#56 Under My Skin(素顔)

 ドヤ顔の逆転タマゴ設置野郎が切り拓いた大航海時代以前に――猿から進化した人類が過去のどこかしらで発見し発明した、最強万能のコミュニケーションツールであるアルコール先輩の神がったナイスアシストのおかげもあってか――コミュ障同士の僕達のぎこちない空気の間には――どちらからともなくポツポツと拙い会話が生まれた。


 普段のなんでもない生活の話や好きな料理の話で始まり、徐々に繋がる様になって来た所で僕は彼女に問うた。


「そう言えば今更かも知れないけど、新山ニイヤマさんってどこの大学だったんだっけ? 近くの所?」


 僕は別にインターネット上の掲示板みたく、泥沼必死でマウント重視の学歴トークがしたい訳では無い。

 つーか、そこまで誇れる学歴を持ってないしな。現状、一般常識の外に位置してる僕にはそもそも興味も薄いジャンルだよ。


 しかし、そう…僕は気付いたのだ。

 彼女のことが分からなくて、彼女について知らないせいで会話が弾まないのならば、目を見ながらの会話を通して直接聴けば良いと。どうだよこれ! 我ながら完璧な理論だわマジで。


 テリーヌだかエリーゼだかのミルフィーユっぽいなにかを突き刺すフォークを止めた彼女は小さな声で一つの大学名を口にした。

 微細で性能の怪しい鼓膜が震えて捉えたは我が地元においてちょっと名の知られたハイソな女子大学。近隣の男子大学生にとって秘密の花園めいた憧憬の籠もったキャンパスの名だ。


「…確か、そう。中高大の一貫エスカレーター式だよね? ってことは中学の時からずっと女子高なの?」

「そう…それもあって、少し――男の人が…」


 なるほど。醸し出す体質と絶対的な対人経験の合わせ技が現在の彼女を内外共に形作っている訳だ。後はその儚さとか可憐さについてもう少し掘り下げたいけれど、どうしたものか…。


 低俗な計算をする僕に当然の様に入る横槍。その主は目の前に座る一名のみ。


宮元ミヤモトくんは? どうだった?」


 ターン変更とばかりに質問を投げかける新山さん。

 しかし、応対者たる僕は些細な違和感を感じる。


 また壁を作ったのか? 昨夜と同じ様に。でも…何のために?


 本来であれば――矮小な人間が感じる些細な違和について追及していきたい所ではあるが――は、この場面は法廷モノでは無いし、僕のつねとは程遠いので諦める。


「別に…特別、特徴的な学校生活では無かったよ――」


 自身の辿って来たスクールやキャンパスの過去を必死に振り返りながら、灰色に染め上げられた思い出を掘り起こして適切な言葉を探す。

 

 そもそも、そんなに――真面目に大学行って無いからなぁ…。

 進級や卒業に必要な分の単位だけ取って形だけ卒業した感じだし――本来、修めるべき学業を筆頭に、色々と諸々な経験の印象が希薄な大学時代だった。


 だからかな、その経験を発火源には――なかなか弾まない言葉ばかりだ。


「地元の国立大。外語系の学部に入ったけど――大学生っぽいゼミとかサークルには所属していないし…その挙げ句、途中からは事務所と契約して音楽活動をメインにやってたからなぁ……」


 そんなキャンパスライフにおける、とっておきの特記事項はエピソードトークは無かったよと頭を捻る。


 こうして他人に問われて改めて思えば、灰色にも程がある。大学内で知り合った友達とか皆無だわ。

 京都の四畳半に暮らす仙人の弟子になった訳でも無いし、意味不明な大学組織に与した過去も無いのにどうしてだ?


 若さにかまけた火遊びめいた過ちすら存在しないキャンパスライフをかんがみて、ますます頭を悩ませる僕に降り注ぐ天使の梯子。季節的にもいい時期だからな。


「な、なら…なんでバンドっていうものを始めたの? キッカケはどういうもので、どういう道を歩んだの?」


 気持ち、身を乗り出した新山さんからの質問。

 多分、気を遣ってくれたんだろう。


 そういうのも抜きにしても想い人の願いだし、なるべく期待に添いたいし叶えてやりたいと思うが、本当に興味あるのと疑う僕も確かに存在している。大丈夫? 童貞感溢れる熱弁を振るった代償が好感度の下落とか勘弁だぜ?


 そんな下心を隠して、慎重に言葉を選ぶ。そりゃもう慎重にさ。


「別に話すのは構わないけど…マジで大してドラマチックな展開は無いよ? 極めて平凡なアホガキの浅慮せんりょで軽薄な行動譚ものがたりでしか無い昔話だ」


 有名スポーツ選手の孤独な奮闘記に大きく劣るし、全てを犠牲にして技術を勝ち得た職人なんかと比べるのもおこがましいレベルの珍道中だ。


 幼い思い付きで初めて、呆気なく夢中になって。

 それでふと後ろを振り向けば、なんともびっくり想定以上の結果が落ちていた…そんな棚ぼたチックでカタルシスの無い残念さ極まるエピソードだ。


 しかし、それでも構わないと興奮の様相を呈した女性の圧に負けて、僕は更に記憶の重箱を突くことになった。


 出来の悪いオツムは最新鋭のSSDみたいに軽快には動かない。ゆっくりと当時を掘り起こしながら語り出す。僕達のルーツを辿っていく。


「まず…僕が、僕達が音楽活動を始めたのは中学二年生の夏休みに…『グリーンロジック』ってバンドのライヴに行ったのがやっぱり最初の契機で――」


 昨日の夢より曖昧で、明日の自分より不確かな過去を思い出す。

 ギターを手に取り、コードを鳴らすだけで胸が高まったあの頃を。

 気持ちを歌に載せて叫ぶだけで幸福しあわせだった瞬間を。


 しがらみなんか欠片も存在していなかった頃を。

 僕は…思い出す。

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