#39 Alteration(部分的変容)

 個人的に執着して勝手に恋焦がれる対象ひとである女性。

 とは言え、その血を分けた妹君である新山彩夏アヤカの為に歌えというモテ系幼馴染の思いもよらないナイスでイカした提案をすぐさま棄却した僕を待ち受けるのは更なる苦難。


「僕もそれが良い思う」

「なっ? は? ジュンもかよっ?」


 一体何を思ったのか、恋人と理想的な関係を築いている事で羨望の声を多数受けるギタリストまでもが同意の声を上げたのだ。おいおい正気か嘘だろマジかよ無理だろ普通によ。


 酸素を求める鑑賞魚か声を奪われた受刑者か。

 そんな佇まいでこんなにも全力で口をパクパクと開閉する僕をさて置いて、場は進み熱を帯びて行く。


 当事者を置いて。


「明日のスタジオでラブソングを熱唱ってか? 良いじゃん。良いじゃん! アツいね! かなりロックじゃねぇか!」

「お、おいおい。ちょいちょい真司シンジまで何いってんのよ…」


 つーか、精神的には反骨精神を端にしたロックというよりか、情念マシマシの演歌寄りじゃない?

 そんな率直な感想を深層心理は自動的に掘り進める。 


 つーか、お前の持つ信念がロックなら、簡単にマジョリティ派なんかに属するなよ、思考停止な多数に組み敷かれるなよ。ああ、少なくとも僕はそうだよ。ビバマイノリティ! アンチマジョリティ! さァ、火炎瓶の準備は充分か?


 頭を抱える僕の目の前には憎たらしい事ないわこりゃと言った具合に満面の笑みの幼馴染。いやいや、やらねぇし、絶対に歌わないよ?


「多数決ならこれで決まりだな」

「断固として屈しないっ! 絶対にだ!」


 でも空気感の流れには勝てなかったよ。

 やいのやいの皆が言うもんだから、僕の言葉が有する重さは砂漠の一粒に成り下がり、グラムあたりの価値を著しく下げていく。


 しかし、屈しない!


「いやでもさ、僕の作った曲に所謂ラブソングって無いじゃん? となると歌うのは誰かのカヴァー曲になる訳じゃん? でもそれって結局は他人の気持ちに基づいた他者の言葉な訳で、それをシングすることは悠一ユーイチの意見とは趣きを異にするのではなかろうか?」


 些か必死過ぎて語尾が何か怪しい感じになってしまったが、発した論旨はそれなりに筋が通っているはずだ。

 憎き彼の言葉を借りるならば、僕の言葉で彼女の為の曲を歌うことに意味があるはずだから、この案は実現不可能な絵空事である訳だ。うーん世知辛い。


「じゃあ作れば良いだろ! どうせメジャーレーベルからの宿題でもある訳だし、一挙両得じゃん」


 などと無責任かつ脳天気に宣うのは直近の失敗者である真司。


 確かに彼の言う通り、レーベルからこの休暇中にスケッチレベルで良いので作曲活動をするようお達しがあったのは紛れも無い事実だ。

 でもさ、だけどね? そんなに簡単に言うなよ。楽曲製作なんてものはそんなにホイホイお手軽インスタントに出来たりはしないのだ。


 よっしゃ曲作るわ→よっしゃ出来たわ。イエーイ!


 とは不幸にもならないのだ。

 そりゃあ思い付く時はマジで一瞬で思い付くけど、書けない時は何をどうしたって欠片も閃かないし、ワンフレーズだって進捗しない。それが作曲という創作行為の本質なんだよ。


 それは作詞だって同じだ。拙ないポエムならいくらでも書けるが、音に載せて歌うことを考慮した言葉選びってのはサクサク後載せジューシーでポーリーな行為からは程遠いのだ…何言ってんだ?


「そもそも僕の妄想爆発ラブソングなんて聞きたいか? 今迄作ったこと無いし、今更需要も無いだろ? ならプロとして割に合わない仕事は出来ないよ」


 憔悴の僕の口から飛び出たのはそんな意識の高い言葉。


 メジャーデビュー前のアマチュアが言うには多少なりともおこがましいかな?

 でもインディーズでCDを出して印税を受け取っている以上、立ち位置的にはアマチュアでも無いのかな? まあいいや。どっちでも。


 悟っているんだか混乱してるだけなのか、謎の空虚を心境に湛えた僕の耳に口々に解答が寄越される。


「僕は普通に聞いてみたいな」


 マジかよ潤?


「俺も気になるぜ」


 正気か真司シンジ


「これがだぜ相棒?」


 悠一のドヤ顔で締め。

 嘘だろ信じられない。だってお前達はいつも僕の恋愛観を笑っていたじゃないか。需要が無かったじゃないか。


「いやいやでもでも自作曲のプレゼントって普通に滅茶苦茶サムくないか? 女子が貰って気持ちの悪いプレゼントランキング上位だろ絶対」


 多分手作りのシルバーアクセサリーをプレゼントするのと双璧を成すレベルの気持ち悪さだと思う。渡した瞬間『ウワッ…』って顔されて、『ごめん。なんか重い』って言われること請け合いな気がする。渡したこと無いけどさ。

 

 気恥ずかしさとかを超越して、なんか結構普通に拒否反応が生まれ始めた僕へ刺さる悠一の棘。


「普段の音楽活動だって一緒だろ? アラタの感情を曲にして不特定多数に聞かせてる訳だ。視聴者リスナーを限定するかどうか位で、平時いつもと大差ねぇよ」

「た、確かにその通りだ…」


 そうか、普段の僕は恥ずかしい奴だったのか……。

 自身の才能を盲目し、意気揚々と恥を晒していた訳だ。厚顔無恥で岡目八目の羞恥プレイ。これは流石に堪えるわ。


「悠一の言う通りだ。恥ずかしいな。僕、音楽めるわ…」

「え? ちょ…いやそうじゃねぇだろ? どうしてその結論に行き着く? あれ?」


 取り乱した幼馴染は頭を抱えて長い黒髪を乱雑に掻き毟る。

 僕の恥ずべき行為が彼にも迷惑をかけていたのか。これはもう腹を切って詫びるしか無いな。


 最後に一花を咲かせる覚悟を決めた僕を制止する声が聞こえた。


「まあ恥とかそういうは置いといてさ――」

「え? 置くの? 置いちゃうの?」


 僕の進退を決めるべき大切な問題を投げ出して真司の声が『正直、こう言うのもなんだけどさ』と遠慮がちに続きを紡ぐ。


「歌と音楽以外にアラタの魅力――その新山さんみたいな果てしなくとんでもない良い女を惹き寄せる程のセールスポイントってそもそもあるのか?」


 ともすれば無遠慮な発言と切り捨てられてしまうような真司の疑念――しかし、それは主人公ぼくの器を問う設問。

 果たして僕は異世界において借り物の能力で恥ずかしげもなく無双して、都合の良すぎるハーレムだかを厚顔無恥にもさも当然に築ける程の度量と能力と精神を有しているのか?


 結論。

 無いんだなぁそれが。


 いやもう、宮元アラタという人間の駄目っぷりにさ――――マジで少し、泣きたくなった。

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