#28 SILLY PARADE(愚かな行進)
「ねえ、カーノジョ。そう! それな。そこのきれいな黒髪のおねえさんっ。そう、今振り向いたそこのアナタ。いや~あのね、ピンときちゃったんスけどね…ゲーノーカイって興味ありませんか?」
些細な幸福を全身で甘受する僕の前に立ち塞がった――如何にもな風貌の男――そんな推定年齢四十歳前後、意味不明な柄のシャツにヒョウ柄のジャケットを着こなす不審者はティアドロップのサングラスを胸ポケットに収納しつつ開口一番、そんな愚にもつかない言葉を唐突に吐いた。
恐らく生来の気質もあるのだろうが、加えて余りも突然現れた予期せぬ悪意の第三者に面食らったのだろう。新山さんは完全にフリーズ状態の困窮中に見えた。
それを受けてこれ幸いにとばかりにつらつらと、自分勝手な意見が工業廃棄物資さながらの勢いを持って僕達の海に垂れ流され、汚されて、侵されていく。予定外の汚物が淀み無く淀んで行く訳だ。
「いやあね? なんてーの? 一目惚れみたいな? おねえさんを見かけた瞬間ビビッと来たんだわ。ルックスにスタイル! 何より全体の雰囲気!! これは極上の資質があるコだって…あ、そうだ。俺はこういうものなんだけど――――」
遅ればせながらと、クロコ調のカードケースから名刺を取り出し、新山さんに押し付ける。勿論僕の分は無い。完全にいないもの扱いであり、余計な異物として認識されている。
そういう排他的な視線に慣れているとは言え、不愉快極まりない。
僕のネガティブな意見とより一層ネガティブな視線は、届かない。伝わらない。
「分かるかな? 俺はね。一応東京の芸能プロダクションのものなんだけどね。繰り返しにはなるけど、芸能界興味無い? 君ならスターになれると思うんだけど。アレ? もしかして既にどっかの事務所とか所属してる? なら移籍だな。ってか君の名前を教えてよ。ほら…」
徐々に口調が馴れ馴れしいものへと変容していく業界人と今尚沈黙を貫く女性。
そして存在すら認識されていないバンドマン――うん…そろそろ存在感を発揮しよう。新山さんも困惑し迷惑がっているように見受けられるし、その…紛いなりにも一応語り部だし!
「横から口を挟んでスミマセン。『彼女』も結構困ってるんで、ペースダウンしてもらって良いッスか? 下手したら今の御時世、通報モノですよ?」
「ああん?」
拒絶の言葉と共に彼女の前に身を乗り出して壁を作る。左手を横方向に軽く伸ばしてブロックを意識させながらいないものの乱入。
業界人は訝しげな視線と態度で僕を
「なにあんた…そのコの関係者? カレシ? 弟? 田舎のバンドマンみてぇな格好のガキに用は無いんだわ。関係ねぇから引っ込んでろよ」
軽く僕を押し、田舎のバンドマンという的を得ているにも程がある的確な表現で罵倒。
もし彼が本当に芸能関係者であるならば、意外と見る目がある奴なのかもれない。なんでこんな地方都市にいるのか疑問だよ、でもさあ。
でも、それこそ僕には『関係』の無い話だよ。
僕は伸ばした左腕で彼女の肩を抱き、引き寄せながら彼を煽る。
「僕とコイツがどんな『関係』か? それこそ関係ありますかねぇ? 全く以て初対面で無関係のあんたにさ。引っ込むのはテメエの方だろ無関係のペテン師…いや――」
右手人差し指を突き上げてカモンカモン。
出来るだけ端的に、明確な悪意を言葉と表情に表現する。
「それとも、ぽっと出のニセ業界人の方が適切っすか? 当たってますか? なあ悪趣味なオッサンよぉ。クソみたいな
「んだと、ガキがっ! 大概にしとけよてめえオラ。あ?」
僕の暴言に突き動かされた業界人は胸倉を乱暴に掴みながらガンを放つ。反射的に僕も彼の趣味の悪いサイケデリックなシャツを掴み返す。
