#40 Kiss The Damage(傷を愛する)

「別にさ、アラタをディスってるワケじゃねぇよ…」


 身内より賜った心無い言葉に傷付いた瀕死の仲間に対するフォロー。

 そうカテゴライズするにしてはマジで適当な口調の真司が先程の続きを語りだす。


「でもさ、それでも『音楽』とか『楽曲』って、アラタ最大の長所じゃねぇの? それこそメジャーから声が掛かるレベルなんてウヨウヨはいねぇだろ? なら、活かさない手は無いだろってつもりだったんだが…」


 だから誤解させてすまなかったと軽く頭を下げる。

 いや今更そんな謝られても僕的にも困るんだが…。

 それに特筆する様な長所が無い無能にこそ根本的かつ根源的な責任があるな。ははっ。ただただ、名曲を生み出すだけの機械になりたいわ。


「前に確か…運動も勉強も普通って言ってたよね? 他に特記事項は?」


 それは孤独なカウンセラーの様な優しい語り口の潤の言葉。

 横入りめいた注釈の内容はそれなりに失礼だが、事実に近しい事柄であるし、何よりも一考の余地がある。おいおい、自分。全力で搾り出せ、自身に眠れる才能を!


「…ギターがまあまあける」

「えっ? あっ……?」


 あーあ、うるせぇ、皆まで言うな。分かってる。そんなの。

 必死に搾り出した結果がこれですよ。


 最近はチューハイやヘチマだってもう少し果汁が出るもんだってのは重々承知で理解してるさ。ああ! あ〜あ!!


 手早く『いや今のはちょっと無し』と撤回し、再び思案すること十数秒……こんな僕にもあったよ特技が。


「英語だ! 僕っ、そういえば英語出来しゃべれるわっ!」


 ここまで幸か不幸か披露の機会が皆無であったが、実は英語喋れるんだよ。いやはや、すっかり失念していた。


 無能な僕が何故外国語なんて高尚な学問を習得しているかと言えば、少し長くなる割に大して盛り上がる話でも無いので詳細は控える。


 ただ、至極簡単に言えば昔から近所に住むイタリア系アメリカ人から教わったのだ。

 結果として高度で専門性を持たない場合の日常会話であれば英語でやりとりが出来るし、作詞においても大いに役立っている。


 これは結構なかなかのアピールポイントだろと誇らしい僕に再三降る水温の低い言葉。


「恐らく、日本生まれで純日本人である新山彩夏さんに英語で何をアピールするんだよ…」

「逆にアラタは英語が出来るって理由で人を好きになるか?」


 ぐうの音も出ない。

 僕の保有するスキルは就職活動ならいざ知らず、恋の進路相談にはそんなに有効では無いのかもしれない。


「他は?」


 おいおいそんなにガメついて欲しがるなよ。普通に考える時間をくれ。そんなにポンポン浮かんでたらこんな事態にはなっていないのだからさ。


 はてさて、音楽と英語を除いた僕のウリは…だな…えっと…あ〜、その……。


 揺蕩う思考の過程や途中で何となく、何気なく左胸に手を当てた瞬間に思い当たる。


「そう…か、身体は? 筋トレの成果が出てる細マッチョのこの肉体はどうだ?」


 日頃のトレーニングによってそれなりにいい身体カラダであると思う。


 もちろん肩に小さい重機を載せてる様な本職のアスリートには遠く及ばないが、素人としては何処に出しても恥ずかしくない仕上がりだと自負している。


「それで? 自慢の肉体をアピールする為にこのクソ寒い中、半裸になるってのか? それも出会って間もない女の前で?」


 またしても、待っていたのは役に立たない長所と冷静な指摘だ。

 互いに愛し合うベッドの中ならばともかく。

 そのラインよりも遥か手前に位置してる僕ではそもそもアピールの機会が無い。服の上から分かる程に膨らんでは無いのだ。


「な? 素直に俺の言う通りにしろって。お前アラタを最大限アピールするのに一番有効なのが歌なんだって」


 馴れ馴れしい仕草で肩を組み絶望的な事実を突き付ける幼馴染。


 マジか〜。

 歌と歌唱力があって良かったな僕。彼の信じる才能ぼくが無ければ女の子を口説くことすら出来なかった訳で。


 その目を背けたくなる事実に少しだけほだされ、懐柔されそうになって。


「でも仮に僕が歌うことに納得した所で、彼女に聴かせる舞台がそもそも存在しないのでは意味が無い様な気が―─ね?」

「あ、彩乃アヤノから連絡来た」


 この期に及んでみっともなく言い訳を重ねる僕に割り込んで来る相棒の声。


 不都合な状況は僕を置いて流れて廻る。


「二人共、夜なら来れるらしい。仕事終わりの彩夏アヤカさん、お姉さんと一緒に来るってさ」


 え?

 は?

 あ?


「だから明日の―─って、もうすぐ今日だが――夜のスタジオ練に見た目麗しい新山姉妹が見学に来るって話」


 ん?


 僕の致命的な麻痺や停止を他所に『マジかよ、美人姉妹の見学付かよ…うわ、アガるわ』なんて盛り上がる真司を横目に考える。


 明日? 新山さんがスタジオに来る?


 僕は彼女の為に歌う。明日?

 僕はその為に曲を作る? それまでに?


 期限は凡そ二十時間弱。


「いやいや、それは普通に無理だろ。物理的にというか常識的にさ」


 だから作詞作曲はそんなに容易で即興的な作業では無いと何度言えば―――、


「例え…『それ』でもやるしかねぇだろ? それしか射止める方法は無いんだから…」


 耳障りな悠一の声が脳裏に響いたのと同時にアンティーク時計の鐘が重く震えた。


 それは日付が変わった証明で、僕を逸らす心臓の刻む内省的な音色に似ていた。


 いい感じに締めたいけど、やっぱり普通にどうやっても不可能じゃないのかなっていう、極めて常識的で。


 物語的には障害になる様な個人的な思考や予想が頭と心を支配するけれど。


 その辺りは番外編にて補完できたら良いなって思う。

 本編の完結すら未定だけど、そうであれば良いなって望むばかりである。

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