#55 Dream Away(夢心地)

 許容する店全体のキャパシティとしては――ざっくり目分量で、全部合わせて40席程度だろうか?

 人工的な意匠で真四角に切り取られた室内には、僕達の他に数組の客しかいないので、キャパ以上に酷く…何ともで静観とした印象を受ける。


 演出的な必要最低限――電球色の間接照明で補完された雰囲気はなかなかのもので、その中を通り抜けるBGMも落ち着いたピアノ主体のジャズが――決して会話を邪魔しない程度に辛うじて聴こえる程度。

 それらを総括するに、こうして女性と訪れるのに適していそうな店舗である。まあ、分析してたのはバックグラウンドの音楽には多少なりとも造詣があるものの、相値する女性についての経験絶無の童貞なんですがね。これぞ生粋のミュージシャンだって感じだね、うん。


「素敵なお店、だね。宮元ミヤモトくんは…良く来るの?」


 年代物アンティークのティーカップみたいな金色刺繍の入ったメニューを手に取った彼女は僕が振る前に口を開いた。

 自分で手を下すこと無く相手の言葉を引き出すとは、秘めたる僕の才覚には恐れ入るばかりだ。


 しかし、その質問自体は…事前に予想はしていた。既に対策済みである。


「そんなには…ぼちぼちって感じかな? でもまあ――気に入ってくれれば良いけど…」


 事前に用意したのは無駄に見栄ミエを張っている解答。

 本音の所で「いや実は悠一あいぼうに泣きついてさあ…」と真実を語るのとどっちが好感度高いのかは知らない。けど、なんか悔しいし、これが僕的ベスト。


「うん…人も疎らで雰囲気は好き。オススメのメニューとかあるの?」


 先程までの路上よりも若干饒舌なのは気のせいか? これがモテ男推薦の飲食店がかもし出す魔力とでも言うのか? すげぇなオイ!


 しかし、それも想定済みの質問だ。

 幼馴染の助言とインターネットからの情報が現在の空虚な僕を支えている。


「ワインとかは飲む? もし飲むんなら白にして、これとか合わせると凄くいい感じと思うんだけど…」


 軽く立ち上がりテーブル越しに彼女の手にあるメニューの文字列を指差す。

 只でさえ学の無い僕にはカタカナの羅列がどういう意味なのか分からないというのに、彼女からふんわり香る香水のせいで必死に覚えた例文やにわか知識が吹っ飛びそうだ。


 しばしメニューを捲り、前髪の後ろで目を動かしていた新山さんはやがて小さなはにかみを見せた。


「へぇ…じゃあそれにしてみようかな。宮元ミヤモトくんは、どうするの?」

「そうだな…僕はヒラメのムニエルかなぁ…好きなんだよね」


 嘘とは言えない。僕は確かに件のメニューは嫌いじゃない。

 ただまま、この店では食べたこと無いがな!


 しかし、彼女のリクエストを満たした上で生魚が苦手な僕にも配慮して焼き物や火を通すメニューが豊富な店舗の選択。何だよアイツ…設置する気配り完璧じゃねぇか。モテるはずだわ。


 幼馴染の出来の良さに畏敬の念を抱きつつ先程のナイスミドルにオーダーを通して、凡そ数分後。

 付け合せなんだか前菜なんだか知らない温野菜のお通し的な何かと、ドラッグストアで見たことの無いお洒落で高そうなワインがテーブルに並んだ。


 白髪の男性が形式張った動作で注いだ格調高きワインを手に僕は拙い挨拶を口にする。


「じゃあ、改めて…新山ニイヤマさん今日は…って、今日もか。えっと、突然の招待にも関わらず来てくれてありがとう」


 懸命に暗記した言葉を拙く紡ぐ。

 大丈夫、ワンマンライヴ全十六曲の暗譜に比べたら全然楽勝だ。歌詞やコードは忘れても、暗記した記憶はそれなりに僕を裏切らない。


 情けない実情を喉の奥に仕込んだまま言葉を続ける。


「美味しいものを食べながら、お互いのことをもっと知れたら良いと思ってます。では折角の料理が冷めてしまう前に…乾杯」

「乾杯…」


 グラスの当たる硬質な音が小さく響き、水面に小波が広がった。

 それは厳密に言えばマナー違反であるのかも知れないが、僕にとって心地の良い涼し気な音だった。


 さて、前回の次回予告はまるっと嘘になってしまった件についてだが、次こそ! マジで次こそは行くから! 本当に行くから! すげぇ頑張って、凄まじき舌を巻くようなモテトークするから。


 続に…乞うご期待!

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