ぶ)

「済まないが、他者ひとの機微にはうとくてね…初対面の人間の代名詞表現を察する事は難しいんだ」


 神経質そうなアゴを引き、ともすれば外国映画の一場面の様に大袈裟な仕草で肩を竦める文豪の周囲には、何と言うか…世界で戦う男の風格を感じる空気が漂っていた。


 しかしながら、地方発の国内を主戦場とする僕はそんな格差をお構いなしに言葉を続けるしか無い。

 なんにしても前述に結構強い言葉を放ってしまったし、勢いで押し切りたいものだ…。


「失礼ながら、新山ニイヤマさん…貴方の過去については二人を通じて多少なりとも、お聞きしました」


 表情筋が死滅したみたいな顔の大人に話しかけるにはかなりの勇気を要する内容なので、これまで以上に繊細に言葉を選ぶ。


 大丈夫、作詞と同じだ、該当箇所に最も適する言葉をチョイスするだけと自らを鼓舞しながら続ける。


「そして、当時の彩夏アヤカさんの価値観や視線を通して感じた――そこに付随する様な貴方の行動を知りました」


 明確な言葉に載せた分かりやすい反応は無い。迷う。続けていいものか?


 刹那の逡巡、心中の迷いを振り払う。心のなかでシェイクマイヘッド。揺れるな躊躇うな。つーか、今更止まれるものかとヤケクソ混じりで続けて、ひた走る。


「それが残した傷痕を知りました。それは貴方だけの過去モノではありません。彩夏の心に引っ掛かり続ける重りの様な過去を聞きました」


 未だ直接的な単語は出さずに済んでいるが、その曖昧な均衡をいつまで保てるか?

 相対する文豪は固く目を閉じて動かない。まさか寝ている訳でもあるまいが、静かに怒りのボルテージを上げていない事を祈るばかりだ。


「同時に彩乃さんからはこうも聞きました。些細な事であると」


 それは僕自身も思う事ではある。

 たかが親父の浮気位の事でそこまでの絶対的な傷が残るものかと疑問に思わないと言えば嘘になる。それなりにショッキングな出来事だとは思うが、本能的な性欲に沿った結果の背信――言ってしまえばそれだけだ。


 けれど、他者の価値観や感受性についてと簡単に否定する事は躊躇ためらわれるし、個人的には好みじゃない。それが愛しい女性についてのものだとすれば一層強くそう思う。 


宮元ミヤモト君…、一つ良いかい?」


 不意に語りを遮られて思わず身を固くする。

「何でしょうか?」と短い単語を発するのがやっとの緊張感。先程までとは比較にならない圧を感じる。ヤバい…やはり怒らせてしまたっか?


 僕の自衛心を端にする身の硬直を嘲笑う訳では無いのだろうが、新山氏の態度と口調は想像以上に穏やかで。


「宮元君…君はまだ、全てを固定するような、単語を出してはいない。それを踏まえて私が見る所、賢く思慮深い青年の様に思う」


 いやいや、絶対賢くは無いし、何なら愚かだし?

 思慮とか言葉の意味すらよく分からない位に阿呆だし?


 本当に予想外にも程があって全然意図が掴めない言葉の羅列は続く。


「それと同時に極めて常識的な判断や道徳心、或いは一般的な倫理観などもそれなりに持ち合わせた人間であると信じる」


 それは自己の評価とは大きく食い違う―――思ってもみない評価に反射的に「そうでしょうか」と尋ねようとした時だ。意図せぬタイミングでXデーは訪れる。


「そんな君が、どうも思わないのか? 会って間も無い人間に! 一人の独立した他人に過去の恥部を詰問している状況を! 君は失礼だと感じないのか?」


 著しく礼節を欠いた行為だとは思わないのかと声を荒げる新山一幸イッコウを前に僕は思う。至極当然に答える。


 全くを持ってその通りですと。仰る通り過ぎて反論の余地は無いと。


 けれど、返す言葉おもいは僕にある。


「思いますし、感じます。普通に失礼だと。人間ヒトとして余りにも不躾だと」

「ならっ! 何故だ?」

 

 怒気を全身に立ち昇らせる人物に言える事はそんなに多くない。


だと思うからです。例え他人あなたに嫌われても、父親あなたを怒らせても、当人ぼく大人あなたを傷付けても―――それによって僕が傷付いても」


 彩夏の為にそれが必要だからです。


 それが紛れもない僕の本音。

 その為ならば僕は何でもしよう。どうとでも言おう。何度でも言葉を重ねよう。


 恋人の父親に嫌われても。名高い文豪に睨まれても構わない。


 愛する君を救う為に、僕は持ち得る全てを賭けて捧げるよ。

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