#41.5 Street Story(路上で起きる物語)

 何とかどうにか『一曲』が聞かせられる程度の形になった後も、なにやら色々セコセコと──個人的な価値観と美意識を基に擦り合わせに近い作業を重ねている内に、タイムアップ。

 流石に定例の予定通り、練習スタジオに向かわなければならない時間になってしまった。


 少しばかり酷使したギターをくたびれたケースに収納し背中に背負うが、すぐに下ろす。その前に汗まみれの服を着替えなければ。


 生温いシャワーを浴びたい気持ちに短い後髪を全力で引っ張られつつも制汗シートで全身をくまなく拭う。人工的でケミカルなメントールが寒々しい空気に反応して少し肌寒い。


 着替えとして清潔なロンTを上に着て、クタクタのジーンズに足を通した所で状況を物思う。


「あー、これは間に合わんかも知らんね」


 今の感じ、徒歩じゃあ確実に遅刻だな。窓から見下ろす限りにおいて幸いにも雪は降ってないし、仕方無いバイクで行くか。


 移動手段に準じた僕は珍しく革ジャンでは無く、スウェットを羽織り、アウトドアブランドのマウンテンパーカで防寒対策。


 長年の愛機であるギターと小さめのエフェクターケースを提げ、空いた片手で鍵を玩びながらガレージに移動する。


 安心と信頼を兼ね備えた上に軽量な日本製のフルフェイスヘルメットを装着し、オレンジ色のビビッドなビッグスクーターに跨がる。


「思えば君とも十年来の付き合いか…」


 正確に言えば十年は経っていないが――今は昔である高校の時に必死こいてバイトして――半年間の労働の成果として購入したバイクに未だに乗っている事実が感慨に似た気持ちを生み出す。


 数多く付いた小傷に歴史と思い出を多少なりとも刺激されたが、精神的寄り道ばかりもしていられない。


 250ccのエンジンを始動させた後に手癖で考えなく二、三回アクセルをフカして公道に進出。


 残酷なアスファルトで心許ないタイヤを削りながらバイクは夜の街へ溶けて行く。

 サイドミラー越しに見える限られた後方の情報――残光が瞬く間に消えていく姿は季節外れの蛍の様で、なんだか意味も無く不安になった。

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