#38 I can(not) fly(飛べるか否か)

「どうすれば良いって――連絡先知ってるんだから、普通に連絡を取ってデートに誘えば良いだけだろ? 話を聞く限り嫌われては無いんだし、飯くらいなら来てくれんだろ?」


 出来たてのナポリ風ピザをモシャモシャ咀嚼しながらの真司の言。

 なんともシンプルで分かりやすいが、僕としてはがっかりだよ。


 だってさあ――、


「実際、ノープランにも程があるだろ。そんなんだから、そのだから、彼女に振られるんだよ真司はさ」


 もう本当やれやれだぜ。

 全く、ネットに支配された小学生男子だって、もう少し色恋に聡い時代だというのにそれは無いだろう。


 門外漢の専門家である僕による冷めた意見に激高し、殴り掛かる真司の声。


「は? ぶん殴るぞ」

「で、何でフラレたの?」


 僕の至極真っ当としか思えない意見に憤る真司に、切れ味抜群な冷水たる一太刀を浴びせた潤は恋人とは良好だと言う。

 そんな劣等もあってか、そっぽを向きつつ口を尖らせた反証。


「別に、大した転換ドラマは無えよ。上京によって何か意見が合わなくなって、最終的に二人の思う将来が変化しただけだ。腐る程に、だろ」


 それに将来的には東京の女が俺を待ってるぜと真司は悲しくビールを飲み干した。


 何だか微妙にしんみりと、切ない感じになってしまったので主催者として気遣いを行使して、空気を変えよう。


「なるほど真司。大変為になる話をありがとう。所で潤はどう? 彼女さん――確かエリコちゃんだっけ? 誰かと違って上手く行ってるんだろ?」

「別に…普通だよ」


 何でもない風に端的にそう告げた潤に魔の手が忍び寄る。


「と言うか、潤って彼女とどんな感じで過ごすの? デート……、デートとか…してる? デート。あーどういう所に行くの?」


 こんな具合の些か失礼な悠一の疑問がミニマリストに向けて飛んだのだ。

 だが、言われてみれば気になる。潤は余り自分の事とかペラペラ喋る方じゃないからな。


「そうだそうだ。オイこら潤テメエの私生活を詳らかにする義務があるぜ!」


 気持ちを同じくしたのか、或いは先程の仕返しか頓珍漢な真司の言葉も今は目を瞑ろう。僕も何だか俄然、気になって来た!


 三人の強い視線に観念したのか、ポツリポツリと重たい唇が開き始めた。


「本当に特別なことは何も。部屋にいる時は一緒に映画を見たり、若しくは別々のことをしたり…」

 

 うんうん。それでそれで?


「デートと言うか、二人で美術館に行ったりとか手を繋いで散歩したりとか…」


 何だそれ凄く良いじゃないか!

 僕にとっての理想の恋人像がそこにはある。やっぱり身近なもの程見落としやすいんだな。昔の人は嘘を付かない。


 僕としてはもう少し詳細を聞いて参考にしたかったのだが、行き過ぎた復讐が固い門を建設してしまうことになる。


「違う違う。潤さんや、俺達が聞きたいのは夜の鳴海くんはどんなプれ――」


 普遍的な幸福を恋人と過ごす男の真司の下品な質問に対するレスポンスは怒りのおしぼり。

 水を吸った布を顔に投げつけることで物理的にダウンさせた。真司の様子を覗う限り、普通に痛そうである。


「少し喋り過ぎた。この話題は二度と喋らない」


 それより今はアラタの話でしょ?とミニマリストの口に再び降りた分厚いヘカトンケイル。真司が余計なことさえ言わなければ! なんと口惜しい。


「じゃあ今度は俺の番な!」


 顔を羞恥に紅くするギタリストと物理ダメージで赤くするベーシスト二人を横目にしゃあしゃあと口を開くドラマー。


 当バンドイチのモテ男が満を持しての登場だ。経験と技術に裏打ちされたさぞかし身のあるアドバイスが頂けること請け合いである。


 しかし、彼の口から放たれたのは僕にとって驚愕の提案。


「アラタは唄えば良いんだよ。今考えている難しい駆け引きとか小賢しい計算なんかを全部投げ捨てて、思いの丈を曲に込めて。類稀な声に乗せて唄えばいい。何はともあれ、それからだろ」


 奇しくもそれはかつて聞いた言葉に似通っていて。

 それは僕の運命を変えた言葉にそっくりで。


 と言うか悠一も同時刻同場所で『あの人』から聞いているはずで。

 だとすればソレは奇妙でも何でも無く、彼の恣意満載の確信的で意図的な言葉で。


 ――、


「絶対無理だ。恥ずかしいだろ」


 彼女の為の歌を彼女の前で披露する?

 そんなのリアルに恥ずかし過ぎて、想像するだけで顔面が業火に包まれるレベル。バクテリアよりミクロなサイズの心臓が歯車を破壊しながら停止するよ。


 なんせ僕は口下手でシャイなのだ。

 それはそうと、陽キャの提案は陰キャの自尊心や対人レベルを考慮して無いからさ。


 こういうギャップが起こって然るべきなんだよなぁ。

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