#84 Fallen Flower(落花)
「そう言えば、
想い人の妹たる彼女の残した言葉をすっかり失念していた僕は。
外界との窓口として最も手軽で有用な携帯電話を確認しようとしたが、はてさて肝心のスマートデバイスがどうにも行方不明である現実が舞い降りる。
いつもであれば枕元のしがない充電コードに無垢なる鎖で繋がれているが、今日に限って何故か見当たらない。
失望の溜息混じりに暫し捜索した後に発見した。埋没していたのはソファのクッションの下…これは分からんわ。
充電がギリギリの画面を覗いてみれば午前八時を皮切りに三時間で四十件超の着信――全ては同一人物からのもので、加える所の合間にSMSを挟んでの熱烈なコンタクト希望……何これ少し怖くね?
全て同一人物からのコールであるので、最新の履歴をタップして逆連絡。すぐに繋がる。
『ちょっとアラタさん!ようやくにも程がありますよっ…眠り姫って柄じゃないでしょうに……。もう、動ける様にしてくださいって言ったじゃないですか!』
開幕早々の怒号が僕に浴びせられる。眠たい頭には鈍痛の様な刺激。壊れた心には、そこまで余り感じない。
眠気混じりの僕は事実を率直に電話先の相手――新山彩乃に向けて怠惰な現状を吐き出した。
「ああ…ごめん。少し、思いの外ヤケ酒が深くてさ…。なんなら今起きたトコなんだ」
『心中は察します…だがですね。実は私も想定外に姉と少し…あ〜何と言いますか、若干言い合いになりまして…』
詳しくは直接お話したいのです。
彼女はそう言った。
何も持たない、全てを失った僕的には何にもならない。
「…ああ、良いよ」
僕の口は機械的無意識さを源泉として無意識にそう動いた。
その言葉の裏には人恋しさの様なものがあったのかも知れない。
空っぽの心を何かしらで満たしたかったのかも知れない。
少なからず動かして震わせたいのは自明と天命の理である。
僕に唐突として去来する何かに気付く事無く、事態は進んでいく。
『では昨日のカフェで…えっと、時間は十四時くらいでいいですか?』
「うん。分かった」
まだ昼前だ。時間は余裕。
取り敢えず頭痛薬を飲んでからシャワーでも浴びるか…。
気の進まない作業だ。
まるで敗戦処理へと向かって行く様な気持ちだった。
無為で無意味な作業を課された気分。
もう何も残っていない焦土には花は咲かない。
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