#87 About A Girl(彼女について)

 続いてセカンドクエスチョン。


 ともあれ、それが齎すのは正解した所で何も貰えぬ上に手に入れる事の出来無い不毛な設問。


 愚鈍で察しの絶望的な頭が真理を理解して尚、──ここに座っているんだろう?


 今更何をした所で、何かした所で、しでかした所で――彼女にフラレた事実は決して覆らないのに。

 この期に及んで、都合の良い逆転のアガり目など有りはしないのに…。


 目の前に座りカフェラテを啜る美人女子大生は僕の後悔や絶望に類する種を、先の話題で過去の話と切って捨てた。


「別に、『男性恐怖症そんなの』は余り関係無いんですよ」

「うえ?」


 まるまる一話を割いて、散々に語った愛しい人の痛ましいトラウマを――実妹はそう吐き捨てた。残酷なその意図は――? 受け取る彩乃アヤノさんの返答次第では身を翻して帰る所存だ。


「実際、男性恐怖症なんてものは個性せいかくの一つですよ。個々人の持つ得手不得手とおんなじです」


 例えるなら――、


「人見知りとかネガティブとか。そういうのと大差ない――折り合いを付けて適当に付き合っていける程度の性格の差異でしかありません。肝要なのは二つ目の隠蔽…『出会いの詐称』です」

「それはまた、物騒なタイトルだね」

「茶化さないで!」


 僕の皮肉めいた物言いなど物ともせずに、男性恐怖症の姉を持った女性は淡々と無知なるバンドマンに真実を語る。

 ちなみにそいつは皮肉交じりの言葉を吐くことで世の中を渡ってきたんだけど、それを封じられてしまえばてんてこ舞いのまま――言葉を待つばかりである。

 

「はてさて…貴方が知り合ったのはですか? そうです。五日前のショピングモール。厳密に言えば正解で、正確に言えば正解たり得ていません。それより以前に、貴方達は出会っているのです」


 は?

 そう発声したつもりだったが、声には成らずにコヒュウと言葉にならない間抜けな音が息と共に漏れ出した。


 僕の知らぬ彼女を妹は滑る様にあきらかにして行く。


「そしてその後、バンド活動を本格させた貴方を…ハンマーヘッズのギターボーカルである、姉は…当人あなたと出逢う前に知っていたのです」

「いやいや、嘘…だろ?」

「嘘も何も。純然たる真実です」


 ならば何故? どうして初対面の振りフリをした? その意図は? 偽ることで生じるであろうメリットが全然見えない。得なんかあるか?

 そもそもの前提として、僕はどうして過去に会ったという彼女を覚えていないのだ…彼女を一目見た瞬間に天啓を受けて然るべきじゃないのか?


 自己と他者が無駄に入り組んだ結果構成される――分からないというシンプルな感情が加速度的に積み重なる。それがどうして失恋に繋がる?

 確定的にピースが足りない。暫定で未見の情報が錯綜して余りある。別個のそれらがまるで繋がらない。綺麗に重ならない。


「少し話は逸れますが、昨日私は言いました。三時間後に姉を訪ねてくれと…どうしてだと思いますか? 正直かつ率直に言ってください」


 追い打ちの様な言葉が更に僕の意識から容量を奪い、加速度的に狭量にさせて行く。


 だから、何の関係があるのだ…分からない。

 何度問われても、再三言ってる様にしらない。推察できない。もう…何もっ…!


 頭を抱えた僕は天を仰ぐ。その先に何があるか?

 眩く揺れる天使の梯子の向こうにいるのは神様で無いことは確かだ。


 懸命に痛ましい昨日を解放して、回想。鈍い痛みが左胸を貫く。


「…まずは説明する為。泣き顔の回復或いは改修。そして部屋の片付け…これ位を加味した時間指定だと思う…んだけど」

「概ね正解です。貴方もかなり、理解してきましたね。しかし、それだけでは足りません。辛うじて不十分です」

「どういうこと?」


 姉的には片付けの中に過去から連なる現在の隠蔽工作を含むのです。


 またしても声にならない絶句。

 束の間、赤毛をした人魚姫の気分を味わう。ギターボーカルの僕は声を失う代わりにどんな宝物あしを手に入れるのだろうか…。


「何をおいても見られる訳に行かない…明らかなを隠す為の工作期間です。擦り切れたCDと付随するボロボロになったブックレットを発見されるのは――姉にとって具合が悪いですからね」

「そ、それって。まさか…」


 妄想を越えた想像が繋がり、一つの仮定を構築する。妹の語る姉の偽証と隠蔽。その果てにあるのは新山彩夏にとって隠したかった不都合な真実。その対象は僕。


 それは僕だけに向けた工作の数々。つまり――、


「もしかして、あの部屋には僕達の…『ハンマーヘッズ』の音源ディスクがあったのか……?」


 新山彩夏は何も言わずにジェスチャーで返事。

 首をこくんと上下に動かす。それは首肯。意味は肯定。


 開けた上で、一層分からないが積み重なった僕は右手で悩む頭を抱え込み、硬いソファに沈み込んだ。

 彼女が色々隠してるのはどうやら現実の様だが、それが僕の失恋とどう関わっているのか。どうしてこんな話を聞いているのか…。


 僕にはまだ、全然全く。

 彼女達の秘めた全景が見えない。

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