#83 Long Dream(長夢)

『あれ〜? おっかしぃなぁ………』


 電話の向こうで仕切りにそう呟く新山ニイヤマ彩乃アヤノ

 目に見えぬ電波の先で、ひょっとしたら首でも傾げていたのかもしれない、そんな風に感じる声色だった。


 そして、おかしいと首を傾げたいのは僕も同じである。


 自意識過剰で手前味噌にはなるが――正直、彼女に対してそれなりに”ミャク”の様な…ある種の手応えみたいなものを多少なりとも感じていたし、それは童貞の穿って偏った哀しき幻想では無いことは昨日の彩乃さんの発言からも汲み取れた。


 勿論それが彼女の適当な言葉で、純粋極まりない僕に仕掛けた罠で無いとは断言できないが――それをすることによって、得られる彼女のメリットが見当たらない。


 彼女の真意はともかく、そういう言葉もあってか些か想定外の告白にはなってしまった。

 だが、それでも上手く行くと何処か楽観した結果が哀しき失恋だ…。


 生業と捉えるべき音楽に対するモチベーションどころでは無く、生きる理由すら失った僕は──果たして、何を成すべきなんだろう…? 生き様としてどんな痕を残すべきなんだ?


『…さん…アラタさん!?』


 深い渦に囚われた僕を引き戻す新山彩乃の提案が走る。

 それに対して、僕は何て返事をしたのだろうか? 半日も経っていないのにもう思い出せない。


 覚えているのは彼女がこう言葉を続けたこと。


『諸々…だとは思いますが、私の方で姉にもう一度確認を取ってみます…またこちらから連絡しますので明日は動ける様にしておいて貰えると助かります』

「ああ…助かるよ。おやすみ」


 多分僕はそんな感じで会話を終わらせたと思う。

 その後、強さとか強度とかを増した雪が本降りになる中、白く染まりつつある帰路をふらふらと歩いた気がする。


 現状の部屋を見る限り、その過程で何処かしらで酒と煙草を購入したんだろう。


 良く覚えていないけど多分そうだ。

 失恋より記憶に残る出来事なんて、人生においてそう多くは無いから仕方無い。

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