3rd Day : 1213 "Life goes on"

#41 Song for...(×××の為の歌)

 現在時刻は午前十時。天気は何とも快晴の様子。

 それはそれとして、纏わり付く霜の様な寒さを懸命に払い除けての起床。


 実家住みが持つ最大の特権であり特典――慣れ親しんだ母親特製作り置きの朝食を優雅にブランチとして頂き、熱めのシャワーで頭を覚醒状態に持って行った所で後悔。おっと、しまった…手順が些か異なったな。


 軽薄な自身に向けた失望の溜息を片手に置いて、独発の海外製ジャージに着替えてから日課のトレーニングを自室にて開始。


 市販品のウェイトで上半身を苛めて自重を使う。今後の予定を鑑みてあんまりヘヴィにやる訳には行かないので平時よりは少し軽めのメニュー。


 室内のノルマを消化してランニングシューズと共に屋外へ飛び出す。


 軽めのジョグで見知った街の平日の姿を横切りながら別離の思案がなだらかに進む。


「やっばいなぁ…あー、実際問題全然思い付かない。んだこれもう」


 昨晩仲間を集めて恋愛相談をした結果――多数決に押し切られて、口先に言い包められる様な形で――想い人の為のラヴソングを無し崩し的に作製するという破目になったのだが、それがさっぱり閃かないのだ。まあ予想の範疇ではあるのだけど。


 土台納期が非常識でアホ過ぎるとか、僕の有する才能の問題とか創作の方向性とか色々と構造的な弊害があり欠片も進んでいない。


 そもそも『カンナバーロ』での恋愛相談から帰ってすぐ寝て、起きたのがさっきだし、作曲活動に全然時間割いていないという所も大きいんだけどな。


 実労働時間としてはトレーニング中の一、二時間って所だろうか?

 いやでも無理だろ。これは数十年前に外国人が作った手垢まみれの歴史的ヒットソングを歌うしか無いかもなぁ。


 諦めと悟りの境地に落ち着いた所で帰宅。


 二度手間めいたシャワーで汗を流し、自室に戻った。

 ベッドに腰掛け、長い付き合いのテレキャスターを膝に抱え込む。


 硬めのピックで開放弦。シールドを通して小型のアンプと繋がれた水色のボディからフラットで乾燥した音が鳴る。


 記録用のICレコーダーを起動させた後、乱雑な手癖のスケールを室内に響かせながら、鼻歌で申し訳程度の作曲活動を開始する。


 パワーコードを多用しポップパンクに。

 カノンコードを中心に叙情的で壮大に。


 ジャカジャカギャリギャリ。

 適当にお遊び的にギターを弾いて何分過ぎた頃だろうか、遊びの延長を続けながらも、それでも次第に熱を帯びて集中した僕は感情的にギターを掻き鳴らして、吠える声帯を絞る。


 すると、徐々に意識が僕の身体を離れて宙に浮く。

 さながら、自傷行為の如くピックを上下に払う金髪を外側からボンヤリ見つめて、更にぼんやりの乖離。段々と離れていき、頼りなく浮遊する。


 やがてその内に何となく帰結して、漂って。ひたすらに物思う。


 焦がれる彼女を回想し、架空の創作。脳内のリズムが変わる。

 伴うみたいに少しエモーショナルに稚拙なリフが横入り。


 隙間に彼女の表情が脳裏に浮かぶ。覆い隠していく。

 拙いチョーキングが枯れて、耳の奥で残ったディレイが通り過ぎる。


 彼女の感触が指先に回帰する。

 間延びしたピッキングが急かされ、ヒステリックなカッティングが積み重なる。


 彼女の傷付いた心を想像する。

 僕の理想のコードが六弦を介して再現され、アウトプットの成果物めいたメロディとして顕現する。


 意識して──息をする暇もそこそこに本能のままに左手を忙しなく動かし、右手を独自のルールで行き来させる。


 この感触は飛べそうで、行けそうだ。


「あ、これ。…ッ!」


 この感触と無敵感!

 初めてギターを爪弾いて、弾いたときの圧倒的な全能感に似た感触。


 自身の中で身勝手に渦巻き反復される感情を一寸の狂いもなくギターが再現し、表現し、嘶く。

 きっと他者より皺の希薄な脳裏に星みたく降るのは物語に似た言葉の五月雨。


 ミドルテンポで切ない感情を示し。茹だる歪みが僕の心を現界させる。

 淀んだ意識が次第にクリアになり、一寸先に落ちてくる未来の音を拾い集める感覚に陥る。


「…んああ。ぶはぁっ…はあっ…はああ……」


 大きく息を吐き出して呼吸を整える。

 都合の良いトランス解除と言った風体。

 今のは結構気持ち良く弾けたし良いんじゃなかろうか?


 ギターを手放しレコーダーを確認。

 録音した音源に耳を傾ける。


 前半部分はただの音出しなので聞き流し、会心の後半部だけに集中。


 微妙な音質で鳴らされるそんなに上手くないギターの音色とそれに被さる文法的に間違っているデタラメな英詩。


 およそ七分間に及ぶ自身の衝動的な演奏を聞き終えた感想。


「これは案外、イケるんじゃね?」


 心のままに演奏したのにも関わらず、意外とポピュラーでキャッチーな曲に仕上がっていることに驚いた。

 鼻歌めいた歌詞も結構繊細でプリミティブな雰囲気が漂っている割に、案外万人に共通する無意識を感じさせるし思いの外良い感じだ。


 ただ、全体的にルーズな匂いが漂うのが唯一気になるが、まあ仕方無い。ブラッシュアップ前の削り出しみたいなもんだし、そもそも僕はエレガントとは程遠い。上出来な方だろ。


 自身を納得させてパソコンを起動。DTMソフトを立ち上げる。

 ギターをアンプから繋ぎ直してヘッドホンから流れる数分前の自分表現を追いかける。


 再生、巻き戻しを何度も繰り返す。その度に過去の栄光をギターで再現する。

 あらかた取り込んだ所でラフをエンドレスリピート。

 未完成楽曲を背景にアバウト極まりない歌詞の改訂に勤しむ。


 信じられない程にスラスラ出て来る言葉の波に飲まれない様、必死に書き留める。

 湧き出す気持ちを逃さぬように懸命にタイピングし、音に合わせて再編纂。或いは曲の方を詞に合わせる。


 それを暫しの間孤独に繰り返し、試行錯誤を積み重ねてどうにか形にして行く。


 『それ』は自分の中に絶え間無く渦巻く膨大で曖昧な感情を世に出す為の通過儀礼の様なもので。

 きっと『それ』はこの世界に現出した時点で僕の中にあったものとは決定的に異なるものだけど。


 そんなどうしようもなさを嫌という程理解して尚、僕は自身の気持ちを歌にする。

 愚かで不格好な感傷を誰かに伝える努力を際限無く行う。


 どうしようも無い現実をどうにか受け入れたくて、歪な祈りの歌に全てを込めて、僕は声を張り上げるんだ。


 気付けば汗だくの自分がそこにいた。


「出来た…」


 かつてロックンロールの祖国に暮らす男は起床してすぐピアノに向かい歴史的なヒットソングを作ったと言う。

 そんな伝説的な彼に遠く及ばない僕としてはまさに快挙とも呼べる速度でその曲は生まれた。


【Resonance】


 それが君の名だ。

 ハッピーバースデー。新たな僕の子供きもち

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