#62 Feeling Dizzy(目眩)
「さっきの曲って…、『グリーンロジック』の2ndアルバム『ラピッド』の中の三曲目。『月の絨毯』だよね…。一見すればストレートな曲調なのに、時々妙にシニカルで――何と言うか、アラタらしい選曲だね」
ナチュラルな感じで僕の隣に腰を下ろした
その一連の所作について僕が思ったのはなんつーか、案外結構ガッツリ聞いていたんだなという幼稚な感想。
自身に浮かんだ多少なりとも
結果として響くのはチープな倍音。ジャランとした意思なき音に本音を重ねる。
「まあね、名曲は三十年経っても名曲だからな」
それはまあ、無関係である他者の遺した栄光を自慢げに誇る僕の人間性の矮小さと残念さが露呈した瞬間ではあるが、隣の男は殊更それについて触れること無く、自分のペースで
「僕もあのアルバムは好きだよ。こう…理性と衝動のせめぎ合いが絶妙なバランスで成り立っていて…」
「わかる!
そこから
「…って、
「何を今更…遅くない? というか、別に大した
余りも自然に横に座っていたので全然気にしていなかったが、何でこんな所にいるんだ?
そりゃあ地元だし? その辺を歩いていたって全く以っておかしくは無いが、何で僕と熱く語り合って、意見を交換してんだ?
「いやまあ買い物に行こうかと土手を歩いていたら、聞き覚えのあるルーズなギターが聞えて。その後に更に――本当に聞き覚えのある歌声が聞こえただけ」
白い息を伴って理由を吐き出した潤。
本当に、普通にありそうな理由で逆に驚いた。つまり、たまたま通りがかっただけか。
「そして、察するに。作曲は順調…ではなさそうだね」
「まあ…うん。正直微妙かな」
所属団体の作詞作曲担当が過去の名曲弾き語って遊んでるんだもんな。
そんなの順調過ぎて暇を持て余している人か難航過ぎて逃避してる人のどちらかしか無いよね普通。
そしてご存知の通り、僕は後者の側だ。
人目を忍び隠れてテレビゲームをしていたのが見つかった子供の様なバツの悪さを感じつつ、何とも言えない背徳感を感じながらもみっともない言い訳タイムに移行する。
「…イメージはあるんだ。それこそ溢れて止まらない位にさ。でも、それらが上手く固まらないし纏まらない。一個の形として枠に掴まらない、散文的なメロディばかり生まれるんだ」
結果として僕は現状を結構正直に話した。何か具体的な助言が貰えるかも知れないという下賤な下心ありきだけど。
救済のメシア候補のミニマリストは「そう」と小さく零した後、沈黙。過剰な期待の割に望み薄かも知れない…。
僕の心が勝手に期待して勝手に失望するというマジで身勝手な動きを見せた頃、彼は続きを紡ぎ始めた。
「ちなみにアラタはさ…いつもは――いつも作曲する時ってどういう風に――どういう感じで。その…どうやって音楽って作るものなの?」
「えっ?」
意外。それは逆質問に似た言葉…!
思ったよりも求める答えに遠そうな質問に対して回答を模索する。作曲するとき? 僕が? 改めてどうやってって言われてもな……。
そうだねと前置きしてから僕は鈍い頭脳の海中で拙い言葉を懸命に探して、それなりに真摯に紡いでいく。
「…テーマ、お題と言ってもいいけど、『グロウイン』の時みたいにタイアップで分かりやすく
「じゃあそういうオーダーが無い時は? そういう時は――なんでもない日の普段はどうやって楽曲を生み出すの?」
何だかやけに食い下がる珍しい姿に気圧されて必死に考える。
そうだな。えーっと、どうだろう、過去の経験による類別的なパターン別に考えれば…。
「ああ…そうだな…基本的に、そう! 何か具体的なエピソードがあって、それに強い感情を持った時――うん、例えば『アダルトチルドレン』なんかは大人に対して半端じゃない怒りが湧いてそれが原動力になったんだ」
段々自分の中で考えが纏まりつつあるのを感じる。
より普遍的な言葉を探す。体系的に考えて思考する。
「考えてみれば、何というか…こう、暗い感情が創作の原点な気がする。勿論僕の場合だけど…何かの出来事が起きて――それに対して僕が『怒り』とか『憎しみ』とか。或いは『諦め』とか『悲しみ』。そういう負の感情を強く感じた時、それにストーリーを与えて楽曲に昇華している気がするな…うん」
今回はその逆で…彼女に出会って得たポジティブな感情を源泉にしているから普段よりも纏まりにくいのかも知れない。
その事実を受けて、結局僕に大衆受けするハピネスな曲を書くのは難しいのかも知れないなと自嘲したくなる。
僕の内なる個人的な自傷を汲み取った訳でも無いのに潤の顔が何故だか曇っている。
「潤っ! どうした? 気分でも悪いのか?」
些か唐突な展開に翻弄されつつも具合の悪そうな人間に声を掛ける程度には冷静であった僕が近付くのを手で制したアレンジャーは静かに思いを声に載せる。
「そうか…作曲家ってそういうものなんだ…」
なら――今の僕なら曲が作れるかも知れない。
潤は灰色の空を見上げてそう呟いた。
吹き抜ける空風は寒く、容赦が無い代わりに万人にとって平等だ。
それは平等に公平と言う意味では無く、平等に不公平だと言うことだが――,
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