互いにバチバチとガンを飛ばし、睨み合いながら、無意味な言葉で傷付け合う本当に不毛な時間。
一つ救いがあるとすれば彼女を少し最前線から遠ざけられたこと。
それだけでも道化になった価値があるよ。
「いやあの、オッサンさあ…マジで。この辺でやめとけって」
「何だガキコラ。オラァ。てめえ、この期に及んでチキってんのかクソが」
「ちげぇよジジイ。少しは現状を客観的に判断しろって話だ」
「お? あぁン?」
悪態を継続しながら業界人は視線を僕から外し、周りを見渡す。ちょっと考えれば分かんだろハゲ。僕は彼の胸倉から腕を解く。
僕達三人を取り巻くのは野次馬の群れ。無遠慮な第三者による好奇の刃。善意とは程遠い無責任の第三者によって僕達の行動はすっかり監視されている状況にさ。
僕の身体も同様に自由になったのを確認。彼から距離を取り、再び彼女を背中で隠すポジショニングに移行。すぐさま彼女が僕に身体を預けたのが分かる。そして、背中越しに柔肌と体熱が僕に伝わってきた。オマケに耳元に少し熱っぽい吐息がかかる。動揺を心の奥に仕舞い、必死に冷静な自分を保つ。
「な? 分かったろう? もうヤメとこうぜ。これ以上は互いに良いこと無いだろ?」
「かっ…かん関係あるか! そんなの俺には関係ねえ。な、なあ? おねえさん?」
みっともなく右手を伸ばし彼女に向ける業界人に溜息が零れ、頭を抱えてしまう。敵ながらなかなかどうして見上げたプロ意識だけどさ――、
「あのさあ、現状周りの奴らの目に僕達はどう映っている? 三角関係の果ての痴情の
けれど、それでも。
現状どう考えても、現実をどう見ても…、
「あんたの配役は、若いカップルに絡む、迷惑なド派手親父にしか見えないぜ?」
業界人の年齢が僕達にもっと近ければ違った感じになったかもしれない。
彼の年齢が二十代であれば僕が火の粉を被ることもあっただろう。
しかし、想像して欲しい。
貴方はクリスマスのムード漂うショッピングモールを何らかの目的を持って一人、或いは複数人で闊歩している。その際になにやら喧騒を目撃したとする。
登場人物は三人。
二十代と思われる超絶美形の男女が二人と、残りは死ぬ程胡散臭い外見でゴミみたいな人間性が死んでも治らなそうな風貌のオッサンが一匹だ。
するとその内二人が言い争いをしているのが確認できた。
それに興味を引かれ良く良く見れば、絶世の美女を庇う美丈夫に小穢い壮年男性が一方的に暴言を吐いている様子である。
さて、誰が悪人であろうか?
事実はどうあれ、どういう印象を第一に受けるのかな…、
などという些かバイアス補正の強い偏った思考を脇において追求。
「下手したら写真を撮られてSNSとかにアップされてるかも知れない。これは、うまく無いだろ? ひょっとしたらあんたの今後の芸能活動とかに障るんじゃねぇの? だからもうさ……」
手打ちでいいだろう?
解答は沈黙。いい加減コリゴリだ。
いつまでも伸び切ったままの彼の手を優しく叩き落とした後、耳元で囁いた。
「これ以上パンダはゴメンだろ? お互いにさ…ってことで迅速に失せて貰えると助かるんだけど」
僕が言い終えるのが早いか、彼は僕を払い除けて人混みを掻き分け消えていく。
さて、拙者たちもそろそろドロンさせて戴くで御座る!
「僕達も逃げよう!」
「えっ?」
久方振りに振動を空気に載せた新山さんの右手を取り駆け出した。
後ろに置き去りにしたカスどもから囃し立てる声がした。
本当に厄介なのは明確な敵よりも曖昧な立ち位置の第三者だ。
少し哲学的なことを考え、思考が飛躍する。やがて言葉として現界に現出。
「あ~クソ。なんか一曲書けそうだわ」
きっと名曲は心の小波から生まれるんだろうなあ。あらた。
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