#26 Pink Spider(蛍光色の罠)

「だから! そのさ…もし良かったら、その。悠一ユーイチと妹さんが…あ〜っと、そう。互いのツレが合流するまでの間、もし暇なのであれば――僕と一緒に行きませんか?」


 雑多な人波賑わう寸前の店先で、空気の読めない男が発した不器用で不格好極まりない誘い文句シャルウィダンス


 そんなイケてない不細工な誘いを受けて、内気であることがありありと見え隠れする姉は言葉を探すように周りをキョロキョロ見渡した。

 その細かな過程の最中ですら目が合うことはない。変わらず目線より少し下がった鉛色の不透明な視線。


 やがて何かの決意の現れか、豊満な胸の前で両手をギュッと組んで返答を寄越した。


 その行動の際に強調された柔らかそうな胸部に本能的に向かいそうになる愚かな双眸を必死に抑え付け、耳を傾けることに全神経を集中。


 一瞬でも途切らせば、敢え無くやられてしまう。下心に堕ちて戻れない。


 きっと、既にもう手遅れなのは僕以外の誰かには自明の理だと心の何処かで誰かが嘲笑う。


「…うん」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 謂れ無き監獄から脱出し、全身に自由を感じる無実の副頭取アンディばりに喜び、その感情を溢れんばかりのパフォームで表現する僕。


 或いはその感情的で感傷的かつ凄まじくエモーショナルな姿は、台風や強風の日にハイトーン歌手のごっこ遊びに興じる青少年の様であったかも知れない。


 意味不明な挙動を用いることで、その心のだった起伏を急速に爆発させた。


 が勿論、実際にそう行動した訳で無い。当たり前だろ。公衆の面前でそんな羞恥プレイに興じる訳ないじゃん!

 仮にモテない系男子だとしても、僕は自尊心が人並み以上に無駄に高位にある系男子だ。過去にそれが転じて人食い虎になりかけたことすらある――などと嘘八百を並び立てて宣ったところで、僕が李徴氏で無いことは今更言うまでも無いことで。


「じ、じゃあ…ドコ行くの?」


 おっと、何時迄も高校国語の甘美な世界に浸っている場合でもない。

 痺れを切らしたのだろうか、引っ込み思案同士をリードするのは、伏し目がちの女の方――彼女から切っ掛けが与えたれたのであれば、僕はそれを掴む他に選択肢を持たない。


「えっと…そうだな。新山さんは妹さんと何を以って、何を目的にどういう感じで、ココに来たの? 買い物? 食事? 映画? 或いはそれ以外?」


 まくし立てる形になってしまった。猛省。経験値の低さが露呈。

思い直し、考え直して言葉を足す。

 

「一気に言ってしまってゴメン。その…僕としては特に目的が無いから、明確な行き先を持たないから。君の行動に同行させて貰えればなって思ってさ」


 足りない言葉と余計な言葉を差し引くべく身振り手振りを最大限に活用しながら、意図を説く。紛いなりにもソングライターだろ? きちんと感情を言葉にしろよ!


「勿論、新山さんさえ良ければ…って話なんだけど」


 現状僕に言えるのはコレくらいの事。あとは返事待ちで今後の予定とルートが分岐。出来ること皆無の指示待ち野郎。野と成れ山となれの寝太郎状態。男らしさなど絶無でさ、本当情けねぇなあ……。


「わ、私は。私達は――」


 打てば鳴る、きっと響くさ風の声。

 思わず謎の一句めいた言葉を詠んでしまった僕。外見上は真面目な面持ちを維持していたはずだ。多分。


「特に。何をしていた…訳じゃない。服とか。そういうのを、ブラブラ見てたの」


 伏し目がちは変わらずに、少し目線を逸らした形での返答。何かの決意を表すのか、それともただの癖なのかタイトな袖口を懸命に掴む姿がグッと来る感じだ。


 とは言え視姦めいた眼差しを向け続ける度胸を有さ無い僕は会話の継ぎ目を探りながらの行軍を余儀無くされる。


「あえ…そう。そう……なんだ。僕達も一緒だ……いや――厳密に言えば違うのか?」


 言葉を探りながらの返答に詰まり、暫しの逡巡。

 だって、適当に目的意識も無く―――自身の人生を映すように流されるままに行動していた僕とは違い、悠一にはそれなりに目的やお目当てが在ったはずだから。

 自身の無意味な物思いの末、そう考えてしまい。そういった思考に落ち着き、陥った結果、返す刀にするべき言葉に窮した僕。たどたどしくも懸命に言葉を繋ぐ。


「まあでも、連れにバックレられたっていうのは共通してる…よね? 適当にブラブラしてさ、疲れたらお茶にしようよ。それでいいかな?」

「…うん」


 なんて不器用な二人なのだろうか。

 自分のことを棚上げさせてもらえれば、彼女の方も大概アレな感じだ。

 

―――まあこれが『僕達』のペースなんだよなあ。


 なんて身の丈以上の青写真めいた感想を抱いたりもした。

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