#64 Sad Resolution(哀しき結末)

「そう言うアラタだってさ…かつて、きっと。おそらく…道を通って。似て非なるを歩んで来たんだろう?」


 彼が心中の皮肉を――口内を通して木枯らしに変換した。 

 僕の返答を待つまでも無く、「けど、僕は君より多分ずっと、思い切り重症だった」と、何かの霧や幻を吹き飛ばさんばかりに吐き捨て、自嘲を交えて噛みしめるみたいな顔で嘲笑わらう鳴海ジュン

 その全身と過去に纏う見知ったクールな性格と見慣れたクレバーな態度の裏と――影と後ろの向こうに隠してきた確かな熱量。


 迂闊に触れれば火傷しそうな凍てつく低熱――僕はの核心に触れつつある。

 

「だってさ、ゆとりある学校教育を放棄したんだ。時間だけは腐るに程あった。一日中…起きてから寝るまでひたすらにギターを弾き続けた。すぐに弦がダメになったけど、何故だか交換用のそれは発掘現場に大量に用意されていたから」


 その秘めた答えは…漫然と開きかけた口を強引に閉じる。

 今更解き明かしても詮無きことだし、加齢して分別の付くようになった彼にだって察しの付いている――ありふれた普遍的な――明らかにする必要のないやさしい謎だから。


 僕はサンタクロースを敢えて否定する大人じゃない。

 僕は愚かでも、そういう優しさを否定する人間じゃない。

 

「そうなれば、もはや才能の有る無しなんて関係ない。膨大な時間を割いた結果…それなりに技術を得て、エフェクター遊びを覚えた。音色を歪ませて、好みの音を作ることに夢中になった。レコーダーに録音してループさせて遊ぶようになったのもこの頃だ」


 そうやって、非社会的で非生産的な遊びに興じている内に、ほんと――瞬きの間に瞬くように時は過ぎた。


 小休止のつもりなのか、彼はメガネをハンカチで拭き始めた。低い太陽にレンズをかざし、汚れなどを確認してから彼は昔話を続ける。


「一年なんて本当にあっという間で…。僕はともかく、いよいよ両親には我慢の限界が来た。全く何もせず、日がな楽器と戯れる息子に痺れを切らした。僕の親はどうしたと思う?」

「分からないよ…」


 急に振られたので無くとも僕は答えられなかっただろう。

 僕はこんな経験はしていないから。

 僕は一人で音楽をしていなかったから。

 似たような人生と異なった経験を重ねてきたから。


 孤独にギターと向き合い続けた男は開いた手をぐしゃりと握り潰した。


「ギターを叩き折った。僕の目の前で」


 良い感じにパンクでファンキーな親じゃないかと茶化すことは出来無かった。当時の鳴海少年の絶望と両親の親心を思えば、そんな人間以下の糞発言は何とも躊躇われる。


「別に今となっては恨んでいない。少々暴力的で短絡的ではあるけれど、親の責任の取り方として大きく間違った行為では無いと思う。でもそれはの話だ――」


 当時の彼は怒り狂い当たり散らしたのだと言う。

 設置された家具を破壊し、機材も踏み付けたのだと言う。


 そして、そんな狂乱状態の意味不明な不平不満を撒き散らす、不肖の息子に対して両親は一つの条件を出した。


「今でも鮮明に覚えてる。父親は僕の肩に手を置いてこう言った」


 別に立派な人間になれとは言わない。ギターが好きならそれで良い。ただ学校へは行くんだ。学校すら行けない奴にギターは弾けない。


「大した暴論だろ? 文脈が狂っているし、筋なんか一つも通っていない。何なら昔のロックスターは学校教育から逃げ出した奴も大勢いるっていうのにさ…でも、」


 彼は慈しむ様に、懐かしむ様に噛み締めて、微笑んだ。 


んだ。同時に決意した。ギターを弾くために学校へ行こうって。引きこもりなりに、登校することに意味が生まれた瞬間だ」


 これが僕のルーツ…その序章だよ。

 彼はそう告げて立ち上がった。そして、僕にも離席を促して歩き出した。


 無言のままに数分歩いて向かった先は再び川沿いのベンチ。隣に自動販売機が設置されたリラクゼーションスポット。


 彼から微糖の缶コーヒーを渡され腰かける。

 第二章の始まりだ。

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