#74 Empty Threat(空っぽの脅威)
二度目の邂逅で――遅まきながら互いに自己紹介を交わした僕達はポツポツと自分のことを話して、人となりの相互理解を少しだけ深めあった頃だ。
僕なりに…折とタイミングと――その他の色々を鑑みて、彼女の詳しい素性について尋ねた。
「その失礼に当たるかも知れないんですが、
水物極まりない音楽業界――その末席にその身を置きながらも、恥ずかしながらあんまり絡みや関わりが無いので――今までDJと呼ばれる人種や職業について深く接したことがないし、そもそもの知識が欠如しているのだ。
というのも、些か言い訳がましい陳述にはなるけれど。
僕達バンドマンが主戦場とするライヴハウスとDJやMC――或いはダンサーが張り切るクラブ。共に夜遊びスポットであるし音楽関係の居場所ではある。
あるのだがわその両者のリスナー層って奴が――なんとも微妙に被っていそうで、絶妙に重ならないんだよなぁ。土台の主戦場となる営業時間も異なっているし、個人的経験ではフェスやイベントの待ち合い所で少し喋ったくらいだ。
油で汚れた口元に紙ナプキンを当ててから褐色の美女は事業内容についてレクチャーを始めた。
「私の場合はピュアな活動とは少し外れるけど…音楽活動は普通にするよ? とは言え、ビートメイカーでは無いから既存の曲をリミックスして、その音源を出してイベントに出演してって感じ」
はぁ〜。そう聞くと別に僕達と大差無いなぁ。
ただ、アプローチや手法が違うだけで似たようなことやってるわ。
「後はモデル業だね」
知識の欠如故、異業種かと思いきやお隣さんであった職業に触れた僕であるが、結果としてやっぱり異業種に触れることになった。
おいおいデルモって…すげぇ人はすげぇんだな。
開いた口が塞がらないまま、間を埋める為の言葉を吐く。
「そっか…佐奈さんお綺麗ですもんね。引く手数多って感じだ」
「ありがと。褒め言葉として心に刻んでおくよ…でもね、音楽はともかくモデル業っていうのがなかなか辛いんだ」
彼女はそう言って舌を出して苦笑いを作った。
きっとそれは学生時代、素人スナップに写真を撮られたにも関わらず、本誌に載らなかった僕には縁遠い悩みなのだろう。
「肌荒れは勿論、体重とか体型にもやっぱり気を使わなきゃいけない…女子である以上はある程度仕方無いけど、だからこーいうの食べるのも久しぶり」
ホットサンドを掲げてまたも苦笑い。
ちょっとした事だが積み重なれば大きなストレスになる。僕も経験したことがある。そう言えば最近暴飲暴食の限りを尽くしているな…改めよう……。
「私の話はおしまい! それより君の話を聞かせてよ。今日はどういうご予定で才気あふれる青年は街を徘徊しているのか…上京の為の準備とかあるんじゃないの?」
「別に街を徘徊してはいないし、才気煥発とも言い切れない身の上ですけど…」
今日は家から真っ直ぐここに来たしなぁ…。
僕の行動の定義付けはともかく、出会って間もない彼女に僕が直面しているモチベーションの喪失を真剣に語っていいものか…良くないよな。適当に誤魔化そう。
「実際、今のフリータイムって上京前の、最後の余暇みたいな感じなんですよね。なので去る前に自分の育った街で似合わぬノスタルジーに
「嘘でしょそれ」
だから何故分かる? なんだよおい、この人抜群にヤバいだろもう。もし仮に浮気とかしたら一瞬で看破されて即バレして神砂嵐で圧殺されそうだわ。
適当な言葉の羅列はすぐに意味を失ったので白状する。重く受け取られ無いよう軽快さを意識して…。
「正直に言うとですね…モチベーションの行方不明なんですよ。今迄自分がどうやって音楽と向き合っていたのか急に分からなくなった。何の為に歌ってきたのか忘れてしまったんです」
それで逃避していた所ですと弱音に似た感情を年上女性に甘える形で吐露した。
思ったよりガチな語り口になってしまい両手で顔を塞いで真横に倒れ込む。
数十分振り二回目の行為。テーブルを挟んだ向こう側には目を引く鮮やかなコントラストで彩られたデルタ地帯があり、またすぐに起き上がる。実に学ばぬ男だが得たものもある。紫色の楽園は真に眼福だった。
下賤な僕に関知せず、フラペチーノを口に含み、口内を潤した彼女は率直な感想を述べた。
「いや…それヤバくない? バンドがこれからって時に作詞作曲を担当するギタボのシンガーの
「ですよねぇ…」
真仰る通りでございます。ヤバいよな実際。
危機感が希薄なタチの僕の為に彼女は懸命に分析をしてくれる。先程までの圧倒的推理力を鑑みる限り…凄い頼りになるな。
「一種の燃え尽き症候群みたいな感じなのかな? メジャーデビューが決まって目標が叶って…次の目的が無いみたいな」
「いや、どうもそういう感じとは違う様な気がするんですよ」
僕は別にプロになることを目指して演奏してきた訳じゃ無く、気が付いたらその入り口に立っていただけのことだ。
顔も名前も知らねぇ大衆から評価されるのは――それは普通に嬉しいけど、それはそれとして――当事者たる僕的にはそれを一番に求めていたつもりも無い。
「なら君は何のために曲を作って、歌ってきたの?」
「いや~分かりません。そもそも、目的たる『何か』があったかすら自信が…」
僕が作曲をする際にはいつも強い衝動が原泉にあった。それを発散する為に歌っていた。
しかし、立ち止まって考えてみれば、かつてグツグツと無限を思わせる程に沸き立っていたはずのそれは一体何故だろう…? 何処にあんのかな?
考え過ぎの手前に位置する、至極シンプルなものである気が漠然とするけれど、それが勘違いである気持ちも同量存在する。
現在の僕には、分からない。
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