#73 Dangerous girls(危ないひと)

 同年代か少し若い男性店員におつかいであるミラノサンド、そして我が舌が望んだオーガニックフルーツジュースを注文してから少し外れた所で出来上がりを待つ。


 そう言えば拗らせ系のメンズであるところでお馴染みの僕だけど、お得意の自意識過剰な頭が一つ思いついた事があるんだけど、暇潰しがてらに聞いて欲しい。


 いいかな?

 目蓋を閉じてイメージしてくれ。うん、いいね。


 貴方はカフェにいる。別に意識と敷居が高くはない、その辺に良くあるフランチャイズのチェーン店だ。


 そしてふと周囲に目を配らせると、別の席に一組の二十代男女を見つけた。

 果たして二人の関係はカップルなのか友人なのか、或いは学生の先輩後輩とも推測される若くて見た目麗しい男女だ。


 尤も、その二人で以て本来は四人での使用が想定されているボックス席を占領しているのは少々頂けないが、客も少ないし店側にとってそこまで迷惑となっているとは思えない。

 それに加えて別段、周囲の迷惑になる程に大声で騒ぎ立てている様子も無い様子である。


 こういう状況に遭遇した貴方は恐らく大した興味をそそられること無く何らかの手段で自分の世界に戻るはずだ。 


 だが、不意に顔を上げた貴方の視界に入ってきたのが、この様な景色に変容していれば答えも自ずと変わるのでは無いだろうか?


 何の気無しにその席を見れば相変わらずブースには一組の男女がいる。

 しかし、見た目麗しく才気煥発であるなどと無駄に吹いて虚勢を張っていそうな冴えない男はそのままに、女性の方が別人になっていたら? しかもその相手が先程までとは系統の違うグラマラス美人であったら?

 

 多分男への殺意が湧くのでは無いだろうか?


 あんな冴えない金髪男が何で美人を取っ替え引っ替えしてるんだと僕への憎悪が募るのでは無いだろうか?


 ともすれば、過剰と言い切れないような妄想を交えて現状の僕の置かれた試練を再確認した辺りで注文の品が完成し、トレーを二階に運ぶ。僕が数分前まで在席してた場所は少しばかり様変わりをしていた。


 唯一かつ最大の変化点について声を掛ける。


「あの、佐奈サナさん…そこ、僕の席なんですけど……?」

「うんうん。分かってるよ?」


 先程まで僕が座していたポジションには向かいにいたはずの女性が腰掛けている。そして彼女がいたはずの所は無人の様子。


 佐奈さんはパーテション寄りに偏ったポジショニングで座り、どうやら人一人が追加で座れそうなスペースが隣にある。


 僅かな合間を縫っての座席移動を果たした美女はポンとシートを叩き満面の笑みで僕に着席を促す。


「まあ良いですけど…」


 そう呟いて数歩進んだ僕は美女の対面に腰掛ける。

 かつては想い人の妹が座り、直前までは年上美人が座っていた座席。

 そう考えるとジーンズを通して伝わる熱に何だか妙な執着と興奮を覚えるな…いや、そんなには覚えないわ。多少だなうん。微量って感じだ。僕はまだその境地には至っていない。


「君はで本当に可愛いねぇ…」


 両手で頬杖を着いた彼女は舌なめずりが聞こえてきそうな声色で小さくそう呟いた。

 その物騒な声音から察するに、選択肢のどっちに転んでも僕に勝ちは無かったらしい…とんだ糞ゲーである。


 てか世間の人目と存在が行き交う昼間とは言え、本気で身を案じておく必要をどこからともなくヒシヒシと感じるな。


 だが、しかし任務は任務であり果たさなければならないミッションがある。ホットサンドとお釣りを彼女に手渡した。

 けれど、僕の崇高な使命は「お釣りはとっておけ」とすげなく拒まれた。何とも言えないミッションは難航の様相を見せている。


「いや流石に受け取れませんよ。ジュースもご馳走になったのに…」


 これ以上は駄目だ。

 社会通念上年下とは言え受け取る理由も資格もありはしないし――何より彼女に付け入る隙の一つ、何らかの契機を与えることになってしまう気がするから。


 それでも頑としてお釣りを受け取らない切符の良い年上女性は「ならこうしよう」と一つの提案を打ち出した。


「そのお釣り…えっと千百円位? それで、を買うよ。君はその間、お喋りに付き合って」


 単なる時給制の単発アルバイトみたいなものだと彼女は締めた。

 地方の時給に換算するならばそこそこの高値ではあるのだが、僕としてはお金をテーブルに叩き付けてでも帰宅したかった。だって喰われそうじゃん。何食わぬ口車に載せられて、あれよあれよの流れで気が付いたら大人のお城に連れこまれそうじゃん!


 しかし、これも得難い経験だと自己を励まして了承する。


「…分かりました。それで手を打ちましょう。あと遅くなりましたが、ありがとうございます。頂きます」


 よしよしと満足気に頷いた美女は注文の食事に手を伸ばして、届く前に引っ込めた。一体何の遊びだ?


「そう言えば、きちんと自己紹介してなかったね。私は吉野ヨシノ佐奈サナ。苗字は可愛くないからファーストネームで呼んでね」


 随分と遅い…今更感が拭えないだ。

 それとも今時のオトナ女子の間では、サンドイッチを買いに行かせてから初めて名を名乗るのがトレンドなのか? いやあ…流石にねぇよな。僕が住んでいる現実は、いくらなんでもそんな狂った世界じゃないはずだ。


 混乱し錯綜した物思いがどうにも足を引っ張るって心を押し潰す感触があるけれど、それでも僕は懸命に現実に適応する。


「あ、ああ〜っと…宮元アラタです。じきメジャーデビュー予定のバンドのギタボ兼ソングライターです。あと、佐奈さん同様…苗字で呼ばれるのは慣れていないで、名前で読んでください」


 結果として没個性的かつコピーアンドペーストな焼き増し染みた挨拶を返すことになった。就活なんぞしたことがないが、企業面接の役員だか社長の前でもきっと僕は同じ言葉を述べるだろう。


 それは正に僕の人間性を如実に表す浅薄に満ちた言葉であったが、吉野女史改め佐奈さんはお気に召した様子で顔を揺らす。


「よし…! これで私達は友達だ。宜しくね」


 ここまでであれば、切符と面倒見の良いイケメン女子に行きあった冴えない男主人公の様に思えて…多少なりとも優越感に浸ることが出来ただろうが、追加で離陸した彼女の一言が僕を険しい現実に回帰させる。


「ちなみに君は成人した男女間に芽生える友情って信じる? 私は一切信じないけど君はどう思う? ともすれば、これから君が私と築くのは友愛や親愛かな?」


 それとも……?


 それは暗にと形容するよりは――というより、もっと色々諸々ダイレクトに男女関係において友情それは成立しないと述べていて。

 察しは悪いが勘が鋭い。そんな身の危険を直ぐ側に感じる僕としては尻の穴を固く閉じて震えるばかりだ。

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