#75 Find Yourself(自身を見つめる)

 生来より、長年空っぽの頭を重量のままに敢え無くもたげて、ありのままに消沈する僕の金髪に不意に掛かる優しい圧力。


 認識よりも重たい重力を超えて触れ、圧力を増すのは僕のそれよりも、ずっと小さく頼りない掌。


 相棒かつ親友の悠一ロメオ未満の造形である自覚のある顔を上げた先には佐奈サナさんの真っ直ぐな瞳。

 濃い目の化粧で分かりにくかったが、意外とタレ目なんだなと遅まきながらに気が付いた。


 どうにも一見して見た目美しい彼女はテーブルに片手を付いて身を乗り出し、空いた手で僕を撫でる。

 彼女が優しく細い指を微細に動かす度、金属が擦れる様な感触がした…って、なんだこれ恥ずかしいっ!


「よっしゃ…お姉さんが、一肌脱いで!」

「いや……は、えっ!?」


 突発的極まる実情に困惑する僕と恐怖する僕。なんだこれドッペルゲンガー?


 ああ、僕が今日まで大事に温めておいた純潔はここで敢え無く散るのだろうと呑気なことを漫然とした気持ちで漠然にも思った。


 しかし、手を離して座席に戻った彼女が放った言葉は僕の初めてとは関係の無いものであった。


「今日夕方からこの近くで友達が主催するクラブイベントがあるんだよね。一緒に行こう!」

「お? お、お、お? お? ん、んんう?」


 イベント? なんだそれ? クラブ界隈では大人の濃厚接触行為をそう呼ぶのか? 初めてなのに多人数参加型なのか? 無理だろおい!


 ンナワケネェダロ。

 つーかイベントって何だ?


「自分のルーツを見失った時は敢えて別ジャンルに触れるのが良いんだよ。もちろん、好きになってくれれば御の字だけど――普段聞かない音楽を浴びる事で見えてくるものもきっとある!」


 微妙に関わりの薄い、年上ギャル系の押しの強い女性は「正しく温故知新だよ」と鼻を鳴らして、ふくよかな胸部を一層盛り上げた。

 この辺りで僕は正気に戻り、言語を正しく認識出来る様になった。多分その四字熟語はそぐわないことも。


 ああ…クラブイベントね。

 所属する業界的には縁近く、人間的には縁薄いアレな。

 又聞きの人伝の話にしか聞いたことないけどアレだろ?

  何かDJが思考停止の踊れる曲を売れ線のEDMからチョイスしてさ。パフォーマーとかいう短髪ツーブロックが半端ないダンスしたり、ドレッドMCがイカしたラップしたり。


 んでもって。

 一般客はフロアでイェイイェイウォーウォー。

 テキーラサンライズを両手に泥酔の横揺れで足元不確かな身体揺らすやつだろ。

 うん、聞き齧りにも程がある浅い上に穿った知識で偏った考えだわ。


 と言うかですね…、


「クラブのイベントって夕方からやるものなんですか? イメージ的にはもっと遅い時間――大体深夜の入り口の二十二時前後にスタートとかなんですけど…」


 クラブ初心者によるそもそも論的な素朴な疑問。

 僕達が行うライブは主に夕方と夜間の狭間をスタートとすることが多いけれど、よりアダルトなクラブとやらは夜間から深夜帯に入る辺りが――それこそ宵の口ってイメージだ。


 だからこそ、玄人の見解を待つ。


「今回は学生向けのもので新規客を取り込もうとしてるんだって。学校帰りに寄れるようにって。だからアルコールも無い。至って健全でしょ?」


 青少年が学校帰りにスチャラカと踊り狂う事が健全だとは到底思えないが、どの業界も色々考えるものだと感心した。皆色々苦労があるんだなぁ…。


 地元のライヴハウスもどんどん潰れて行ってるし、全国的にも似たような境遇になっているはずだ。

 本当に、今後はどうなるんだろうな…アフターワールドにおいてさ、現行社会に馴染めない奴は一体何処で息を吸っていくのかなぁ……。


「しみじみしてるとこ悪いけど、ほら立って。さあ行くよ!」

 

 いつの間にやらコートを着込んだ佐奈さんは僕に上着を押し付けて起立を要求。色々早業過ぎるぜ。


 半ば引き摺られる様に階段を駆け下りて寒々しいコンクリートに飛び出した。寒暖の差に心の眼鏡が曇るのを感じる。


 冗談に思考を割く余裕が生まれ、現状を分析。すぐさま結論。


「ってか佐奈サナさん…! ちょっと待って! 行くなんて一言も……」

「さあクラブデビューだ。若人よ、大人への階段を一緒に昇ろう」


 僕の悲痛な叫びは若干卑猥な響きがしなくも無い彼女の言葉に塗り潰されて霧散してしまう。どうやらお付き合いする他無いようだ。それにしても――


 この人は僕にいるんだろうか?


 自分が何を求めているのかも分からない癖に、乏しい想像力を少し彼女の為に動かした。

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